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カテゴリ:バスハイク( 69 )

宇土半島に行ってきましたよ



今日はバスハイクで宇土半島に行ってきました。

卑弥呼より百年ほど後の向野田古墳は出土品を見てから現地へ。
文化財課の方の案内なしには行けない山でした。
書きたい事いっぱいある。

また、阿蘇ピンク石の石棺の採掘現場は古墳時代の現場も教えてもらいました。

阿蘇ピンク石の名称も本来の「馬門石」(まかどいし)に変えているそうです。

宇土マリーナでは復元した石棺や船を見学して、船に乗せてもらいましたよ!
後日ゆっくりと記録したいと思います。



今日は時間的に大変で、行きは高速道路の事故渋滞で2時間以上遅れました。
お昼ごはんは宇城道の駅で弁当を購入してバスの中で食べて時間稼ぎ。

それでも待ち合わせの時間に一時間以上遅れてしまったのです(;´・ω・)
連絡はしましたが。

帰りは御輿来海岸やたふれ島は車中からの遠望に切り替えて、予定の時間に宇土を出たのですが…

今度は帰りの高速道路が御船や益城付近の大雨で通行止めに。
迂回してまたまた二時間のロスタイム。

一般道路でも豪雨で視界が悪く、道路の水しぶきが激しく上がり、雷まで。
あっという間に川は増水、公園は浸水などを見ながら、益城でようやく高速道路に乗りました。

いつもより遅い時間に天神に戻りましたが、皆さんの安定の平常心で無事、気持ちよくお別れとなりました。

今日の旅は臨機応変もテーマだったなあ。
災害に対応するということも学んだ一日でした。

で、こんな最中、ワダツミがホツマツタエに載っている話を電話でいただいて、目を白黒させたりして…。続いている…。

20180920







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by lunabura | 2018-09-20 22:18 | バスハイク | Comments(0)

阿蘇ピンク石の石棺を訪ねるバスハイク 継体天皇の石棺は熊本製なのか?




阿蘇ピンク石の石棺を訪ねるバスハイク 

継体天皇の石棺は熊本製なのか?



2018年9月20日(木)のバスハイクの案内を忘れていました (^^)/

近畿地方の古墳から、阿蘇産のピンク石で造られた石棺がいくつも出土しています。

熊本の宇土(うと)にはその石の採掘現場が残り、実験考古学によって宇土から近畿まで、船での運搬が再現されました。

この宇土半島には卑弥呼より百年後の女性が埋葬された向野田古墳、伊勢物語や枕草子に出てくる「たはれ島」、景行天皇ゆかりの御輿来海岸などがあります。多彩な史跡を訪ねて宇土半島をまわりましょう。

