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ひもろぎ逍遥

カテゴリ:高良大社・玉垂宮・久留米市( 29 )

『神秘書』「別所」に天竺から流れて来る水と戒壇があった



「高良玉垂宮神秘書」に「別所」についての記述がある。

「別所」とは久留米市高良山(312m)の山頂付近の地名で、山頂から二キロほど下った所に毘沙門堂と別所の清水があり、戒壇があった。

戒壇とは唐より招かれた鑑真が太宰府市の観世音寺の横に戒壇院を設けているが、高良山でも出家できたということになる。



三五四条
一、戒壇の在所、別所の毘沙門天の前なり。大菩薩の御宝を納め給う在所なり。これによりて、本尊を毘沙門天とは定めおかるるなり。


【訳】戒壇のある所は別所の毘沙門天の前である。大菩薩の御宝を納められた所である。これによって本尊を毘沙門天と定められた。



―ー大菩薩とは高良大菩薩のことで、仏教が入る前は高良大明神と言った。安曇磯良のことである。三韓討伐の大将軍だったので武神である毘沙門天が祀られた。そこには大菩薩の宝が納められていたという。




三九六条
一、別所ということは、天竺ムネ池、水を流し給う。又は、戒壇の在所なるゆえに別所とは名付けたり。


【訳】「別所」という地名は、「インドの善女龍王の住む無熱池から、ここに水が流れている」ことからついた。または、戒壇があるゆえに「別所」と付いた。



――天竺とはインドのこと。ムネ池とは「無熱池」(ムネッチ)のことで、インド神話に登場する八大竜王の一、沙掲羅(しゃから・シャガーラ)の第三王女である善女(善如)龍王が住んでいた所とされる。

即ち、「別所の清水」はインドの善如竜王が住んでいた無熱池に通じているという「特別」な所だった。

沙掲羅は沙伽羅とも記す。八大竜王の一つで海龍王のことである。
「海龍王」との縁が語られるのも、安曇磯良が当山を治めていた名残だろう。


高良山の戒壇で使う聖水はインドの聖地に繋がっているという思想があった。



<20191117>


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by lunabura | 2019-11-17 17:17 | 高良大社・玉垂宮・久留米市 | Comments(0)

『神秘書』書き換え



「第一章を変えよう」
そういう声がずっと内に響いていた。
「高良玉垂宮神秘書」のことだ。
ようやく章を変え始めたのが先月10月22日のことで、昨日の満月の夜に作業が一段落した。

今から詳細を詰め直す。





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項目をブログタイトル風に説明が多い形にしたら、目次だけでも内容が掴みやすくなった。
また本文と訳を上下に並べたら、読みやすくなった。

これから詳細を見直し、分析していくので、作業は半年以上はかかるのだろう。

何故、私はこんなに高良山の事が好きなのか。
作業をしながら思い出すのが、
私自身、わずか10歳から16歳頃、高良山を何かにつれて彷徨したこと。

女の子がただ一人で山中のいくつもの分け道を歩きまわったのだから、尋常ではない。
よほどの縁があるのだろう。

文献をいろいろ提供してくれた方に感謝。


<20191113>

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by lunabura | 2019-11-13 20:17 | 高良大社・玉垂宮・久留米市 | Comments(0)

『高良玉垂宮神秘書・抜粋本』の目次です





久留米市の高良大社に伝わる縁起書の一つが『高良玉垂宮神秘書』ですが、
コメントで解説本を是非読みたいという要望をいただきました。
講座もあれば受けたいということでした。

講座については久留米大学や歴史カフェ、志賀島などで、話をしたので、どこかで要望があればお話しします、という状態です。

解説本については既に原稿は出来上がっているので、
出版社かスポンサーが見つかれば、本になってお届けできます。


『神秘書』の筆者は大祝職の物部神津麿保房です。

この本は高良玉垂宮の始まりを中心に、神話時代からの話がバラバラに書かれています。
また、歴史以外に祭事の記事もあります。

第1条と550条、551条の改竄と矛盾がひどいので、第1条だけで論を立てると間違いを起こす懸念は何度か記しました。


これと違って「高良玉垂宮縁起」というのがあります。
これは仲哀天皇から始まっています。
たまたま神功皇后の本を書いたので、私はこれら、二つの内容が良く分かるようになっていました。

