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カテゴリ:神功皇后伝承を歩く ガイド( 15 )

筑後の回り方2 安曇、物部、田油津姫の里



筑後の回り方2 

安曇、物部、田油津姫の里



前回に続いて筑後地方の神功皇后伝承地を回るコースの紹介です。
大川、柳川、みやまを回ります。

ここは皇后の時代に加えて、天智天皇の西国修行時代に滞在したみやま市瀬高町太神が重なってきます。

この太神の里を地図に乗せると、物部氏と土蜘蛛とされる渡来人たちの対立構造がはっきりと見えてきますね。








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⑤の風浪宮は神功皇后が新羅遠征の帰りに帰着した所で、阿曇磯良丸にわだつみの神を祀らせています。つまりこの国際港を使用する権利を褒賞として与えたと考えます。

⑥の鷹尾神社では田油津姫攻撃の時に民衆が料理を作って待っていた所で、すぐ北に上陸地が伝わっています。田油津姫たちと対立していたことが分かります。

⑦こうやの宮、⑧太神宮、⑨釣殿宮は物部氏の里で、景行天皇や天智天皇に関わる神社群がある所です。やはり天皇方です。

⑩⑪⑫は田油津姫の領土で、神功皇后軍が侵攻して行った所です。

これら日本書紀に書かれたくっきりと現代に残っているのですが、この古代の戦いについて、中国正史は記録しているのでしょうか。いつも気になる所です。

以下はバスハイクの具体的なコースです。
自分で回る時の参考にしてください。




風浪宮(下77)大川市酒見726-1 
         神功皇后は阿曇磯良丸に少童命を祀らせた

鷹尾神社(下58)柳川市大和町鷹ノ尾956 
         漁人たちはブリ料理とハンヤ舞で皇后を迎えた

こうやの宮 みやま市瀬高町太神1660 
        七支刀を持つ神像がある

太神宮 みやま市瀬高町太神 
        中大兄皇子(天智天皇)が毎朝祈った

釣殿宮 みやま市瀬高町太神2686 
        中大兄皇子が腹赤魚を献上された

車塚古墳(下59)みやま市瀬高町山門1461
        神功皇后軍の陣営地

老松神社(下59)みやま市瀬高町大草311 
        田油津姫の墓と言われる蜘蛛塚

女山神籠石 みやま市瀬高町大草1086 
        田油津姫の終焉地


(下)は拙著『神功皇后伝承を歩く』の下巻のことです。

来週、バスハイクで回ります。週間天気予報を見ると、天気が安定してきたようですね。




歴史カフェ小城
4月14日(土)第1回
3時~5時

1部:天山神社と天河弁財天
2部:神功皇后 豊浦宮から
申し込みはコチラへ
あるいは、小城鍋島家Tenに直接どうぞ。
詳細はコチラ
会場:小城鍋島家Ten


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by lunabura | 2018-03-09 20:51 | 神功皇后伝承を歩く ガイド | Comments(0)

