ひもろぎ逍遥

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カテゴリ:歴史カフェ( 92 )

神馬のヒヅメの跡(馬蹄石)



神馬のヒヅメの跡(馬蹄石)


今日は歴史カフェ。
難解な『高良玉垂宮神秘書』の解説でした。
誰も知らない話ばかりなので、驚かれたかもしれません。

九州年号と言われる元号が高良山ではいくつも使われているので、
その紹介も少ししました。

今回、一つ、理解できない内容がありました。

それは高木の神と高良大明神との会話の意味です。

高良大明神が高良山に初めて来たとき、
高良山に住んでいた高木の神は「神籠石」の所まで降りてきます。

そして、「印」を求めると高良大明神は神馬のヒヅメの跡を付けます。

それを見て高木の神は納得して、一夜の宿を貸すのですが、
その夜の内に高良大明神は「八葉の石畳」をぐるりと築いて結界を張ったため、
高木の神は戻れなくなって、麓に住むようになってしまいます。
(ガイドブックなら26高良玉垂宮の所に書いてます)

「神籠石」とは巨大な岩盤で、「八葉の石畳」を築く間、神々が居た所です。
「八葉の石畳」は考古学者が「神籠石」と名前をすり替えて発表しています。

このように「神籠石」(こうごいし)の名称は高良山が発祥ですが、
今では山城として捉えられてしまい、残念な経過を辿っています。

単なる石畳ですから、防衛機能は全くありません。

で、今回、皆さんに情報をお願いしたのは、
高木の神は「神馬のヒヅメの跡」(馬蹄石)を見て何故、納得したか、
それが分からなかいので、他に類例がないか、ということでした。

一つの例として、安心院の足一騰宮にも馬蹄石があって、
それは玉依姫が神馬に乗って駆け上がる時についた跡となっています。

両者に共通するのは高良大明神(安曇磯良)と玉依姫が同じ安曇族という点です。
もう一つ例が挙がれば、何らかの推測ができる訳です。

そして、早速その場で情報が出てきました。

それは八女の「けほぎ石」も「馬で蹴ってほげた穴」という話です。
それは火明命の馬だったということから、
志式神社に祀られている神でもあるという謎に繋がってきました。

「火明神」は志式神社に祀られている「荒ぶる神」の一柱。
何故なのか、理由がまだ分からなくて、拙著『神功皇后伝承を歩く』でも
上手く説明できていません。

でも、安曇族が祀っている神です。

今日の情報で、少し手掛かりがでてきました。
のちの展開が楽しみです。

さて、『高良玉垂宮神秘書』は同じ内容で9月6日にもう一度話します。
ご希望の方は、メールで申し込みください。

来月の歴史カフェは9月25日(日)です。
場所は「ひふみ」。2時~4時です。

タイトルは「中大兄皇子と朝倉橘広庭宮」を予定しています。
詳しくはまた記事を起こしますが、受け付けは開始します。





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by lunabura | 2016-08-27 22:28 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(8)

「歴史カフェ724」は「八咫烏」―賀茂氏と古代鉄―

追記

「八咫烏」を新たに
8月4日(木)2時~4時
にも行うことになりました。会場は「ひふみ」です。

「歴史カフェ804」希望
とご記入の上、下と同じ要領で申し込んでください。


2016年7月21日






「歴史カフェ724」は

「八咫烏」―賀茂氏と古代鉄―



神武天皇の案内を務めた賀茂氏の「建角身命」(たけつのみのみこと)を
記紀は「八咫烏」「頭八咫烏」と書いています。

八咫烏は賀茂氏のトーテムです。

一方、
高句麗の壁画には太陽の中に三足烏が描かれています。
c0222861_12301310.jpg


これらはどう繋がるのでしょうか。



その謎を解く手掛かりとなるのは
古墳の壁に描かれている「鍛冶の神」と真鍋大覚の記録でした。

『儺の国の星』の星の記録から
賀茂氏についての断片的な記述を拾い出すと、
「一目」「足一騰」「蹈鞴の神」「そほり」など、
古代の鉄の民のキーワードが出てきます。

これらを整理し、

肥前、唐津市七山の賀茂神社。
筑後、うきは市の賀茂神社。

さらには、肥後の一目(ひとつまなこ)神社。
豊後、安心院の足一騰(あしひとつあがり)宮。

など、北部九州に展開していた賀茂氏や鉄の民の名残を確認して
古代の鉄の民の世界を探って行きます。





日程 7月24日(日)2時~4時

会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)
募集人員 18名(要予約)
会場  オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
092-944-5755
申し込み方法 
「歴史カフェ724希望」と書いて、郵便番号 住所 氏名 をご記入の上、メールでコチラに送ってください。
(コメントでハンドルネームを使われた方、よかったらそれもご記入くださいね♪)