そこで、全部で551条のうち、86条を抜粋して、分類し、時系列に並べたものが私の「抜粋本」です。

今日は、その目次を公開します。

該当する条を記しているので、レア本の『高良玉垂宮神秘書・同紙背』を持っている方は本と対応して読めます。

目次だけでも86あるので、長いのですが、パラパラと見ていけばどんな内容が書かれているのかはある程度見えてくると思います。長いので、興味のない方はスルーしてくださいね。

コメントでは「カタカムナ」と比較したいということでした。
カタカムナは思想哲学がメインです。
『神秘書』は縁起と神事がメインです。
思想哲学という点では宗像市の「八所宮」の縁起の方が比較研究対象となるかもしれませんね。

この本の勉強会などご希望があればご連絡ください。




「高良玉垂宮神秘書 抜粋本」   綾杉るな

目次
一、高良大菩薩


大善寺
大善寺・風浪宮・黒崎の始まり 二三七条
皇宮崩御後 五三三条
舟を乗り捨てた所に朝妻を勧請 五三四条
早津崎を御廟と観念す 五三六条
高良勧請は長久元年 五三七条
御神体は御船のカウラ 五三五条

高良山遷幸
旗崎 瀬高 人形 ミサキカラス 一四二条
彦権現は異国人で敵神なり 一四二条
香春岳を巡る争い 二一二条
高良山の名の起こり 一四三条
四方の固め 五一一条

神籠石と八葉の石畳と馬蹄石
住厭・八葉の石畳の起こり 一四四条
八葉の石畳 一二四条
神籠石 一二九条
馬蹄石 高牟礼を出し抜く 三二八条
高良内は高良の結界の内 一八二条

二、 三種の神器と干珠満珠

神代に干珠満珠 五四二条
干珠満珠は五寸の勾玉 五〇九条
玉垂宮の由来 五〇九条
山上の一火は三つの玉の霊力 二一四条
麓の一火は鏡の霊力 二一五条
ホウクハンを内裏へ申さず 二三九条

三、祭神

祭神 一五三条 一五四条 一五五条 一五六条
朝妻七社 一五九条
覆面の巾 二二条
アントンイソラ 六条
鎧の色 四十条
住吉はウガヤフキアワセズで桐の紋である。三〇九条
八幡の紋は巴 三一〇条
高良の紋は門光 三一一条
玄孫大臣の紋は黒龍紋 二四一条

四、物部を秘す
五姓
五姓の次第の事 一八三条 一八四条 一八五条 一八六条 一八七条
高良大菩薩御氏 一八八条
物部を秘す 一八九条
物部を背いて神秘を公にすると滅亡する 二〇〇条
高良山神秘のこと 三三一条
高良大明神の御廟は本躰所にある 一六四条
本躰所は大祝が司る 一六九条
大祝は御手洗橋より現在地へ 三一四条
藤大臣、日往子 三一三条

五、大菩薩の御発心
廻堂で出家 一七七条
大菩薩は仁王経の講義で出家した 一八〇条

天武天皇即位二年癸酉 白鳳二年と白鳳十三年の併記
下宮創立は天武二年 二条
白鳳二年、嫡男の保義は社職惣官となる 七七条
託宣は白鳳十三年 二〇八条
白鳳十三年に御発心、二十二年に寺社始まる 二三六条
物部氏は大菩薩垂迹により大祝大明神となる 三五〇条
磯良の名前を消した時 藤大臣 三五〇条