筑後の回り方1 久留米編 水沼君の聖地を巡る



筑後の回り方1 

久留米編 水沼君の聖地を巡る



昨日から気持ちを切り替えて、バスハイクの資料を作成しています。

神功皇后伝承地、前回は朝倉を紹介しましたが、今回は久留米の中でも、水沼君(みぬまのきみ)に絞った回り方の紹介です。


神功皇后は朝倉で羽白熊鷲討伐に成功すると、大本営(松峡八幡)に戻り、いったんありなれ川の対岸に出て、小郡まで下ります。


ここで水沼の水軍が皇后軍を迎え、赤司八幡神社へ招きます。そこで、皇后は道主貴(みちぬしのむち・三女神)に祈ったあと、有明海に出ます。

その途中、景行天皇(けいこう)の皇子である国乳別皇子(くにちわけおうじ)の政治の地、弓頭神社に立ち寄りました。

そこでは皇子と武内宿禰の軍議があったと伝えています。ここは高三潴(たかみずま)と言います。


同じ三潴の聖地、大善寺玉垂宮がすぐ近くにありますが、高良玉垂命(磯良)が三韓征伐後、皇后の船を操縦してここに入港します。


それから何十年か経ち、自分の死期を悟った磯良はここに来て船を燃やさせます。その竜骨がご神体になったと伝えています。

玉垂命の墓も国乳別皇子の墓も高三潴の方にあります。
大善寺玉垂宮の近くの御塚古墳などの古墳群もまた水沼君の代々の墓と伝わっています。



今回バスハイクでも次の順で回ります。2時間強で回るコースです。水の女神たち水沼三女神の聖地めぐりの旅ですよ。



赤司八幡神社(下56)久留米市北野町赤司1765 
水沼の君は神功皇后を有明海まで渡し、のちに皇后は蚊田で出産した

大善寺玉垂宮(下78)久留米市大善寺町宮本1419-3 
高良玉垂命は御座船を楠につないだ
御塚古墳 権現塚(下57) 水沼君の代々の墓といわれる

弓頭神社(下57)久留米市三潴町高三潴521 
国乳別皇子は弓大将として参戦した
烏帽子塚古墳(下57) 国乳別皇子の墓といわれる

月読神社 高良玉垂廟(下78)久留米市三潴町高三潴139-2 
高良玉垂命の墓といわれる

道の駅おおき 三潴郡大木町大字横溝1331−1 

(下)は『神功皇后伝承を歩く』の下巻です。
古墳に関しては大善寺玉垂宮と弓頭神社の両方に混在して載せているので、照らし合わせて確認してくださいね。




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歴史カフェ小城/4月14日(土)第1回/3時~5時/1部:天山神社と天河弁財天/2部:神功皇后 豊浦宮から/申し込みはコチラへ/詳細はコチラ/会場:小城鍋島家Tenc0222861_15184581.gif

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by lunabura | 2018-03-06 20:20 | 神功皇后伝承を歩く ガイド | Comments(0)

朝倉の回り方2



朝倉の回り方2




時間が許すなら、粟島神社からそのまま寺内ダムに向かいましょう。
そのゲートのちょっと手前に矢埜竹神社があります。

今回は、秋月から寺内ダムの羽白熊鷲の墓を経て
二つの美奈宜神社を巡るコースです。

そして、少しずつ斉明天皇と中大兄皇子の足跡が重なってきます。
今回氾濫した桂川は斉明天皇たちの舞台でもあるのです。




秋月野鳥を拠点としていた羽白熊鷲は神功皇后軍に攻め込まれて、
寺内ダム方面に逃走します。

それを追った皇后軍は矢埜竹神社で矢の補充をし、
皇后と武内宿禰は喰那尾神社で戦術を練ります。

その後、羽白熊鷲は「あまぎ水の文化村」の敷地で
矢に討たれて亡くなったといいます。

勝利を収めた皇后軍は美奈宜神社で報恩の祈りを捧げて山を下り、
太刀八幡宮、福成神社で次なる敵、田油津姫討伐の準備をします。

今回はこれらの宮を辿り、さらにもう一つの美奈宜神社、
平塚川添遺跡、甘木歴史資料館を訪れます。

 なお、福成神社は斉明天皇が先勝祈願をした宮でもあります。

斉明天皇が藤原鎌足に命じて作らせた宮野神社と、
天智天皇が斉明天皇病気平癒を祈願するために作った別所神社にも
訪れましょう。



矢埜竹神社(上巻49)矢野竹984 
            皇后軍が矢竹を刈り取った

喰那尾神社(上巻48)三奈木4933 
            神功皇后は戦勝祈願をして陣を敷いた

羽白熊鷲塚(上巻50)矢野竹831 あまぎ水の文化村
            羽白熊鷲は矢に射られて死んだ
 
美奈宜(みなぎ)神社(寺内)(上巻51)荷原2421
            神功皇后は神々に戦勝の奉告をした

  三連水車の里(昼食)