天神8:30―宇土市立図書館―向野田古墳-馬門採石場跡―宇土マリーナおこしき館―御輿来海岸―たはれ島遠望(住吉神社)―天神

今回は宇土市文化財課の方が同行してくださることになり、現地で説明していただけるというスペシャルなものになります。

「歴史と自然をまもる会」のHPに載せたコースの順番を少し変更しましたよ。

向野田古墳は前方後円墳で、86メートルもある巨大なものですが、埋葬されていたのは40代前後の女性でした。

卑弥呼より100年後の人ですが、宇土には女王的なシャーマンが統治していたとも解釈できますね。その古墳と出土品を見学します。

それから阿蘇ピンク石の採掘現場に行きます。



阿蘇ピンク石の石棺が重要なのは、近畿から数多く出土しているからなのです。

特に継体天皇の墓ではないかと言われる今城塚(いましろづか)古墳にピンク石の石棺があったのは大変な事です。

三つの石棺の内の一つだそうです。

今城塚古墳がさらに重要なのは八女の岩戸山古墳とそっくりな点です。

岩戸山古墳は別区という広場が後円部に付いているのが特徴ですが、この今城塚古墳にもその別区が付いているうえに、設計図が同一なのです。

ただ大きさは今城塚古墳の方がずっと巨大です。

この古墳が継体天皇の墓というのは推測に過ぎません。
戦った者同士の墓が同じ設計だというのは多くの謎を提供します。

で、るな的な考察では、今城塚古墳を継体天皇の墓とする必然性はないのではないかという、また学者の方にクレームをいただきそうな説です。

磐井の乱は「磐井VS継体」と捉えられていますが、実際はちょっと違うのです。

「古事記」では継体天皇は磐井の乱の前に崩御しているのです。
すると、磐井は誰と戦った?
となりますね。

「日本書紀」では継体天皇は磐井の乱の四年後に崩御していることになっていますが、編者は「実際は分からないので百済の書物から類推したから、後の世の人が検討してね」と書いています。

きっと権力者から無理強いされた編者が良心を記したのではないかと思うのです。だって崩御した年が82歳。磐井と戦った年は78歳。ちょっと無理ですよね。

ちなみに「古事記」では崩御した年齢は43歳です。

古事記と日本書紀の差がこれほど大きいのはどちらかが嘘をついているからです。



史料の問題はこれくらいにしておいて、今城塚古墳に話を戻しますが、
もし継体天皇が磐井と戦ったとしても、どうして阿蘇産の九州デザインの石棺に眠りますか?
近くの二上山なんかに良い石材はあるのに。

また、どうして磐井と同じ設計の墓に入りたいと思いますか?

今城塚古墳=継体天皇の墓
では、こんな疑問に答えられません。


継体天皇は磐井と戦う前に死んだ可能性がある。
阿蘇ピンク石に眠りたかったのはホントに継体天皇なのか。

こんな事を考えながら、定説に疑問だらけな私はもう一度現地を見て参りたいと思います。



1 近畿の王たちはピンク石棺を熊本に発注して九州スタイルに彫ってもらって、近畿の王たちや熊本の王たちに下賜した。

2 九州の王たちが近畿に進出した時、故郷の象徴のピンク石棺を持ち込んだ。

皆さんはどう考えますか?


宇土から近畿へ船での輸送の実験が行われたので、その現場のようすを皆さんと歩いて経験してきます。

なお、このピンク石は阿蘇山の9万年前の火砕流で出来たものだそうです。

同じ火砕流が那珂川町では裂田溝(さくたのうなで)の横の轟の丘を形成しました。
奴国の丘では石棺の材料になったり、風化してサラサラの砂になっていましたね。
名島神社では帆柱石になっていました。

神功皇后の旅では上のように、火砕流のいろんな姿を見てきました。

宇土マリーナでは復元された石棺や船を見学して、景行天皇が眺めた御輿来海岸、清少納言が記述した「たはれ島」を眺めながら帰ります。


今日現在、座席が数名分残っているそうです。
一般からも参加できます。4000円です。食事は道の駅にて、各自自由に。

申し込みは「歴史と自然をまもる会」に電話でどうぞ。
                 092-408-7140






20180913





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by lunabura | 2018-09-13 21:43 | バスハイク | Comments(8)

宇土半島へのバスハイクの準備中




宇土半島へのバスハイクの準備中




この数日、バスハイクをいくつも平行して計画していますが、
来週は熊本の宇土半島行きです。


ブログで過去記事で紹介していますが、ピンク石の石棺を生み出した現地に行きます。

これらの石棺が関西からいくつも出ているので、まずは基本を学びたいと思います。






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画像はお借りしました。
また、向野田古墳という、女王が眠る石棺もピンク石の舟形石棺。
未盗掘だったので、期待が大きいです。




幸いに、宇土市の文化財課の説明を受けることも出来るということで、有意義な時間が過ごせそうです。





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画像はお借りしました。
宇土半島の北にある御輿来海岸は景行天皇も驚いたという稀有な眺め。

こちらには景行天皇の足跡がいくつも見られます。
その一つですね。







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清少納言ゆかりの「たはれ島」もまた会えます。
この画像は曇りだったんですね。今度はどんな海の色でしょうか。

玄界灘とは違う内海の色が楽しみです










20180911



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by lunabura | 2018-09-11 20:40 | バスハイク | Comments(0)