メールはサイドバーの「メールはコチラ」からでも大丈夫です。
一度参加された方は、住所は書かなくても結構です。


申し込みがあれば必ず返信しております。返信が無い場合はブロック解除、あるいは「アドレス違い」がないか、調査をお願いします。



オーガニックな食材のお買い物が出来ます。(^-^)
地図 オーガニックひろば ひふみ
 



皆さんのご参加をお待ちしています♪






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by lunabura | 2016-08-02 22:07 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

ことのは



ことのは


昨日は「八咫烏」でした。
集まって来てくださった皆様、ありがとうございました。

各資料を声を出して読んでいくと、
単語の「発音」が少しずつ音韻を変えながらも
繰り返し出てきていることに気付いてドッキリするシーンがありました。

例えば、七山では賀茂を「がも」と発音しているそうですが、
山鹿の一ツ目神社の地名が蒲生(がもう)なんです。

どちらも賀茂氏ということが分かりました。

その痕跡は神社の名や祭神や地名に残っているんですね。

氏族は神と地名を持って移動する。
それを目の当たりにする例に満ちていました。

「言葉」は目で見て、耳で聞いて、口に出してみて
深く味わうことが大切なんですね。


古代の言語は、記紀では漢字に変換して記録されているので、
そのニュアンスは失われていますが、
地名などにはしっかりと残っているので、
まだまだ古代への手掛かりは枚挙にいとまがありません。

今回は、「ことのは」の魅力に心惹かれた歴史カフェでした。

さて、今日は、中大兄皇子の整理をしました。
筑紫にいた中大兄皇子の姿を描いています。

これもまた、魅力的な世界です。





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by lunabura | 2016-07-25 23:52 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(4)

チーム・アンドロメダも



チーム・アンドロメダも



明日の「八咫烏」の資料、今回は三分の一を真鍋大覚の記述が占めています。

これまでは神社の縁起を理解するために、真鍋の資料を引用していましたが、
今回は真鍋の資料から「八咫烏、賀茂氏、一目神」に絞って
分類し、整理しました。

これが、以前からやりたかった「チーム・アンドロメダ」の
端緒にもなりそうです。



「チーム・アンドロメダ」とは真鍋大覚の研究チームです。
まだ発足はしていませんが(^^;

「アンドロメダ」は倭名で「大覚」とも言うので、
チームにその名を付けた訳です。



真鍋の口碑が真実かどうか、検証しなくてはならないのですが、
その前にその内容を明らかにする必要がある訳ですね。



いろいろと悩んで、辞書のように単語から引けたら便利だなと
先日思いついた話を書きましたが、
今回、その単語集が「八咫烏」の三分の一を占めることになったので、
歴史カフェで育っていってる資料の中で、
チームアンドロメダの資料も出来ていくことになるかもしれません。





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『古事記』の中の単語で、従来解明できていないものが含まれているので、
るな的にはかなりの嬉しさです。


「七支刀」で物部氏、「八咫烏」で賀茂氏。
これら、古代の鉄の民の姿がうっすらと見えてきました。(^^♪






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by lunabura | 2016-07-23 21:00 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

交流会




昨日の歴史カフェ721、多くの方に集まっていただきました。
ありがとうございます。

今回も関門海峡を越えて遠方から来て下さる方が二人もありました。

九州の古代史に興味を持って調べている方。
自分のルーツを探す方。
あるいは日本人のルーツを探す方。
または隠れ宮の話を持って来て下さる方。
神功皇后の事が知りたい方。

思いはそれぞれですが、
この日、同じテーブルに集うことにさえ、神慮が働いていることに
感動しました。

一人一人のファミリーヒストリーは単独で在るのではなく、
遥かな時間軸、
あるいは広い空間軸、
これらが果てしなく続き、
かつ、アラベスクのように絡まりあった複雑な姿をしていることを
肌で感じる交流会でした。

歴史カフェは
その絡まりを一つ一つ解きほぐして、
自分は誰なのだ、という
永遠の命題の手掛かりを得るための不思議な集いでもあるのかと、
ひそかに思いました。

一歩動くことが縁を引き寄せていることを目の当たりにしています。

お茶を飲みながらの情報交換は次への道筋を
それぞれに見せてくれているんだな、と思うのです。

皆さんが何気なく話す言葉に、大きなヒントを得るのは私だけではないでしょう。


何故?