太刀八幡宮(下巻52) 大庭7504 
            神功皇后は田油津姫攻撃に向けて太刀を奉納した 

福成神社(下巻53) 入地1673 神功皇后は宗像三女神に祈った 

美奈宜神社(林田)(上巻43)林田210川蜷が一夜で城を作った
     
平塚川添遺跡 平塚444-4 
 
甘木歴史資料館 甘木216−2 

宮野神社 宮野1248  斉明天皇が藤原鎌足に祖神を祀らせた

別所神社 須川3197 中大兄皇子が斉明天皇の病気平癒を祈った

バサロ 杷木久喜宮1665−1



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平塚川添遺跡は初めてでした。
水の環濠が2~3重あって、風情がありました。

天気が良かったら良い雰囲気の弥生集落が撮れそう。
朝倉邪馬台国説の確認にはここは最適です。


羽白熊鷲は太宰府や飯塚までも荒らしまわっていたので、
この集落の人たちも襲撃の対象だったのではないかな、
と考えたり。

緑のきれいな季節にもう一度行きたいな。

ここには工人たちがいたんですって。


出土物は甘木歴史資料館にあるということで訪問すると、
絵画の展示があって、考古資料はほとんどありませんでした。

以前は資料が沢山展示されていたのです。

筑後地方の豊富な出土物を集めているのに、
それを見学できないようにするのは良い事ではありません。

歴史の抹殺になってしまいます。

展示法について、再考を求めたいと思いました。
美術館では無いのです。
歴史資料館は担うものが大きいのです。









下の「バスハイク」をクリックすると画像付きの現地案内が出てきます。


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by lunabura | 2018-01-30 20:05 | 神功皇后伝承を歩く ガイド | Comments(0)

朝倉の回り方1 



朝倉の回り方1 





何度でも行きたくなる秋月。

そこに羽白熊鷲と神功皇后の戦いがあったとは、想像もしませんでした。
今日は、バスハイクで回った朝倉のコースの紹介です。

神功皇后が辿った道を車やバイクで回れます。
いい写真も撮れます。

朝倉でランチやカフェを楽しむだけで応援になります♪



<秋月編>

祭神仲哀天皇の崩御後、神功皇后は羽白熊鷲攻めに取り掛かります。

古処山の麓の秋月野鳥(のとり)を拠点としていた羽白熊鷲に対して、
皇后軍は筑前を通って山かげの道を行軍しました。

武器を砥がせた砥上神社、大本営となった夜須の松峡(まつお)八幡宮、
軍士達が敵前逃亡したために祈ったという大己貴神社、陣屋を敷いた老松神社。

秋月の垂裕(すいよう)神社前の黒門、秋月八幡宮、粟島神社と、
敵を追い詰めながら次々に敷かれた皇后軍の陣営地を訪ねます。

また、お腹が痛くなったという松尾宮にも訪れましょう。


松尾宮(下巻54)筑紫野市永岡587 神功皇后はお腹が痛くなった

砥上(とがみ)神社(上巻40)筑前町砥上上980 
               皇后が軍衆に武器を研ぎ磨かせた

みなみの里
 (道の駅)


松峡(まつお)八幡宮(上巻41)筑前町栗田605 
                 皇后が羽白熊鷲と戦うために宮を建てた

仙道古墳(上巻41)筑前町久光111-2 装飾古墳


大己貴神社(上巻42)筑前町弥永697 軍士たちが逃げ出したので
             皇后は大三輪の神を祀った


老松神社(上巻44)朝倉市下渕840 
               皇后軍は陣営「御府の森」を敷いた

垂裕神社(上巻45)朝倉市秋月野鳥666 
           皇后軍は陣営「梅園の森」を敷いた


秋月八幡宮(上巻46)朝倉市上秋月1717 
             皇后軍は陣営「宮園の森」を敷いた

粟島神社(上巻47)朝倉市日向石600 
             神功皇后が松に鎧を掛けて休息した

 三連水車の里 あさくら(道の駅)


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by lunabura | 2018-01-29 21:53 | 神功皇后伝承を歩く ガイド | Comments(0)

