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ひもろぎ逍遥

カテゴリ:高良大社・玉垂宮・久留米市( 26 )

三種の神器の行方


三種の神器の行方


仲哀天皇が崩御したあと、三種の神器はどうなったのでしょうか。

これについて考えたこともありませんでしたが、『高良玉垂宮神秘書』にはこの行方が書いてあります。第1条に書かれているのですが、これは人物の書き換えが行われているので、分析して得たものは、
  剣⇒神功皇后
  鏡⇒武内宿禰
  八尺瓊勾玉⇒安曇磯良
です。三人で分け合って持っていたのです。

神功皇后が剣を預かるのは「なるほど」という感じですね。








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磯良が勾玉を預かると干珠満珠と合わせて三つの珠になります。

この三つの玉が合体した霊力が「山上の一火」となって、高良山の上宮に鎮座し、毎日その「山上一火」の霊力がそこから出て、八葉の石畳などを巡って毎日照らしたそうです。

「もしこの火が消えることがあれば、当山は滅亡する。二、三日照らさなければ必ず苦節が来る。」
とまで書かれています。
この八尺瓊勾玉はのちに神功皇后が皇居に行く時に返しています。



ところが、八咫鏡は武内宿禰が預かりましたが、自分の子供である日往子(ひゆきこ)に伝世してしまいました。

ですから、麓の大祝家に祀られました。
日往子の墓が祇園山古墳と言われています。

八咫鏡の霊力は「麓の一火」となり、麓の集落や祇園山古墳を巡ったといいます。

こうして、高良山については「上の高良は玉垂」(磯良)、「下の高良は武内宿禰」と言われるようになったのです。




※昨夜は十時ごろからエキサイトがアクセス不能になりました。
2時間ほどで解決したようです。
投稿しようとしたブログも大した内容でなかったので、ボツにしましたよ♪

20190110




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by lunabura | 2019-01-10 19:39 | 高良大社・玉垂宮・久留米市 | Comments(1)

書き変えられた絵巻




 神功皇后の本を書いてから各地で講演をしましたが、志賀島や海ノ中道あたりの話になると、何故か久留米の高良大社の絵巻を使って話すととても便利でした。







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(高良大社で許可をいただいて撮影しました)

「高良」は武内宿禰。黒の武内ですね。
「磯良」は安曇磯良。白の磯良です。

八乙女が浜辺で舞を舞うと、磯良が鞨鼓を叩きながら現れています。
それから「高良」と「磯良」が対面しています。

そして上の方では「豊姫」が干珠満珠を貰って武内宿禰に渡しています。
ここは志式神社の浜と志賀島舞能ケ浜の話が合わさったものです。

これを説明しながら腑に落ちない点が一つありました。
何故「磯良」は「高良」に手を付いているのだろう。
本来なら「磯良」が船と水軍を出すのだから、「高良」の方が挨拶するのではないか。

と、説明に困っていたのです。









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ところが、佐賀の千栗八幡宮の絵巻に出会いました。
そこでは毅然とした磯良に武内宿禰が軽く頭を下げています。

「かたじけない」「よろしく頼む」と武内宿禰が礼を述べているシーンです。
これこそが、本来のストーリーなんですね。
これで物語が上手く進みます。

ですから、高良玉垂宮の方は意図的に書き変えられたのが分かりました。

それでも高良玉垂宮と志賀島、安曇磯良の縁の深さに変わりはありません。






20190107



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by lunabura | 2019-01-07 21:30 | 高良大社・玉垂宮・久留米市 | Comments(0)

「神秘書」を読むときに気を付けること




『高良玉垂宮神秘書』(以下『神秘書』)は第1条が難しいので、一部だけを読んで論じる人が多いです。私もその一人でしたが、全体を読み通して気づいたことは、大きく分けて三部構成になっている点です。

で、『神秘書』を読む人へのアドバイスとして、その構成の概略を書いておきたいと思います。









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緑の1条と青の550条、551条は新しく付けられた表紙と考えてください。