大祝 精進
大祝一二〇日の精進 二十条
三所大明神は大祝家が整える 二一条


六、大宮司


印鑰は大宮司が司る 一六六条
大宮司は座主より以後 一七六条
大宮司は座主の始まり 二三一条

七、御貢所職・八人神官職
八人神官 五四五条
十二人乙名 五四六条

八、神功皇后
宇美宮にて出産 九条
三韓攻撃の出港地 十二条
三韓 三条
二十三歳で大后になる 十五条
聖母大菩薩となり給う 四条
神功皇后の妹 七条
神功皇后は阿弥陀の変化 四十八艘の船 二一三条

九、表筒男
表筒男のいる所を鏡山という 三一二条

十、九躰皇子
九躰皇子に天皇の称号 一六〇条
阿志岐山の九躰皇子 三五五条

十一、底筒男尊 一条と五五〇条
五五〇条
大菩薩は藤大臣であり底筒男であり物部保連でもあり、表筒男と同体である 五五〇条
一条
秘すべし 一条
天照大神
ソサノヲ尊
神有月
ソソリの尊(火酢芹尊)
豊玉姫
彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊(住吉大明神)
十五代神功皇后 門光紋
表筒男、底筒男両将軍
底筒男と神功皇后は夫妻となる
皇后の九人の子
神功皇后崩御後
天武天皇の時の託宣
神秘書の成立
末文 保房への三日間の託宣 五五一条

十二、その他
仮社は履中天皇の時 一四五条
改造の次第の事 一五二条
高良山の戒壇 三五四条
別所 三九六条
国府 三五九条
九州五社と九州七社 一六一条
三所の鳥居 二〇五条
四十八躰の皇子 三四二条
高良神楽 三四四条
百済氏の犬の舞 一一条
九州宗廟を八幡に譲る 二八一条

©綾杉るな  無断転載を禁じます

具体的な内容については、カテゴリ「高良大社・玉垂宮」に入れています。

https://lunabura.exblog.jp/i12/


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by lunabura | 2019-10-15 20:55 | 高良大社・玉垂宮・久留米市 | Comments(5)

三種の神器の行方


三種の神器の行方


仲哀天皇が崩御したあと、三種の神器はどうなったのでしょうか。

これについて考えたこともありませんでしたが、『高良玉垂宮神秘書』にはこの行方が書いてあります。第1条に書かれているのですが、これは人物の書き換えが行われているので、分析して得たものは、
  剣⇒神功皇后
  鏡⇒武内宿禰
  八尺瓊勾玉⇒安曇磯良
です。三人で分け合って持っていたのです。

神功皇后が剣を預かるのは「なるほど」という感じですね。








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磯良が勾玉を預かると干珠満珠と合わせて三つの珠になります。

この三つの玉が合体した霊力が「山上の一火」となって、高良山の上宮に鎮座し、毎日その「山上一火」の霊力がそこから出て、八葉の石畳などを巡って毎日照らしたそうです。

「もしこの火が消えることがあれば、当山は滅亡する。二、三日照らさなければ必ず苦節が来る。」
とまで書かれています。
この八尺瓊勾玉はのちに神功皇后が皇居に行く時に返しています。



ところが、八咫鏡は武内宿禰が預かりましたが、自分の子供である日往子(ひゆきこ)に伝世してしまいました。

ですから、麓の大祝家に祀られました。
日往子の墓が祇園山古墳と言われています。

八咫鏡の霊力は「麓の一火」となり、麓の集落や祇園山古墳を巡ったといいます。

こうして、高良山については「上の高良は玉垂」(磯良)、「下の高良は武内宿禰」と言われるようになったのです。




※昨夜は十時ごろからエキサイトがアクセス不能になりました。
2時間ほどで解決したようです。
投稿しようとしたブログも大した内容でなかったので、ボツにしましたよ♪

20190110




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by lunabura | 2019-01-10 19:39 | 高良大社・玉垂宮・久留米市 | Comments(1)

書き変えられた絵巻




 神功皇后の本を書いてから各地で講演をしましたが、志賀島や海ノ中道あたりの話になると、何故か久留米の高良大社の絵巻を使って話すととても便利でした。







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(高良大社で許可をいただいて撮影しました)