南阿蘇 水源めぐり9 高森湧水トンネル公園 



南阿蘇 水源めぐり9 

高森湧水トンネル公園 




南阿蘇も東の果て、高森に湧水トンネル公園がありました。






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35度越えの酷暑でも、中は20度以下で、涼しいのです。









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トンネルの中には七夕飾りが延々と続き、美しいこと。
近郊の人たちの作品です。










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こんな水のカーテンを通り、








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ウォーターパールに首を傾げ…。
いや、この水玉が上に上っていくように見えるんです。








素敵なシンセサイザーのミサ曲のようなのがずっと響いて感動がマックスになった頃に終点に。




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その岩肌の神秘的な姿にウルウルっときました。

この岩盤から大量の水が出ているのです。

ここにも水神が祀ってあり、だれもが手を合わせていました。




これは昭和48年の鉄道トンネル工事で毎分36トンの大量出水にぶつかった時、町の湧水8か所が枯れて水道も遮断してしまう事態が起き、中止となったトンネルだそうです。
その一部が公開されていました。

白川水系の源流だそうで、前回の白川水源にも繋がっているのでしょうね。



冬はクリスマスツリーがずらりと並ぶそうです。

とても感動したまま、帰路につきました^^




高良山と明星山に虹がかかって、ずっと大宰府まで一緒でした。


阿蘇郡高森町高森1034-2
0967-62-3331


20180907


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by lunabura | 2018-09-07 20:36 | バスハイク | Comments(0)

南阿蘇 水源めぐり8 白川水源 



南阿蘇 水源めぐり8 

白川水源 



白川水源は二度目の訪問です。

白い砂の間から沸き起こる水に踊る砂が記憶に残っています。再訪を楽しみにしていました。








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今回訪れると、鳥居があるのに気づき、違う所に来たのかと戸惑いました。

白川吉見神社と書いてあります。
全く記憶にありません。自分の観点が変化していたのを知りました。







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水源は記憶通り、右手にありました。

でも、その水量の多さに圧倒され、またまた、ここだったっけと考えてしまいました。








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これほどの水源の側に大きな神社があるのは当然といえば当然ですが、やはり並々ならぬものを感じます。

元禄年間に肥後藩主の細川綱利公が山狩の途中で訪れ、その貴重さに社殿の造営を命じたそうです。
古代からずっと尊ばれた泉が公で祀られ始めた事情も伝わっているなんて、素敵ですね。

祭神は国龍大明神、罔象女命です。







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ここかな、ここだったけな。
とずっと確信が持てなかったのですが、この画像を見て、やっぱりここだったと、一安心しました。

お水の味は一番クリアでシャープな感じでした。



今日は台風21号が四国に上陸して大変な災害となっています。
皆様、大丈夫でしたか?

大阪駅のアトリウム広場に来てくださってニコニコとしていらっしゃった方、お話ししなかったけど、無事ですか。
一緒にお茶をした方、きっと大丈夫ですよね。



この阿蘇の水源巡りは自分にとって祈りの旅でした。
恵みをもたらしてくれる水に感謝したかったのです。

こうして一か所ずつ振り返ってみると、水の姿はどれ一つ同じ形態はありませんでした。
味ももちろん個性がありました。

水の恵みを永遠にいただけるようにと願うのですが、今日の台風の姿も水の一側面でした。

そして、古代の人々も阿蘇にやってきて、災害と共に暮らして来たんだと、思う一日です。


20180904




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by lunabura | 2018-09-04 21:25 | バスハイク | Comments(1)

神功皇后の足跡を訪ねるバスハイクデザインもラストに



神功皇后の足跡を訪ねるバスハイク

デザインもラストに


今日、「歴史と自然をまもる会」から連絡があったので、11月と12月のバスハイクのデザインを始めました。

いよいよ神功皇后の足跡巡りもラストの2本です。
100社を18回で回ることになります。

これまで空さんや苔コマさんが達成している100社巡りですが、
バスハイクで一気に十人ぐらいは達成するかもです。


ラスト2本は『神功皇后伝承を歩く』下巻の91番から100番まで、すべて北九州市内になります。
(唯一、98番の住吉神社だけ先に参拝しています。)

