2026年 04月 25日
「筑紫なる斉明天皇と天智天皇」第3回 は「乞食の相あり」
季刊「邪馬台国」147号が5月に発売されます。
連載中の「筑紫なる斉明天皇と天智天皇」は、斉明天皇が崩御したあと、いよいよ中大兄皇子の話に移ります。
タイトルは
「乞食の相おはします」中大兄皇子の西国修行と称制問題
です。

斉明天皇が朝倉市で崩御したあと、中大兄皇子は福岡で何をしていたのでしょうか。
通説では天皇に即位せずに称制を行ったとされますが、自分で『日本書紀』を訳していくと、すでに「天皇」と書かれた部分もあって、称制とは言えない内容が出てきます。訳す時、めっちゃ困るんですね。こういうの。で、あれこれと調べた結果を書きました。
驚くのは、中大兄皇子が天皇に即位する前に、卜者に「乞食の相があります。天皇に即位する前に修行すれば免れます」と言われた話が残されていることです。
卜者の言葉を受け入れた中大兄皇子は「オサジマ」に行って修行するのですが、その「オサジマ」は福岡県のみやま市にありました。
現地に行くと、あの「こうやの宮」のそばだったのです。そう、「こうやの宮」とは七支刀を捧げた神像がある神社です。正式名は磯上物部神社です。
中大兄皇子はそこで、いったいどんな修行をしたのでしょうか。
また皇子を占って修行を決心させた人とは誰なのでしょうか。
「乞食」(こつじき)という仏教語から、関連ある僧侶を探すと、側近の中臣鎌足の子に手がかりが出てきました。
幸いに、みやま市の伝承を伝える方の講演を聞き、また直接「こうやの宮」の神像を拝する機会を得ました。
そこの地名はかつてはヤマト郡オオミワだったのです。
山門県。物部の里。
神功皇后と田油津姫の激戦の地でもあります。
中大兄皇子はそこの物部氏に迎えられたのでした。
そこに伝わる腹赤魚の伝承。
この謎解きも、やはり真鍋大覚のお世話になりました。
第3回はそんな話です。
真鍋大覚ノート『星の迷宮へのいざない』は物部氏の口碑そのものです。
今、出版準備をしているのは物部氏が書いた『高良玉垂宮神秘書』
『神功皇后伝承を歩く上下』も物部氏の研究本と、とある大学教授から言われました。(ほんとは古代豪族たちが何処にいたかが分かる本ですけど)
福岡は物部氏の里だらけ……
神社参拝すると遭遇する多くの物部氏。
今回は旧山門郡の話になります。
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『星の迷宮へのいざない』は物部氏の口碑の研究書です。









