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ひもろぎ逍遥

カテゴリ:「ワダツミ」( 46 )

海ばかり見ている

  

お籠りの暮らしも一月以上になった。

今、星の世界からは、人々に「何がしたいのか」という課題が出されている。


結果、私は撮りためた海の画像ばかり選んで、見ている。


神功皇后を通して海の神々を知り、いろんな海を見ることが出来たんだと思うこの頃だ。









海ばかり見ている_c0222861_2234919.jpg









海ばかり見ている_c0222861_2241814.jpg

いずれも志賀島の勝馬(かつま)。同じ場所だが、違う日に撮ったもの。

神功皇后が馬から降りて歩いたことから、下馬が浜ともいう。




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by lunabura | 2020-04-04 22:04 | 「ワダツミ」 | Comments(0)

奈多の浜 

 

ブログを始めた頃、出会ったばかりの女性が私に「是非連れて行きたい所がある」と言った。
待ち合わせて案内されたのがこの海だった。










奈多の浜 _c0222861_19484869.jpg

志賀島へと続く海の中道の根元にある「奈多の浜」だ。

 そこに立って、はっとした。
ここはかつて来た海だった。
ずっと昔、志賀島の友人が連れて来てくれた海だったのだ。

 思えば、これも何かの縁だったのだろう。

 この海から失われた歴史を辿る旅が始まった。

 ある日、独りでこの海に来た時、この後ろにある志式神社の氏子さんから「ここに伝わる神楽があるので、是非見に来てください」と言われた。

 そこで、私は初めて神楽というものを見た。
その中の「磯良舞」は、この海の底に綿津見神がいて、干珠満珠を授ける神楽だった。
磯良神が綿津見神に会いに行くが、結局、干珠満珠は豊姫に授けられ、夫の武内宿禰に渡された。

 この舞を見てから、一週間後、偶然にも久留米市の高良大社でも同じ話を伺った。

 そして数年間、数百の神社を周り、安曇磯良とその海神が玉垂命として祀られていることを突き止めた。

 分かりやすい証拠を挙げておこう。

 高良玉垂命に奉納する品に覆面の布がある。覆面をする神は安曇磯良だ。
 高良の神は子(ね)の日に三本の松を植える。志賀海神社の神幸祭の舞で磯良は子(ね)の日の松を舞う。

 「玉垂」とは干珠満珠を垂れる(与える)こと。
 その干珠満珠は海神の娘、豊玉姫と玉依姫に例えられた。

 そして、山幸彦と結ばれた豊玉姫はこの宮に荒ぶる神として祀られていた。 



 この海は福岡市東区 志式神社の海

<20200403>



 奈多の浜 _c0222861_15184581.gif

by lunabura | 2020-04-03 19:50 | 「ワダツミ」 | Comments(0)

竜宮門

 


竜宮門_c0222861_20451612.jpg


このブログが始まった場所。
志賀島の二見岩。

雲に覆われた日、一箇所だけ雲が開いて、スポットライトのように光が海を丸く照らした。

まるで、竜宮城の入り口を示すように。

そこで、勝手にここを竜宮門と名付けた。

そして、日を改めて掃除道具を持って手前の道を掃除していたら、海から女性が上がって来た。

黒いビキニで、顔は興福寺の阿修羅像そっくりだった。

美しくて、私はまじまじとその顔を見つめた。

彼女は両手にゴミ袋を抱えていた。

シュノーケルを付けて海の中のゴミを拾い集めたのだ。

同じ日、同じ時間にここを彼女と私が偶然に掃除をした。


あれから、8年程たって、この海の不思議な物語を書き綴っていた。

ワダツミの神と姫神たちの物語。


振り返れば、まさにゲートが開いた日だったのか。




<20200401>




 竜宮門_c0222861_15184581.gif

by lunabura | 2020-04-01 20:47 | 「ワダツミ」 | Comments(0)

大島 ヨハン神父が隠れ住んだ三浦洞窟へ



大島 ヨハン神父が隠れ住んだ三浦洞窟へ_c0222861_20145649.jpg

海から上がった所、この岩場の奥に洞窟がある。









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横はこんな感じ。荒波が打ち寄せていて、とても舟は付けられない。