で、9社を一日で回るのはハードなので、二回に分けることにしました。
八幡コースと小倉、門司コースです。

北九州の皇后関連神社や史跡はとても多く、本に載せていない神社もあります。

仲哀天皇が豊浦宮(下関)に8年もいたので、そこを拠点に各地に造船や武器の準備などで訪れた所が語り継がれているんですね。

もし、拙著に掲載していない神社で、ここもありますよ、という情報があったら教えてくださいね。

また、歴史史跡に限らず、北九州の「良かとこ」、行ってみんね、という推薦があったらお願いします。

バスハイクは9月は宇土半島、10月は筑豊です。
コース日程はリンクしている「歴史と自然をまもる会」からどうぞ。



20180903






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by lunabura | 2018-09-03 20:56 | バスハイク | Comments(0)

南阿蘇 水源めぐり7 明神池名水公園 



南阿蘇 水源めぐり7 

明神池名水公園



 


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絵画のように美しい池です。










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鯉がまるで空中を泳いでいるような透明度。




かつては広大な池でしたが、昭和28年の大水害で土砂が流れ込んで湿原化してしまったのを平成2年に改修して現在のようになったそうです。









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こちらが湧水ポイント。

もちろんおいしい水。









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横の丘には群塚社(むれづかしゃ)がありました。

祭神は水波能女命、国常立尊、国狭土尊

クニトコタチミコト、クニノサヅチのミコトは
神代七代の二柱です。


阿蘇の古代の信仰の一端が伺えます。



阿蘇郡南阿蘇村吉田1418







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by lunabura | 2018-09-02 19:56 | バスハイク | Comments(0)

南阿蘇 水源めぐり6 小池水源  sanpo



南阿蘇 水源めぐり6 

小池水源 






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迷い込んでやって来た泉。

小池水源は名の通り、小さな池になっていますが、水生植物の美しさが印象的でした。

写真にどう写っているのか楽しみだったのです。




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すべて水の中。






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水の中で漂う。






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ゆらゆらと。




2018年8月23日
熊本県阿蘇郡南阿蘇村


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by lunabura | 2018-09-01 20:24 | バスハイク | Comments(0)

南阿蘇 水源めぐり5 池の川水源 



南阿蘇 水源めぐり5 

池の川水源 




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「一心行の桜」の南に鎮座する岩下神社の境内の湧水です。
阿蘇七十五社の一つで古くは三年妙見と呼んだそうですが、祭神は分かりませんでした。

水神様と思うのですが、妙見なら北極星信仰があったのかもしれません。








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池のしつらいも弁財天池のような趣です。

ここでカラのペットボトルを持参していたのを思い出して、水をいただきました。
冷たい、おいしい水です。






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ピカピカしているのが写真でも分かりますね。








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2018年8月23日
熊本県阿蘇郡南阿蘇村中松4179


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by lunabura | 2018-08-31 20:29 | バスハイク | Comments(0)

南阿蘇 水源めぐり4 湧沢津水源 



南阿蘇 水源めぐり4 

湧沢津水源 





湧沢津水源は「一心行の桜」の南西側にあります。

田園の中に泉がありましたよ。





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足元が整備されていて、水汲みにもってこいです。

水量がとても多いのが分かりますか。

水の柔らかさは近辺で一番だそうです。
ここは南阿蘇村中松という所です。
車でもすぐ近くまで来れます。







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こちらは手すりを持って水路に入れるようになってますが、水深数センチなので、子供を遊ばせるのに良さそうですね。
大人はベンチでおしゃべりしながら^^って感じ。
水が透明でしょ。





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素敵な地図がありました。現在地は星マーク。

第一回の塩井社が左上の方に見えてます。



2018年8月23日
熊本県阿蘇郡南阿蘇村中松



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by lunabura | 2018-08-30 22:46 | バスハイク | Comments(0)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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