ひもろぎ逍遥

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星の運行とタイミングが合っていた




星の運行とタイミングが合っていた



今日は車を走らせている時、外気温度が40℃を示して、さすがにびっくりしました。

室内は夜も29度台、朝も29度台で、百葉箱の温度より実際は暑いですね。


さて、
「宮地嶽神社と磐井の末裔たち」の書き換えを進めていますが、構成直しが一段落しました。

まだまだ、これから内容を詰めていくのですが、書き直して良かったなあとつくづく思っています。

一度目は小説スタイル、二度目はガイドブックスタイルにしましたが、三度目は人物別に。

「磐井の末裔」一人ひとりが何処で何をしたのか、それが分かるような構成にしています。

もちろん、数行しか書けないほど履歴が分からない人もいるのですが、十人の伝承をつないでいくと、失われた歴史がリアルに見えてきたと思います。

8月中に仕上がればいいなあと思いながら星の暦を見ると、今はちょうど水星逆行の時で、8月末には順行に戻るようです。

水星逆行時は交通機関の乱れなどが起こることは経験済みで、今回も大阪の講演の二日目が台風のために中止になったりしました。

が、水星逆行にはそのほか、深い所での働きもあるようで、今回リライトに取り掛かったのも逆行開始の前のタイミングでした。

自分の意志だけでなく、星の巡りに助けられているようです。

一流の人の考えを見ていると「納得するまで妥協しない」という強い意識があるのに気づかされます。

今回、自分の未熟さと向き合って、内側から、かすかに響く「もっとこうしたい」という声を聴き、三度目の執筆を決意しました。

取り掛かると、他の事はできません。

あきらめずにいたら、星の巡りがやってきてトライするチャンスをくれた。
そう思うこの頃です。

今、夜空に赤い火星が輝いていますが、この星も逆行しています。その動きを利用すると、「3月から5月にかけての冒険」を再開して仕上げることができるようです。

3月から5月の冒険は、まさしくアレですね。
そう、七つの珠。
わだつみの物語。
これは一つの記事を書くのに時間かかるので、少しずつ続きを書いていこうと思います。

20180814





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福貴野の滝 安心院



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# by lunabura | 2018-08-14 20:29 | にっき | Comments(0)

安心院9 妻垣神社 本来の玉依姫祭祀に戻った



安心院9 妻垣神社 

本来の玉依姫祭祀に戻った

あじむ つまがき




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別名、足一騰宮(あしひとつあがりのみや)。


社家の方に話を伺う事が出来た。



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比咩大神を祀り、宇佐八宮の一つとして三女神を祀っていたが、
神殿の奥から古文書が出てきて、
本来の比咩大神とは玉依姫だったことが判明した。

よって、祭神は
一之殿 比咩大神…玉依姫命
二之殿 八幡大神…応神天皇
三之殿 神功皇后
となっている。




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神武天皇がこの地に来て母の玉依姫の御霊を共鑰山(妻垣山)の大石に祀り、その石を「足一騰宮」と名付けたという。



この石を馬蹄石とも言うそうである。




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これは上の方で崩落しそうだったので、現在地に遷したという。

馬蹄石は川、境内、元宮の三ヶ所にあり、
玉依姫の神霊が足一つずつで駆け上られたことから「足一騰」の名がついたという。

のちに、八幡信仰が入って来て、比咩大神を三女神とし、
町史などにも、そのように書いているが、
どうも話が合わず、近年出て来た古文書で真実が分かり、
今では玉依姫を祀るという。


当時、ここには宇佐津比売がいて、宇佐津彦は宇佐八幡宮の方だったという。
宇佐津比咩は水沼の一族だ。


やはり、馬蹄石は安曇の印なのだろうか。
高良山で大菩薩(磯良)が高木の神に印として馬蹄石を見せると、高木の神は簡単に納得して宿を貸した話が思い起こされる。








20180813


以上、安心院の旅でした。







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# by lunabura | 2018-08-13 21:16 | バスハイク | Comments(0)

安心院 水沼社 水沼井



安心院 水沼社 水沼井



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三女神社の丘の裾を流れる川の対岸に水沼社がありました。







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今も水が湧いています。

境内掲示板によると、

「三女神が産湯を使った天真名井が三女神の後を慕って、高天原(宮崎県高千穂)から降って来たという伝説の井戸」
ということです。


今も枯れないという不思議な井戸で、「お水様」と書かれています。
三女神社の方では「水沼井」に「おみず」とルビがふってありました。






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水沼社から三女神社のある丘がよく見えます。

ブドウ畑があり、ワインが造られている丘ですが、高地性弥生集落があるような地形ですね。




20180811


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# by lunabura | 2018-08-11 21:05 | バスハイク | Comments(0)

安心院 三女神社



安心院 三女神社

水沼三女神





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三女神社の一の鳥居はやっぱり「二女」神社でした。
どう見てもね。

この神社は一度行ったら忘れられません。
参道がとても印象的で、すぐにバイロケーションの状態になります。

川沿いにある丘陵を緩やかに登って行きます。











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ここも緑が美しい。










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宗像大社と同じ祭神ですが、ここは水沼の君の祭祀です。

近くに水沼井があります。

この水沼の君は筑紫君と書かれています。

筑紫君は水沼から阿倍へ。

磐井の拡大作戦の中で変わっていったのでしょうか。
あるいは磯良が大善寺に入った時、入れ替わったのでしょうか。

こちらには神武天皇が来ているので、
水沼族が居たのはそれよりずっと前の時代になります。

もともと筑紫君は水沼だった。

この縁起によると、この安心院が宇佐嶋だった。
ここに三女神が降臨した。
興味深い縁起です。










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神武天皇はここから葦の湖を船で通って対岸の妻垣神社に向かったといいます。

私たちも同じルートを辿りました。

20180810


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# by lunabura | 2018-08-10 20:52 | バスハイク | Comments(0)

安心院 こしき石




安心院 こしき石

あじむ こしきいわ




前回の京石から北に数百メートル?
道路なら一つ二つカーブを曲がった右手に「こしき石」があります。









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石が米神山の頂上を指しているのです。







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これほど分かりやすいものはありません。米神山信仰の深さを示しています。


道路沿いなのですぐに見つかると思ったのですが、灌木が茂っていて見逃してしまい、あっという間に隣町まで行ってしまいました。






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でも、Uターンして分かったのは、この米神山は北から入って始めて見えるということです。

南からでは大き過ぎて、全容が見えていなかったのです。
古代、もし阿蘇の噴火のあと、木が茂っていなかったら違うかもしれませんが。


この道は658号線で、川沿いに付けられた道です。
川は滑川。

こしき石のすぐ北の方で二本の川が合流しています。

そこにある田んぼですから、土砂災害で造られた水平な土地です。
周囲は斜面ばかりですから、沼地だったのかもしれませんね。

川を遡って来た人がこの景色を見つけて石を置いたのでしょうか。

ここはカーブが厳しい所で、いったん橋を渡って集落に入って、
田んぼの側に行かなくてはならないので、今回は車中から見ただけでした。

稲を刈ったあとなら、近くまで行けるかもです。

前回の京石とこれは米神山祭祀と思っていますが、いかがでしょう。

20180807



この付近です。




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# by lunabura | 2018-08-07 20:41 | バスハイク | Comments(0)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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