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屹立した二つの岩の隙間から入ると三浦洞窟があり、1643年(寛永20年)、ここに日本語を話すヨハン神父が長崎からキリシタン弾圧を逃れて隠れ住んだと伝えられている。












大島 ヨハン神父が隠れ住んだ三浦洞窟へ_c0222861_2016371.jpg

現在、現地に行くには船ではなく、灯台のある岬から遊歩道を歩いて降りて行く。


洞窟まで0.2キロと書いてある。わずか200メートルの距離だが、絶対に怪しい。

何が怪しいかって、もし、洞窟が海岸の所にあるとしたら、標高差がかなりあるからだ。
ほとんど登山に近いだろう。

そう言いながら降りて行った。







大島 ヨハン神父が隠れ住んだ三浦洞窟へ_c0222861_20163721.jpg

結果的にはその想像は当たっていた。







大島 ヨハン神父が隠れ住んだ三浦洞窟へ_c0222861_2017254.jpg

しかし、絶景が次々に目の前に展開していく。









大島 ヨハン神父が隠れ住んだ三浦洞窟へ_c0222861_2017224.jpg

港のある南側の穏やかな海と違い、こちらは火山活動がそのまま残っているようなワイルドな大島だ。


ほとんど海の所まで下り、帰りにはそれを登って灯台まで戻るのだが、意外にもきつくはなかった。

いや、ほんと、200mだし。


二度目の大島、または二日目の大島にお勧めのワイルドなウォーキングだ。



これで海のエネルギーをかなり充填した。

まだ海成分欠乏の症状は出ていない(*’▽’)



20190511








大島 ヨハン神父が隠れ住んだ三浦洞窟へ_c0222861_15184581.gif

by lunabura | 2019-05-11 20:18 | 「ワダツミ」 | Comments(2)

大島伝聞 坂本龍馬が寄港して、なんと…



大島の港からブラブラと旅館に向かう途中、地元の男性に呼び止められた。
大島の歴史を伝えている方だった。

安部宗任が大島に流されて、安倍総理に至るまでの話を聞かせてもらった。

そして、一枚のコピーを渡された。
それは2008年の高知新聞の「龍馬伝異聞珍聞」というコラムだった。

かいつまんで書くと、

龍馬や海援隊が乗った長さ二十五間(45m)、181トンの震天丸は小銃千挺を乗せて長崎を出て下関に向かう途中だった。

機関の調子が悪く、大島に帰港した。

酒屋で鶏料理を注文したが断られ、自分たちで二~三羽手に入れたものの、誰も調理しないので、藤八拳をやって負けた陸奥源二郎がひゃあひゃあ言いながら始末して料理したという。




藤八拳とは、じゃんけんのようなもので、狐が鉄砲に、鉄砲は庄屋に、庄屋は狐に負けると決め、向かい合ったふたりがいずれかの身振りをして拳をして勝ち負けを決めるものだそうだ。

大島では鶏は産卵のために飼っていて、調理する食文化は無かったそうだ。
各家庭の卵を集めて数十個になると、船に乗って宗像で売っては現金収入としたという。

これでは鶏料理は出されなかったはずだ。


夫にその話をすると、龍馬は最期の日も鶏鍋を食べていたという。

龍馬にとっては鶏料理はソウルフードだったのだろう。


大島にはこの話は伝わっておらず、高知の研究会から新聞記事が送られて、知られることになったそうだ。





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20190509



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by lunabura | 2019-05-09 20:11 | 「ワダツミ」 | Comments(2)

人麻呂は「なのりそ」と言い、志賀島では「ガラモ」と呼ぶ



宗像市大島の港から右手にブラブラとそぞろ歩きしていくと、浜辺に出る。






人麻呂は「なのりそ」と言い、志賀島では「ガラモ」と呼ぶ_c0222861_22223164.jpg

「夢の小夜島」の手前に、海ノ中道が出現していた。

潮が両方から満ちつつある。もう間もなくすると、中道は海に沈む。
恋の成就を願うスポットになっているらしい。



足元に見慣れた海藻が落ちていた。
そう、海人族の神社で見かける奉納された海藻だ。
人麻呂は「なのりそ」と言い、志賀島では「ガラモ」と呼ぶ_c0222861_21455972.jpg

(糸島 綿積神社の奉納台)

