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ひもろぎ逍遥

2019年 07月 29日 ( 1 )

熊本美里山都2 通潤橋 庄屋たちは切腹覚悟で完成に臨んだ






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通潤橋は江戸時代の水道橋だ。

耕作可能な白糸大地があるのに、豊かな水は遥か下の方を流れている。
そこで谷底を流れる水を高台に送る施設が求められた。それが通潤橋だ。

完成したのは嘉永7年(1854)。地元の惣庄屋の布田保之助が中心となって、地元や細川藩の資金を借りて計画した。

施工は前回と同じ種山石工集団だ。近隣の農民もこぞって作業に参加したという。

このアーチを作るためには、木枠を大工が作った上に、石工が石を置いていく。

完成すると木枠を外すのだが、この時には橋の中央に白装束を着た布田が鎮座し、石工頭も切腹用の短刀を懐にしていたという。


2016年の熊本地震で亀裂が入り、水漏れがするために、現在、復旧工事がなされている。

写真に写っている「美女と野獣」は地元の材料だけで造られたものだろう。八朔祭がこの町にあり、地元の材料だけで作る習わしがある。

何と魅力的なことか。








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さて、橋は工事中で渡ることができないが、左手の山に登れば橋の様子が上から眺められる。
通水管が三本通っているということなので、手前の石組で三つに分けられていくのだろう。

勾配と水の流れの向きを計算して、電力も使わない永遠の通水管が造られた。

このあと、その分水地に行ったが、複雑な山の形、勾配を観察して利用する叡智に、人間の可能性を強く感じた。


この話を夫にすると、「ローマの水道橋みたいだね」という。

「ローマの水道橋」


これを聞いて、私は忘れていた『ガイアの森』のラストを思い出した。

ネタバレになるが、五人の内、一人は地球に森を造ることに目覚めるのだ。

砂漠という砂漠に森を造る。
これが「ガイアの森」のタイトルの意味なのだ。

今、欧州に42度の熱波をもたらしているのがアフリカの乾燥した熱風だ。
アフリカ、中東、中央アジア。
そこにローマに負けない灌漑用水を造る。

小説とはどんな嘘を書いてもいいという。
それなら、私の夢を書こう。
こうしてガイアに森を造って行く話を書いた。

ガイアの森の「古代の森研究所」を共同体と勘違いしている人もいるが、そうではない。
研究所には二年しか在籍できない。

その間に、過去生療法を学び、心の森を癒す。
合気道をしながら心と体を造り、愛を体現する。
畑で野菜を育てることを学び、自活の道を学ぶ。

学び、癒されて行くうちに、それぞれの魂の使命に目覚め、それぞれの役割を果たすために世界に羽ばたく。

そんな概念で、夢を描いた。

主人公たちが次々に思い出していく過去生のかなり物は私自身の過去生だ。それを四人に分けて表していった。四人の名は夢で教えられた。

この本を読んだだけで、自分の過去生を思い出した人も何人か知っている。

私が、石橋に強く反応したのは、このことを思い出すためだったようだ。

インドに行くと真っすぐ伸びた道路の両側に並木が延々と続いている。これを植えたのは日本人だ。しかも私費で。

アフガニスタンの不毛の大池に灌漑用水を造ったのは中村哲だ。朝倉の山田堰の技術が応用された。

この通潤橋は私が忘れかけていた森を造る世界を思い出させてくれた。



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by lunabura | 2019-07-29 20:48 | バスハイク | Comments(2)

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