この思いこそ、真理への道を開く扉になるもののようです。



忘れ去られた「九州の古代史」を明らかにする。
これが「日本の古代史」を明らかにすることになるという思いも強くしました。




さて、今日は、打ち合わせをしました。
まだ公開できないのですが、楽しい企画です。

ガイドブックを書いたことで新しい御縁をいただきつつあります。

そして、バスツアーをしようという話も複数浮上しています。

ガイドブックの地に自分の足で立って、歴史を体感したいという流れが
生まれて来ているのだと思います。

ちまたでは、「ポケモンGO」が始まりましたが、
大人のゲームは「ジングウGO」とでも言いましょうか。

神社をカメラに収める大人女子、大人男子の姿が
来年は福岡の各地で見られるかもしれません。






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by lunabura | 2016-07-22 23:11 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(4)

歴史カフェ721「磐井の乱の後」追加日程募集の案内


歴史カフェ721

「磐井の乱の後」

追加日程募集の案内



「歴史カフェ626」と同じ内容を、7月21日(木)に話します。

申し込みの方は「歴史カフェ721」と書いて、住所・氏名をご記入くださいませ。





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「筑紫君磐井」は『日本書紀』には「国造」と書かれているが、
『古事記』には「竺紫君」と書かれている。

『日本書紀』では磐井の乱は継体天皇との戦いのように書かれているが
『古事記』では継体天皇は戦いの前に死んでいる。

このように多くの矛盾を抱えている記紀では、実態を描くには限度がある。



筑紫の各地の伝承はどうだろうか。
それらを総合してみると、次のような世界が描き出された。

磐井君は久留米市の高良山と明星山に居城を構えていた。

磐井君の死後、その末裔たちは筑前と豊前で同時多発的に一斉蜂起したが、
またもや敗北。


磐井君の夫人は幼子を連れて現・福津市へ逃れた。
葛子の夫人は福津市で何者かに暗殺された。


しかし、葛子の子である鞍橋君は百済と共闘して新羅と戦った。
そして、同様に葛子の子である勝村・勝頼は宮地嶽を守った。



福津市では磐井の菩提寺が作られ、宮地嶽には巨大な古墳が作られた。

勝村・勝頼が眠る宮地嶽古墳から出土した鉛ガラスは何を語るか。

古墳内で舞われた筑紫舞にはもう一人の証言者がいた。


そして、昨年。
ついに舞われた秘舞は宮地嶽神社が安曇族であったこと示した。

これら、各地の神社縁起や寺の縁起を通して
磐井の乱の後の子供や孫たちが「磐井の乱の後」にどうなったかを描く。



これは久留米大学の公開講座で話した内容ですが、
今回はパワーポイントを使わずに資料を使ってお話しします。

出版予定の「宮地嶽神社と磐井の末裔たち」(仮題)
の内容の一部を先行して話すものです。


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拙著『神功皇后伝承を歩く』下巻 69番宮地嶽神社




日時 7月21日(木)2時~4時

会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)
募集人員 18名(要予約)
会場  オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
092-944-5755

申し込み方法 
「歴史カフェ721希望」と書いて、郵便番号 住所 氏名 をご記入の上、メールでコチラに送ってください。

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by lunabura | 2016-07-20 22:13 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(3)

『儺の国の星』は渡来人と倭人の記録




『儺の国の星』は渡来人と倭人の記録




不思議なタイミングで届けられた二冊の本。
『儺の国の星』と『儺の国の星拾遺』。

この本を読むと、難解ながらも、
星のきらめきと
それに手を合わせる古代の民たちの営みが伺えて
うっとりとしてしまいます。

その一部を分類して自分で検索できるように作ったノートも
ファイル化して五冊になりました。
30センチ近い厚みです。

これでようやく調べ直すことが容易になりました。
不完全ながら辞書代わりに使っています。


星や植物や神々。

この本は渡来人たちの歴史書でもあります。
彼らに接した倭人たちは、新たに言葉を作ってもいます。


私のフィールドワークが重なるにつれて、
理解できる部分が増えて来ました。

筑紫を歩かないと理解できない本だったのです。



今、「八咫烏」のレジメづくりに取り掛かっていていますが、
加茂氏に関する記述は意外に多いです。

数日間、この難解な文章をどうやってレジメ化するか悩んでいたのですが、
単語帳のように、簡潔な辞書形式にすることを思いつきました。
これで、レジメの記述がはかどるようになりました。