海中でミソギをした証として持って来て奉納するので、境内にはそれを置くための台もある。

この海藻はホンダワラのことで、ホオズキのような袋の玉がついている。

横の海を見ると、そのホンダワラが波に揺れていた。


海中で生きている姿を初めて見た。

確かに、海の中に入らねば、それを採ることはできない。

採ることがミソギの証しなのだ。

これを人麻呂は「なのりそ」と言い、志賀島では「ガラモ」と呼んだ。







人麻呂は「なのりそ」と言い、志賀島では「ガラモ」と呼ぶ_c0222861_22234466.jpg

そして、竜宮社の岩の周辺は「ガラモ」の森だった。
袋の玉で浮力を持たせ、波に立ちあがっているのだ。

何故この海藻でなくてはならないのか。

ふと気づいた。

袋の玉こそ、干珠満珠の象徴だったのだろう。

香椎宮の綾杉は神功皇后が植えたということで知られているが、そもそも綾杉には干珠満珠が付けられて志賀島から奉納されたものだという。

今、大島の竜宮社に来て、すべてが繋がった。



このホンダワラは、調べると、ヒジキやアカモクのことだった。
なんだ、いつも食べているものじゃないか。


大島のターミナルの二階の「ミルキーウェイ」で買ったヒジキはプリっと歯ごたえがあっておいしかった。
ターミナルの手前の購買部「小夜島」ではアカモクが入ったてんぷらがおやつ。
そこで買った大島のワカメは絶品だった。

結局、ミソギではなく、喰いに走る私であった(*'▽')





万葉集
柿本朝臣人麻呂之歌集出 1279

梓弓 引津の辺なる 莫謂花(なのりそのはな) 
摘むまでに 逢はざらめやも 勿謂花(なのりそのはな)

(引津の浜辺の「なのりそ」の花
摘むまでは 逢えないが 摘む時が過ぎたら 逢えるので 人に言わないでください)るな訳

20190507


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by lunabura | 2019-05-07 22:27 | 「ワダツミ」 | Comments(0)

ミサゴの巣 増築して要塞化?




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大島の龍の宮から見える岩は、まるで猿岩。








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そして、頭にある帽子は枝で出来ている。

ミサゴの巣だそうだが、昨年より明らかに大きくなっていて話題になった。

下の方には洗濯機のホースのような物が落ちている。
人間の所から拝借してきたようだが、廃棄したようすだ。







ミサゴの巣 増築して要塞化?_c0222861_2064114.jpg

で、昨年の画像を見ると小さく、やはり一年かけて要塞のように増築していた。





で、ミサゴとは?
名前は知っているが、見たことないのでウィキペディアのお世話になった。






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魚を捕食するということで、なるほど。島ならではの景観だ。

空を見ると鷹が飛んできたり、トンビの群れがいたり、豊かな自然が残っていた。




20190506



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by lunabura | 2019-05-06 20:08 | 「ワダツミ」 | Comments(2)

ワダツミ39 再びの竜宮祭 大島へ



ワダツミ39 

再びの竜宮祭 大島へ



昨日から大島に宿泊して竜宮祭に参加した。これで二度目となる。

今年の5月2日と3日は天候に恵まれ、風も無く、竜宮祭は本来の形、すなわち竜宮社の岩山に出掛けての祭となった。








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この竜宮社には船でしか行けず、旅館「藤島」の漁船に便乗する形となった。









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海は緑色をしているが、海の底まで見えるほど透明だ。









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船は空中に浮かんでいるように見える。








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昨年は七つの珠を七つのワダツミの宮に奉納し、代わりに宝具をいただいてここに届けるという先の見えないミッションを抱えての参加だったことを思うと、今年は何も起こらず穏やかに迎えた祭の日だった。

この一年間の平穏は格別だった。



狭い岩の上での直会は神と共に食するという本来の姿で行われ、そこに居ることそのものの喜びに浸った。








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今日、大いなる自然の中、海に囲まれた聖地での神事はきっと風と波を通して弥栄の光を広げていくことだろう。