物部の研究書として



物部の研究書として



先月の話ですが、元大学教授のO氏が、
拙著『神功皇后伝承を歩く』を
「現代の物部の研究書」として評価してくださった、と人から聞きました。


過分な評価ですが、
本を書くときの狙いの一つとして、
古代豪族の伝承を明らかにしたいという願いがあったので、
それを認めて頂いたのがとても嬉しかったです。




ただ、この本は物部氏の研究と銘打っている訳ではありません。

各地に残る伝承を資料として書き残しているだけですから、
その資料をどう繋げるかは、読者次第ということになります。

O氏は物部氏の研究でも有名なので、
物部氏の動向がよく見えられるのでしょうね。



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福岡の地理を知らない神功皇后が何故、自由に動けたのか。

そんな観点で調べていくと、
古代豪族の伝承もバラバラにあるように見えて、
一貫性のある歴史を紡いでいます。


神功皇后の筑紫、豊前滞在の3年間という短い枠組は
かなりくっきりと古代豪族の拠点と繋がりを描き出してもいるのです。

ただ、豪族は豪族だけでまとめないと、人には伝わらない。
物部氏のことも、表面だけでは分からない。
そういう点では「列伝」が必要だなと、当初から思っていました。


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ですから、各地で歴史講座に招かれた時には
その地の古代豪族について、まとめて説明したりしています。



武内宿禰も物部氏なので、この本は
全編、物部氏、かもしれませんね。


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by lunabura | 2016-05-07 21:16 | 神功皇后伝承を歩く ガイド | Comments(2)

本が届きました ♪


本が届きました♪

箱を開ける時はいつもドキドキです。

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表紙は志賀海神社の沖津宮です。
天御中主神と綿津見神が祀られています。

祭祀の原点はこのような形だと思います。

あとで気づいたんですが、日本の神々の中でも最初に出現された神の鎮座地が表紙になりました。不可思議な御縁を感じずにはいられません。

来週から予約の皆さまや各書店に配送されます。あと少しお待ちくださいませ。
   

ゴールデンウィークも近づきました。ガイドブックを片手に、神々の聖地と古代史を堪能して下さいませ。



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by lunabura | 2015-04-09 10:36 | 神功皇后伝承を歩く ガイド | Comments(2)

『神功皇后伝承を歩く』下巻の出版のお知らせ



『神功皇后伝承を歩く』下巻

出版のお知らせ


大変お待たせしました。

ようやく『神功皇后伝承を歩く 下巻』が4月20日に出版となりました。


これが表紙です。
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神功皇后が安曇磯良を召して神楽を奏したと伝わる「志賀海神社沖津宮」と、皇后が馬から降りて歩いて向かったという「下馬ケ浜」(げばがはま)を表紙にしていただきました。福岡市東区勝馬の国民宿舎の近くです。


トップの下にある四枚の写真は、不知火書房さんが福岡の四つの地域から一つずつ選ばれました。左は志式神社のお潮井ですね!右端は和布刈神社の和布刈神事が行われる海。


帯の色はデザイナーの忘羊社さんが選んでくださいました。「真朱」(まそほ・まそお)という色だそうです。古代の朱の色ですね♪


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表紙を開くと、宮地嶽神社の宮地岳と禊池が迎えてくれます。昨年の今頃撮ったのですが、ちょうど明日辺りはこんな風景が見られそうです。

章ごとに扉の写真があります。ここは不知火書房さんの選ばれた画が並びます。
どんな写真が選ばれたか楽しみにしてください。

一つ一つの写真に神功皇后の歩みの歴史があり、私自身の思いも詰まっています。






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これはチラシ。クリックすると、ちょっぴり大きくなります。

下巻は海の宮が多く、「青ばっかり」と言われちゃいましたが、それでいいんです♪玄界灘の晴れた冬の海、雲の低い寒い海、おだやかな夏の海。一つ一つが違うんですから^^ 実際には青ばかりではないと思いますよ ( ´艸`)

内容は書きたいだけ書かせていただいたら上巻より16ページも増えてしまったのですが、価格は上巻と同じ1800円(+税)に押さえて下さっています。歴史の古い神社が沢山あるので読みごたえもあるかと思います。





