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ひもろぎ逍遥

真鍋ノート魏志倭人伝2 躬巨国 投馬国 伊都国 耶馬国 好古都国


真鍋ノート

魏志倭人伝2

躬巨国 投馬国 伊都国 耶馬国 好古都国



さて、真鍋大覚による魏志倭人伝の国々の記事のつづき。

躬巨国くしこく 古賀政男の出身地・筑後三潴大川。(宮崎康平説)
投馬国とうまこく 天草島。天鳥船の故郷。
早良さわら 魏志倭人伝にはない。
伊都国いとこく 怡土郡。奴国との境は室見川(早良川)
奴国ぬこく 那珂郡。伊都国との境は室見川(早良川)
耶馬国やまこく 筑後八女郡。
好古都国こことこく こごち。満天の星座。不知火の群光を連想させる。
邪馬台国やまたこく 時見の対象となる高山を遠望するところ。

早良に関しては、遺跡がありながら、
魏志倭人伝には記述されていない謎があるが、
真鍋は奴国の一部としているようだ。

伊都国は糸島水道の南から室見川までとしているので、
高祖山や飯盛山の山塊は伊都国ということになる。

奴国は「ぬこく」「なこく」いずれを読んだか未詳だが、
室見川と「ありなれ川」に挟まれた領域で、
那珂川町を中心と考えているもよう。

耶馬(やま)=八女(やめ)

好古都国に関しては断定はしていないが、
文脈からは不知火(しらぬい)の見える有明海沿岸と考えているようだ。

邪馬台国も断定していないが、東か西に時計代わりの高山があるとする。

また、「奴佳鞮」(なかて)とは邪馬台国の「官名」だが、
同名の「王」(あるいは邪馬台国の一官)が
多良岳~諫早を領有していたとする。


前回の地図に追加してみた。









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「奴佳鞮」(なかて)が邪馬台国の一官名ということは、
邪馬台国はこの付近としているように見受けられる。

倭国の大乱は雲仙岳(画像では普賢岳)の領有を巡ってのものだ
という文も見られた。(少しあいまいな記憶)


見つかったのは以上の国ぐらい。

本をお持ちで、ほかの国を見つけた方は、
コメント欄に、ページとともに一文を是非とも!


<2017年10月27日>

追記 島原鉄道が敷設された時、大量の弥生土器が出土した話を書いた一文がある。
あるいは、島原を邪馬台国と真鍋は考えたのかもしれない。

地図を見ていると、ヤマト地名が集中する筑後川下流域が個人的には最近、気になっている。
佐賀大和、大川大和、山門郡

<20190519>

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# by lunabura | 2019-05-19 17:45 | 邪馬台国 | Comments(0)

真鍋ノート 魏志倭人伝1 奴国 不彌国 為吾国 伊邪国 姐奴国 巴里国


真鍋ノート

魏志倭人伝1 


奴国 不彌国 為吾国 伊邪国 姐奴国 巴里国



中国人によって中国語で書かれた魏志倭人伝を中国人が読むと、邪馬台国の場所は九州になるという。

真鍋大覚の本には邪馬台国の各国の場所がちりばめられている。

単語帳をエクセルでボチボチと作り始めたところ、
真鍋による魏志倭人伝の各国も少しずつリストに挙がってきた。


今回は、その国々の中、わずか六国ではあるが、その場所を確認しよう。


奴国ぬこく二万戸余り。戸をもって数えた。ありなれ川を挟んで対岸に不彌国。

不彌国ふみこく千余家有り。家をもって数えた。ありなれ川を挟んで対岸に奴国。

為吾国ゐごこく肥後菊池泗水。ゐご=地底から湧き上がる水をためた深い池。

伊邪国いざこく肥前松浦伊万里。筑紫の天原の領域。
          中東民族が住み着いた歴史あり。

姐奴国そなこく宮崎康平によると、肥後益城。(ましき)
          そぬ・せの=女人が衣装を洗い濯ぎ、
          砧でたたき晒して干し、頭に乗せて帰る姿。

巴里国はりこく朝倉郡。あさくら・はり=高瀬舟の元祖の名。

地図に落としてみた。









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真鍋は「奴国」の位置を「ありなれ川」の西としている。

私自身、論を立てるようなレベルには達していないが、
真鍋の言う奴国の位置に関しては違和感がある。

香椎宮の位置が儺県(なのあがた)だからだ。

奴国とは、
委奴国(倭奴国)の金印が出た志賀島を中心とした博多湾沿岸全体、
すなわち、那珂川~那の津~香椎~旧粕屋郡北部を考えている。


真鍋による魏志倭人伝の世界は、これからも少しずつ追及していこう。

あくまでも真鍋の世界であって、私の説ではないことを断っておきたい。


真鍋の邪馬台国は何処だろうね。

<2017年10月26日>


再掲

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# by lunabura | 2019-05-18 22:11 | 邪馬台国 | Comments(5)

真鍋ノート 魏志倭人伝3「生口」とは海士・海女のことなり



真鍋ノート3 

魏志倭人伝「生口」とは

海士・海女のことなり



魏志倭人伝に「男女生口三十人を献上す。」とあり、「生口」の意味は奴隷など、さまざまに訳されますが、真鍋は海士・海女のことであると伝えています。

海産物を不老長寿の薬として珍重したので、それを採る熟練士を献上したという意味になります。中国大陸の都は海から離れた所にあるので、海藻やウニ、アワビなどは特に珍重されたのでしょうね。

「生口」は「まかり」と読んだそうです。
「めかり」は和布刈神社(めかり)にその名が残っていますが、旧正月に夜中の海に入ってワカメを採って、神に捧げます。これも安曇磯良の干珠満珠の秘法からきています。

では、真鍋の本から
<魏志倭人伝に曰く、
 男女生口三十人を献上す。
 
韓国済州島の海女を「まかり」と言う。昔は能登舳倉(へくら)から淡路岩屋まで季節を定めて出稼ぎにきていた。豊前企救(きく)和布刈(めかり)や筑前宗像鐘崎はその根拠地であった。

大陸民族は水を渡ること、あたかも戦々(恐々)として薄氷を踏むがごとくおそれるが、不老長寿の貴薬としての海藻(なまわかめ)、それから海肝(なまうに)の類は珍重するが、これを自ら衣を脱ぎ水にひたって採集することはできない。

そこで倭人の練達の士を召し抱えてこれに当たらせていたのである。「生口」(まかり)とは「なまめかり」と訓ずべき氏族であった。>


「生口」のイキグチの字は「魚」を表す近東語の「イクシス」から来たものだそうです。




過去記事に詳しく述べています。


済州島はもともと耽羅国であり、韓国とは別の国でしたよ



※和布刈神社は下巻100です。

20180120

再掲


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# by lunabura | 2019-05-17 20:05 | 邪馬台国 | Comments(2)

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