「高良」は武内宿禰。黒の武内ですね。
「磯良」は安曇磯良。白の磯良です。

八乙女が浜辺で舞を舞うと、磯良が鞨鼓を叩きながら現れています。
それから「高良」と「磯良」が対面しています。

そして上の方では「豊姫」が干珠満珠を貰って武内宿禰に渡しています。
ここは志式神社の浜と志賀島舞能ケ浜の話が合わさったものです。

これを説明しながら腑に落ちない点が一つありました。
何故「磯良」は「高良」に手を付いているのだろう。
本来なら「磯良」が船と水軍を出すのだから、「高良」の方が挨拶するのではないか。

と、説明に困っていたのです。









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ところが、佐賀の千栗八幡宮の絵巻に出会いました。
そこでは毅然とした磯良に武内宿禰が軽く頭を下げています。

「かたじけない」「よろしく頼む」と武内宿禰が礼を述べているシーンです。
これこそが、本来のストーリーなんですね。
これで物語が上手く進みます。

ですから、高良玉垂宮の方は意図的に書き変えられたのが分かりました。

それでも高良玉垂宮と志賀島、安曇磯良の縁の深さに変わりはありません。






20190107



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by lunabura | 2019-01-07 21:30 | 高良大社・玉垂宮・久留米市 | Comments(0)

「神秘書」を読むときに気を付けること




『高良玉垂宮神秘書』(以下『神秘書』)は第1条が難しいので、一部だけを読んで論じる人が多いです。私もその一人でしたが、全体を読み通して気づいたことは、大きく分けて三部構成になっている点です。

で、『神秘書』を読む人へのアドバイスとして、その構成の概略を書いておきたいと思います。









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緑の1条と青の550条、551条は新しく付けられた表紙と考えてください。

黄色の部分(2条~549条)が本文に当たりますが、長い歴史の断片を集めたものです。それはバラバラでも、とにかく記録された断片です。

これを時系列に直していくと、最初はアントンイソラが干珠満珠を持ち込んで玉垂命となっています。

それから400年以上経って、白村江の戦いのあと、仏教が入って来ます。

それまでは神道のみだった高良山は仏教を受け入れるために一芝居うちます。

玉垂命は大菩薩になってしまったため、物部氏が「神を抱きまいらせる」ようになったと宣言して、物部氏が神と同一となったのです。

ところが、そのあと、さらに住吉信仰が入って来ます。神功皇后の夫は底筒男だと主張する訳です。それを説明したのが第1条です。

宇佐にも同じような話がありますが、宇佐ではそれでもOKでしたが、高良山の地元では皆、本当の歴史を知っていたために、整合性が取れず、追及されたのでしょう、第1条でいろいろと説明をしたのですが、嘘を重ねてしまい、ついに自己矛盾してしまいます。

そのため、最後の550条は1条とも違った話を書いています。さらに551条の系図も1条とは矛盾してしまいます。

ですから、『神秘書』を研究する場合は三つの構成で分けて読むと、嘘に引っ掛かりません。

第1条は最後の最後に読むのがベストです。

武内宿禰は日下部氏系図では物部保連(やすつら)となっています。

一般には応神天皇の父は武内宿禰だと印象操作されました。

でも、第1条では応神天皇の父は底筒男だと主張したため、物部氏=住吉族という変な話になりました。
こうして玉垂命は一体誰なのか分からなくなったのです。

玉垂命は江戸時代の御殿様が武内宿禰に決めた、と高良大社で伺いました。

高良下宮社の古い祭神を見ると、「高良玉垂命」と「武内宿禰命」が並んでいるので、やはり別人だということが分かります。

『神秘書』は最初の第1条と最後の二条には騙されないように読むのがコツです。


20190106



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by lunabura | 2019-01-06 22:18 | 高良大社・玉垂宮・久留米市 | Comments(2)