黄色の部分(2条~549条)が本文に当たりますが、長い歴史の断片を集めたものです。それはバラバラでも、とにかく記録された断片です。

これを時系列に直していくと、最初はアントンイソラが干珠満珠を持ち込んで玉垂命となっています。

それから400年以上経って、白村江の戦いのあと、仏教が入って来ます。

それまでは神道のみだった高良山は仏教を受け入れるために一芝居うちます。

玉垂命は大菩薩になってしまったため、物部氏が「神を抱きまいらせる」ようになったと宣言して、物部氏が神と同一となったのです。

ところが、そのあと、さらに住吉信仰が入って来ます。神功皇后の夫は底筒男だと主張する訳です。それを説明したのが第1条です。

宇佐にも同じような話がありますが、宇佐ではそれでもOKでしたが、高良山の地元では皆、本当の歴史を知っていたために、整合性が取れず、追及されたのでしょう、第1条でいろいろと説明をしたのですが、嘘を重ねてしまい、ついに自己矛盾してしまいます。

そのため、最後の550条は1条とも違った話を書いています。さらに551条の系図も1条とは矛盾してしまいます。

ですから、『神秘書』を研究する場合は三つの構成で分けて読むと、嘘に引っ掛かりません。

第1条は最後の最後に読むのがベストです。

武内宿禰は日下部氏系図では物部保連(やすつら)となっています。

一般には応神天皇の父は武内宿禰だと印象操作されました。

でも、第1条では応神天皇の父は底筒男だと主張したため、物部氏=住吉族という変な話になりました。
こうして玉垂命は一体誰なのか分からなくなったのです。

玉垂命は江戸時代の御殿様が武内宿禰に決めた、と高良大社で伺いました。

高良下宮社の古い祭神を見ると、「高良玉垂命」と「武内宿禰命」が並んでいるので、やはり別人だということが分かります。

『神秘書』は最初の第1条と最後の二条には騙されないように読むのがコツです。


20190106



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by lunabura | 2019-01-06 22:18 | 高良大社・玉垂宮・久留米市 | Comments(2)

一か月間燃やされた神社史料



一か月間燃やされた神社史料



1000年間、久留米市で神官を営む家の方の話を聞いたのですが、

高良大社の史料が明治政府に命じられて燃やさねばならなくなったそうです。

その史料は膨大で、一か月間燃やされ続けたそうです。

そこには大善寺玉垂宮のものも含まれていたと。

九州の歴史が焚書に遭っていたのです。

日本書紀の成立の話を聞いて、そんな話をされました。


日本書紀が成立するころ、禁書や焚書が行われた記録が残っています。


それはほんの百数十年前に福岡でも起きたのです。



20181022 訂正20181219




by lunabura | 2018-10-22 20:22 | 高良大社・玉垂宮・久留米市 | Comments(0)

「高良玉垂宮神秘書」アントンイソラは6条に有り



「高良玉垂宮神秘書」

アントンイソラは6条に有り



安曇か阿曇か。

「あづみ」の表記をどちらにしようか、ずっと悩んでいました。
音読みすれば「安曇」はアンドン、「阿曇」はアドンです。

出来るだけ古い字体を使う方が汎用が効くのです。
そんな時、「高良玉垂宮神秘書」の6条に、次のように書かれていたのを見つけたのです。











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安曇磯良はアントンイソラと呼ばれていました。
発音は「曇」の字から、アンドンと発音されていたのが分かりますね。

これで、いろんな謎が解けたのです。
そして、安曇の表記を使うようになりました。




そして、今現在は春日大明神がいったい誰なのか、訳が分からなくなっていたのですが、6条から、中世頃は安曇磯良を指していることに気づきました。

でも、藤原氏の神が何故、安曇磯良?


その手掛かりは藤原鎌足が祀った宮野神社(朝倉)にあるのですが、どう論考したらいいのか、まだわかりません。





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by lunabura | 2018-01-09 21:17 | 高良大社・玉垂宮・久留米市 | Comments(8)

「玉垂宮」の由来は「高良玉垂宮神秘書」509条に書かれている



「玉垂宮」の由来は

「高良玉垂宮神秘書」509条に書かれている



高良玉垂宮の「高良」の由来は先に書きましたが、
「玉垂宮」の由来も「高良玉垂宮神秘書」に書かれています。


509条です。





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訳をしてみると、解説が要らないほどわかりやすいですね。
竜宮=志賀島(龍の都)から干珠満珠を賜って、神代(地名)に納めた故に「高良を玉垂宮とは申すなり」と言っていますね。この時代の高良玉垂命は安曇磯良です。
だから、神事で白い覆面の布を献上するんですね。これは別の所に書かれています。