さて、これからの販売予定ですが、4月10日頃には印刷が完了して、出版社に届けられます。
12日頃から予約している方へ順次発送されます。

書店は出版社の営業が入ってからの受注になるので、遅い所は一カ月ほど掛かるそうです。しかも福岡県内だけの営業になるので、他県の方は書店に予約されないと届かないと思われます。(この本は全国一斉に販売という訳ではありません)

遠方の方が一番早く手に入れる方法は不知火書房さんへの予約です。直接お手元に届きます。ただし、不知火書房さんはメールを使わないので(^_^;)、予約方法は電話かFAXになります。昨年から予約して下さっている方、本当にお待たせしました。

これ以外に早く手に入る方法は近くの書店への予約が一番です。また、積文館・クエスト系統は全国の店に置いて下さるので、これは少し早いかと思います。

アマゾンなどは前回は10日ほど経ってから販売されるようになったと思います。今回はどうでしょうか。予定は分かりません。


ブログ訪問の皆さま、是非とも、手に取って古代の筑紫を楽しんでくださいね。
オールカラーです♪


不知火書房 電話 092-781-6962 FAX 092-791-7161
(送料、振り込み料金は無料 同封の郵便振り込み用紙で一週間以内に振り込み)



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by lunabura | 2015-04-01 20:06 | 神功皇后伝承を歩く ガイド | Comments(8)

100番 完成


思いがけず、100番までの推敲が終わりました (^o^)/
予定としては15日ほど掛かるだろうと思っていたのですが。

四日前に「五日間」というデカイ文字が夢の中に現れたので、
もしかしたら、推敲が早く終わるのかなと期待したら、その通りでした♪

70番まで書いた頃に、自分なりの文体というものが出来たようで、
そこからは文章を書くのが早くなりました。
手直しも少なくて済みました。

何でも、やってみると上達するものなんですね。
このあと、印刷したり、CD焼いたりして、原稿を送る準備をします。

ガイドブックづくりは思ったより大変でした。
知らぬが仏。
知らなかったからこそ出来るものでした。

思考力が続かなくなると、家事や片づけをしたり、キルトの仕上げをしたり、
全く別の行動を取って、リフレッシュしています。

そして、本棚を整理していて、かつて仕込んでおいた次なる夢の本を見つけました。
タイトルが浮かぶと、ミニチュアの本を作って
表紙にそのタイトルを書いておくようにしています。

神功皇后のガイドブックも、小冊子を作って表紙にタイトルを書いて、
出版社も書きこみました。
それが何年かして形になったんですね。
夢は叶うんだなとつくづく思っています。




で、さっき本棚から発見した女神の本の冊子版。
忘れていたので、見つけて、胸キュンです。
やっぱり作りたい。

一人で胸キュンしていても仕方がないので、明日あたりから
そのアウトラインを作って仕込んで行こうと思います。




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バッグもできました ♪
これで、A4のプリント貰っても大丈夫 ^^




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by lunabura | 2014-08-01 21:23 | 神功皇后伝承を歩く ガイド | Comments(2)

訂正とお詫び



2014年2月に出版した『神功皇后伝承を歩く 上』(初版) 綾杉るな 不知火書房出版
の写真説明に誤りがありました。


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p63 「21 笠松神社」上段の写真の説明に
「境内から靡山を見る」としていますが、山の名前は正しくは「城崎山」でした。

次は靡山を撮った写真です。

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右手前が城崎山。その奥、丸い山が靡山です。

御迷惑をお掛けしました。
謹んでお詫びを申し上げます。


追記

コピーして貼り付けるという方がありましたので、ほぼ同サイズをUPしました。
逆光で石碑の文字が見づらいとのことで、石碑なしの方をUPします。
晴れた日を待って撮影し直しに行ったのですが、時間帯が悪くて申し訳ありません。

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by lunabura | 2014-04-25 22:44 | 神功皇后伝承を歩く ガイド | Comments(4)