一か月間燃やされた神社史料



一か月間燃やされた神社史料



1000年間、久留米市で神官を営む家の方の話を聞いたのですが、

高良大社の史料が明治政府に命じられて燃やさねばならなくなったそうです。

その史料は膨大で、一か月間燃やされ続けたそうです。

そこには大善寺玉垂宮のものも含まれていたと。

九州の歴史が焚書に遭っていたのです。

日本書紀の成立の話を聞いて、そんな話をされました。


日本書紀が成立するころ、禁書や焚書が行われた記録が残っています。


それはほんの百数十年前に福岡でも起きたのです。



20181022 訂正20181219




by lunabura | 2018-10-22 20:22 | 高良大社・玉垂宮・久留米市 | Comments(0)

「高良玉垂宮神秘書」アントンイソラは6条に有り



「高良玉垂宮神秘書」

アントンイソラは6条に有り



安曇か阿曇か。

「あづみ」の表記をどちらにしようか、ずっと悩んでいました。
音読みすれば「安曇」はアンドン、「阿曇」はアドンです。

出来るだけ古い字体を使う方が汎用が効くのです。
そんな時、「高良玉垂宮神秘書」の6条に、次のように書かれていたのを見つけたのです。











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安曇磯良はアントンイソラと呼ばれていました。
発音は「曇」の字から、アンドンと発音されていたのが分かりますね。

これで、いろんな謎が解けたのです。
そして、安曇の表記を使うようになりました。




そして、今現在は春日大明神がいったい誰なのか、訳が分からなくなっていたのですが、6条から、中世頃は安曇磯良を指していることに気づきました。

でも、藤原氏の神が何故、安曇磯良?


その手掛かりは藤原鎌足が祀った宮野神社(朝倉)にあるのですが、どう論考したらいいのか、まだわかりません。





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by lunabura | 2018-01-09 21:17 | 高良大社・玉垂宮・久留米市 | Comments(8)

「玉垂宮」の由来は「高良玉垂宮神秘書」509条に書かれている



「玉垂宮」の由来は

「高良玉垂宮神秘書」509条に書かれている



高良玉垂宮の「高良」の由来は先に書きましたが、
「玉垂宮」の由来も「高良玉垂宮神秘書」に書かれています。


509条です。





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訳をしてみると、解説が要らないほどわかりやすいですね。
竜宮=志賀島(龍の都)から干珠満珠を賜って、神代(地名)に納めた故に「高良を玉垂宮とは申すなり」と言っていますね。この時代の高良玉垂命は安曇磯良です。
だから、神事で白い覆面の布を献上するんですね。これは別の所に書かれています。






同じ内容を


に書いていますが、あれこれと書くより、縦書きを読む方が直観的に理解できますね。

抜粋本には訳と解説を付けているので、およそ100ページ近くになっています。







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by lunabura | 2018-01-04 20:27 | 高良大社・玉垂宮・久留米市 | Comments(0)

「高良玉垂宮神秘書」のこと



「高良玉垂宮神秘書」のこと


大体、「高良玉垂宮神秘書」は文盲の人のためにカタカナ書きにした、と書いていますが、歴史的仮名遣いでカタカナという組み合わせは、現代人にとって分からないものになっています。

それなのに、第一条の文末に「ヒスヘシ、ヒスヘシ」(秘すべし、秘すべし)と書かれているもんだから、かえって秘密を知りたくなるという、フラストレーションを高まらせる出だしになっているんですね。

200条には、
「物部に背いて三所大菩薩の御神秘を他の一般人が知ると、当山は滅亡する。」
なんてことまで書いてあります。

これを読み解いたので、カラクリを説明したいのですが、多分、本一冊分になります。


歴史カフェや久留米大学で2~3時間で話した内容ですが、文章にするにはすご~く時間が要るんですね。文章が上手ければ簡単なことなのですが。

けれども、解説本をいつかものにしたいな、という願いも持っています。

夢は二つ。
「高良玉垂宮神秘書 抜粋本」を本の形にする。
「高良玉垂宮神秘書 解説本」を書く。

商業べースに乗らないものですが、きっと道はあると思います。
ま、読みたいという方があればこそですが。


<2018年1月2日>



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by lunabura | 2018-01-02 21:59 | 高良大社・玉垂宮・久留米市 | Comments(0)

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25