同じ内容を


に書いていますが、あれこれと書くより、縦書きを読む方が直観的に理解できますね。

抜粋本には訳と解説を付けているので、およそ100ページ近くになっています。







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by lunabura | 2018-01-04 20:27 | 高良大社・玉垂宮・久留米市 | Comments(0)

「高良玉垂宮神秘書」のこと



「高良玉垂宮神秘書」のこと


大体、「高良玉垂宮神秘書」は文盲の人のためにカタカナ書きにした、と書いていますが、歴史的仮名遣いでカタカナという組み合わせは、現代人にとって分からないものになっています。

それなのに、第一条の文末に「ヒスヘシ、ヒスヘシ」(秘すべし、秘すべし)と書かれているもんだから、かえって秘密を知りたくなるという、フラストレーションを高まらせる出だしになっているんですね。

200条には、
「物部に背いて三所大菩薩の御神秘を他の一般人が知ると、当山は滅亡する。」
なんてことまで書いてあります。

これを読み解いたので、カラクリを説明したいのですが、多分、本一冊分になります。


歴史カフェや久留米大学で2~3時間で話した内容ですが、文章にするにはすご~く時間が要るんですね。文章が上手ければ簡単なことなのですが。

けれども、解説本をいつかものにしたいな、という願いも持っています。

夢は二つ。
「高良玉垂宮神秘書 抜粋本」を本の形にする。
「高良玉垂宮神秘書 解説本」を書く。

商業べースに乗らないものですが、きっと道はあると思います。
ま、読みたいという方があればこそですが。


<2018年1月2日>



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by lunabura | 2018-01-02 21:59 | 高良大社・玉垂宮・久留米市 | Comments(0)

宙ぶらりんになった「高良玉垂宮神秘書 抜粋本」



宙ぶらりんになった

「高良玉垂宮神秘書 抜粋本」




2015年の夏、「高良玉垂宮神秘書 同紙背」を手にしたら、猛烈に訳をしたくなり、あっという間に訳してしまいました。訳をして、一条ごと、すべてに解説をつけました。

もう二年半前のことになります。

これは祭神の変遷が分かる部分だけ抜粋して口語訳をし、項目別に分類したものです。全551条のう86条を抜粋して、項目別に書き分けました。

その結果、高良玉垂宮の祭神は白村江戦の前と後で大きく変化したことが分かったのです。

それを発表したのは2017年。歴史カフェと久留米大学の講座の時でした。

その後、出版の話が二件ほどあったのですが、あいにくどちらも駄目になり、自分で印刷して手売りしてはどうか、というアドバイスをいだたきました。


その方法も有りで、粗末な手刷り本でも構わないと思われる古代史ファンに届ける一つの方法で、最終的な方法かなと思っていたのです。

ところが、いざ印刷してみようとすると、パソコンの買い替えでワードの字が変貌していました。

パソコンのワードはバージョンアップする度に文字が一部変わるのですが、これに引っ掛かってしまいました。

ビスタの時代に作成したワードをウィンドウズ8・1で開くと、前使っていた文字が別の字体に変わっていました。さらにウィンドウズ10では更にお気に入りの字体が無くなっていました。

ルビをたくさん打っていたのですが、新しいワードでは行間が広がってしまい、意図したものとは違ってしまったのです。

再び編集していかねばなりません。これに取り掛かるとしたら、ずっと先かな。

そこで、今年の目標として、もう一度スポンサーを探すなりして出版できる方法を模索することにしました。

それが駄目なら、自分で印刷するかな。


この抜粋本の特徴として、目次を工夫して、タイトルだけで内容が分かるようにしています。
以下は目次の一部です。
実際は縦書きのものを横書きにしました。数字はページです。


1章【高良大菩薩】

高良山の名の起こり 一四三条     15
四方の固め 五一一条        16

【神籠石と八葉の石畳と馬蹄石】
住厭・八葉の石畳の起こり 一四四条16
八葉の石畳 一二四条         16
神籠石 一二九条            16
馬蹄石 高牟礼を出し抜く 三二八条17
高良内は高良の結界の内 一八二条   19

2章 【三種の神器と干珠満珠】

神代に干珠満珠 五四二条      20
干珠満珠は五寸の勾玉 五〇九条   20
玉垂宮の由来 五〇九条         20
山上の一火は三つの玉の霊力 二一四条21
麓の一火は鏡の霊力 二一五条      22
ホウクハンを内裏へ申さず 二三九条24