神功皇后伝承を歩く 上巻 リンク表 24~51

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神功皇后伝承を歩く 

リンク表 24~51

香椎宮での軍備

24.香椎宮    福岡市東区 仲哀天皇は香椎宮で天下を治めた 

25. 皇石神社   古賀市 仲哀天皇と皇后が軍事訓練を見守った

26. 高良玉垂宮  久留米市 神功皇后は神籠石に祈った

27. 味水御井神社 久留米市 神功皇后が朝妻で水を所望した

28. 高祖神社   糸島市 神功皇后は五十迹手の奉斎する宮で祈願した

29. 三坂神社   糸島市 雷山に入山した神功皇后がここで休息した

30. 雷神社    糸島市 神功皇后は三韓攻撃の成功を祈った

31. 雉琴神社   糸島市 日本武尊が夢枕に立って皇后に戦法を授けた



仲哀天皇の崩御

32. 宇美八幡宮   糸島市 にわかに崩御した仲哀天皇を仮埋葬した

33. 御勢大霊石神社 小郡市 仲哀天皇は敵の矢に討たれた  

34. 隼鷹神社    小郡市 鷹となって現れた高木の神を皇后が祀らせた

35. 五所八幡宮   古賀市 神功皇后は竜輿を休めた  

36. 小山田斎宮   古賀市 神功皇后は祟る神々の名を尋ねた

37. 斎宮      糟屋郡 香椎宮から皇宮を遷した  

38. 天照皇大神宮  糟屋郡久山町 神功皇后は天照大神を祀った

39. 黒男神社    糟屋郡久山町 竹内宿禰は斎宮を守るために陣営を固めた  
 



羽白熊鷲との戦い

40. 砥上神社    朝倉郡筑前町 神功皇后が軍衆に武器を砥ぎ磨かせた

41. 松峡八幡宮   朝倉郡筑前町 神功皇后が羽白熊鷲と戦うために宮を建てた 

42. 大己貴神社   朝倉郡筑前町 軍士たちが逃げ出したので皇后は大三輪の神を祀った

43. 美奈宜神社(林田) 朝倉市 川蜷が一夜で城を築いた 

44. 老松神社    朝倉市 皇后軍は陣営「三府の森」を敷いた

45. 垂裕神社    朝倉市 皇后軍は陣営「梅園の森」を敷いた

46. 秋月八幡宮   朝倉市 皇后軍は陣営「宮園の森」を敷いた

47. 粟島神社    朝倉市 神功皇后が松に鎧を掛けて休息した

48.喰那尾神社    朝倉市 神功皇后が戦勝祈願をして陣を敷いた

49.矢埜竹神社   朝倉市 皇后軍が矢竹を刈り取った

50.羽白熊鷲塚   朝倉市 羽白熊鷲は矢に射られて死んだ

51.美奈宜神社(寺内) 朝倉市 神功皇后は神々に戦勝の奉告をした


上巻は51番までです。
下巻は夏ごろに出版の予定です。

もともと気ままに探訪していて、途中から伝承が双六のように繋がることに気付いたのですが、
一番から回ってみたら、また別の発見があるかもしれないなあ。

掲載しきれなかった神社もあり、未発見の神社もあるので、気がついたら教えてくださいね。
コメント欄に神社名と、住所、伝承の内容など記入してくださったらありがたいです。
写真がある場合はメールの方に添付できるので、そちらを利用してください。

皆さまと一緒に成長させられたらと思っています。

 「空 sora そら」さんが神功皇后ゆかりの神社を記事にしてあります。
当ブログより写真が大きくて数も多く、視覚的情報量が多いです。
また、福岡県外の神社も沢山紹介してあるので、リンクをお願いしています。
臨場感あふれる写真の数々をご覧下さい。
 
「神功皇后伝承を歩く」掲載神社へのリンク表
(上巻 1~51)
http://sora07.exblog.jp/21988658/


(48.喰那尾神社に行かれる方は是非、空さんの写真で参道(山道)のようすを確認してください)

空 sora そら http://sora07.exblog.jp/





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by lunabura | 2014-02-03 19:31 | 神功皇后伝承を歩く ガイド | Comments(9)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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