日本の古代。
倭人と渡来人の研究に光を灯す二冊の本。


これは世から消えるのだろうか。
あるいは世に出るのだろうか。

いつもそう考えてしまいます。



まるで絶滅危惧種のような貴書なのです。





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by lunabura | 2016-07-01 20:57 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

歴史カフェ 磐井の末裔でした



今日は、梅雨の晴れ間、ぐんぐん気温が上がりましたが、
歴史カフェ、皆さま集まって下さってありがとうございました。

磐井の乱の実態がどんなものか、
実際に記紀を読み、問題点を洗い出したりしながら、
記紀には書かれていない、磐井の乱の後の約百年間、
筑紫や豊の情勢を俯瞰しました。

磐井の末裔たち、十人の様子を見ていったので、
猛スピードでしたが、
これから出会う歴史上の人物や遺跡などを考える時の
「一つの指標」になればと思います。


皆さんからも不思議な話や、風習など聞かせていただいて、
口コミならではの楽しい時間を持ちました。




次回のテーマは「八咫烏」ですが、
日程をまだ決めていません。

テーマが大きく、さらに古層に分け入っていくので、
準備の目途が立ってから、お知らせします。

少々お待ちくださいませ。






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by lunabura | 2016-06-26 23:09 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(8)

磐井君の末裔たちのレジメ完成



磐井君の末裔たちのレジメ完成




次回の歴史カフェのレジメが仕上がりました。


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神社の縁起を調べていくうちに、磐井君の末裔について、
子供は四人、孫は六人、合わせて十人の存在が分かりました。

今回はこの十人について、磐井君に近い順から、
系図や伝承、また墓や神社など、分かった事をお話ししていきます。

パワーポイントではなく、史料を読んでいくので、
かなりの理解が進むのではないかと思っています。

この史料を読み込めば、
磐井君が新羅寄りではなく、百済寄りだったこと。

宮地嶽神社の境内にある宮地嶽古墳の被葬者は
宮地嶽神社の祭神であること、
など、おのずと明らかになります。

徳善説の誤解
宗像族の人物が安曇族の聖地に葬られることはあり得ません。

胸肩徳善説を唱える方は、時代が100年以上違う点について、
説明すべきでしょう。

なにせ、徳善は天武天皇の時代に活躍した人物ですから、
生まれる前に墓を作ったということを立証するのは出来ないことです。



新羅寄り説の誤解

また、磐井君新羅寄り説の方は、
磐井の孫の鞍橋君が百済王子と共に戦っていることを知らないのでしょう。

宮地嶽古墳から出土した「鉛系ガラス板」は磐井と百済の深い関係を物語っています。





逆賊という汚名を、しかも濡れ衣を着せられながらも、
自分たちの矜持を守り続けた磐井君の末裔たち。

今回は、久留米と糟屋、福津を結んで「磐井の乱の後の世界」を描いていきます。




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by lunabura | 2016-06-20 20:50 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(4)

歴史カフェ お礼




「歴史カフェ お礼」


今日も、沢山の方が集まってくださいました。
ありがとうございます。

「七支刀」という大きな課題を、各方面からアプローチしてみました。

その結果、七支刀がどのように使われたのか、ある程度の結論が出、
物部氏の分布状況など、新しい世界も見えて来ました。


ぱらさんが持参してくれたヒカゲノカズラはメダカのお宿に嫁入りしましたよ。
沢山の卵が産み付けられるのを想像すると楽しくなります♪



次は八咫烏、一目など、さらに古層にチャレンジするのですが、
その前に、「磐井の乱の後」を626でやります。
新たに参加ご希望の方は721にお申込みください。



さて、
今夏から秋、来春にかけての新しいイベントがいくつか形をなしてきています。
皆さんにご報告する日が楽しみです。


明後日は「香椎宮」の話なので、今から頭を切り替えます^^






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by lunabura | 2016-06-10 20:56 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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