目次を見て例えば15ページを開けば、その条が出てきます。



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一条ごとに
   1 漢字平仮名混じり文
   2 口語訳
   3 要約
   4 解説
を書いています。


誰が読んでも理解できるように。

今の世代、そして次の世代への贈り物として取り組みました。

アドバイスがあれば教えてくださいね。
今年の終わりまでには何らかの形にしたいと思います。



<2018年1月1日>



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by lunabura | 2018-01-01 20:06 | 高良大社・玉垂宮・久留米市 | Comments(4)

玉垂命は安曇磯良(アントンイソラ)




今日は久留米大学公開講座でした。
参加の皆さま、ありがとうございました。

3時間の講座のために12ページの資料を準備しましたが、
無事、最後まで読むことが出来ました。

あとで何人かの話を伺いましたが、
高良山の歴史は深く、広大な地域に影響を与えているのが
よく分かりました。

古くて、かつ今も歴史が生きているのが高良山です。

さて、準備した画像の一枚です。






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拙著『神功皇后伝承を歩く』からも画像を集めてみましたが、
なかなか面白いです。

左上から干珠満珠の形は15センチの勾玉と伝えています。

上中は高良玉垂宮の正面の龍と波。海の波と龍神の組み合わせは綿津見神ですね。
綿津見神は志賀海神社の祭神で、志賀島は龍の都(たつのみやこ)。


高良山と志賀島の繋がりを示唆しています。


上右は門司の和布刈神社の和布刈神事ですが、これは
安曇磯良が神功皇后に干珠満珠の秘法を授けた(玉垂)ことを示す神事です。

左下は志式神社の「磯良舞」。
海神(わたつみのかみ)が豊姫(神功皇后の妹)に干珠満珠を授ける場面。

どれもが「玉垂」(たまたれ)を表しています。
こうして、正史からは消されたアントンイソラですが、
今でも各地で伝えられています。

玉垂命は安曇磯良のことです。






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by lunabura | 2017-05-27 22:42 | 高良大社・玉垂宮・久留米市 | Comments(4)

高良玉垂宮神秘書 黒龍紋は玄孫大臣



黒龍紋は玄孫大臣




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この不思議な絵は「高良玉垂宮神秘書」に載っているもので、
黒龍紋を具体的に描いたものだ。

241条に書かれている。


描き方の指示が載っている。

五か所ぐるりと巻くように。
ウロコと足と手、顔そして尾は剣の形。なるほど尾の形は特徴的だ。


これは玄孫大臣の紋ということなので、武内宿禰の紋と解釈した。




門光紋というものがある。


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住吉神が四天皇として雲間から現れたようすを描いた紋だ。

この住吉神は何故か兜率天に居た。
(神が仏の世界にいたという不思議)





本条の説明を書こうとしたが、
論理が破綻していて、上手く説明できない。(´・ω・`)

要するに、
天武天皇即位二年に仏教が入ってきて、上宮も下宮も物部氏が頭領となったため
黒龍紋も門光紋も同じように使うようになったということ。

上宮は安曇から物部そして住吉と変わるので、ややこしい。


「玄孫」ということばも、1条ではアマテラスのひ孫だと書いているのに
本条では龍宮の孫と書き換えている。

書いた本人ももう分からなくなっているのだろう。
取りあえず、原文を平仮名書きに代えたものを掲載。



五輪が終わった夜長にチャレンジしてくれたまえ。

そういえば、この黒龍も五輪だ。

この話はややこしすぎて、歴史カフェでは触れませぬ。




「二四一条
一、表筒男尊 玄孫大臣の異国のヲンムケニハ、御紋は黒龍にて、五所巻きたる龍なり。イリコ、足、手、面(つら) 尾の剣までありありと描くべし。これリウコウの御孫たる故なり。母方なり。御兄弟の流れなれば、大菩薩の御紋、門光を今に大祝職紋にいたすなり。大祝職の紋、黒龍を大菩薩の御紋にいたすこともあり、これ即ち大菩薩、大祝職同体異名たる故たり。門光を五ところ描き、龍をかくのごとく描くなり。」





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by lunabura | 2016-08-24 22:23 | 高良大社・玉垂宮・久留米市 | Comments(18)

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25