ワダツミの神。

それは日本人の原点を構成する神の一柱だ。



こんな島が宗像からフェリーでわずか20分の所に存在する。

湊の名前は神湊(こうのみなと)という。




20190503




5月2日に歴史カフェに申し込みをされた方。返信しましたが、戻って来ました。受け付けております。当日お待ちしています。






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by lunabura | 2019-05-03 22:44 | 「ワダツミ」 | Comments(0)

ワダツミ38 芥屋の大門はワダツミの神の祠



 ワダツミ38  

芥屋の大門はワダツミの神の祠だった

 
  
 
桜谷を後にして、糸島の北東部に行こう、という話になって、芥屋の大門(けやのおおと)に行った。
随分久し振りだ。








ワダツミ38 芥屋の大門はワダツミの神の祠_c0222861_19534657.jpg

海に向かっての鳥居がある。船で上がるためか、と思いきや神額はこちらについている。
ということは、海に向いた鳥居だ!

神額には「大門神窟」とある。
神のいわや!










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で、先を見ると、ん?  確かに海だが、窟は?

と思って左を見ると「芥屋の大門」があった!











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柱状節理が良く見えている。火山活動がダイナミックに起きた証しだ。

海はあくまでも青黒い。これが玄界灘の色。世界中に無い海の色だという。


沖には二艘の遊覧船があり、窟から出て来た船と入れ替わっている。

唐津の七ツ釜しか知らなかった。



神窟というからには、神が祀られているはず。
こんな地形ならワダツミの神しか思い当たらないのだが、ネットで調べると空さんが既に調べてくれていた。訳そう。

【糸島郡誌】
大門神社
大字芥屋にある。鳥居だけが海濱にあって祠は無い。祠は即ち大門神窟である。
祭神は綿積大神、大戸之道尊、大苫邊之尊を祀っている。
祭日2月23日及び7月23日なり。
【福岡県神社誌】
大門神社 大戸之道尊,大苫邊尊,綿積大神 
芥屋村大字芥屋字久保地

やはり綿積大神だった。他の二神は大戸を守る神だ。
思いがけない所で出会った。








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振り向くと、芥屋の大門の山上に向かう道があった。
わずか180mだという。山でこの距離は近いとは言えまい。
と思うが、人々がどんどん森の道に吸い込まれていくので、登ることにした。

お、すぐに戻ってくる年配夫婦。
ヤバいか。













ワダツミ38 芥屋の大門はワダツミの神の祠_c0222861_19562639.jpg

心地よい道だ。傾斜は結構あるが、写真を撮りながら行けばよい。











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展望台があった。正面にまだ小道が続いている。









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左右の眺めは抜群だが、pm2.5の為にモヤっている。

残念だ。
ここから来た道を戻った。


途中、里の駅で昼食。ランチはお勧め。
地元の方が手作りのものを出してくれている。
20190407の糸島だ。



20190411



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by lunabura | 2019-04-11 19:58 | 「ワダツミ」 | Comments(0)

ワダツミ37 繁栄の種



 ワダツミ37  

繁栄の種

 
  
 



久し振りに「ワダツミ」に戻ろう。

前回の記事は時代が違うかもしれず、確認できたら移動させる可能性がある。

どれもこれも中途半端だが、「知る」作業は一直線には行かない。
いつか完結することがあるのだろう。

あれから、私は自分がやりたいこと、すなわち執筆に専念していた。
それを終えて、ほっとすると春になっていた。


そうだ、糸島の若宮神社の桜に蒔いた「繁栄の種」はどうなっただろうか。
芽を出しただろうか。

そんなことを考えた。

タイミングよく、菊如から糸島に行こう、と連絡があった。
それが今朝のことだ。

こうして、三度目の糸島市志摩船越の桜谷、若宮神社に参拝した。

遠くから桜が見えた。
「咲いている!」歓声を挙げた。

目指す桜は奥の方だ。








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昨年はようやく数輪の花を付けていたが、今日は満開だった。
光が当たる枝先にだけだが、花をつけている。

今日来れてよかった。

それから、いつものように参拝した。










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菊如が祝詞を挙げた。太陽に向かい、祈るとあの光が現れた。













それから谷を出て海岸線に出ると桜が海に向かって咲き誇っていた。








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綿積神社だ。

ここでアジャーシタが崋山に懸かって、玉依の存在を語った。

そして、その後、七つの珠を奉納して廻ったとき、最終地点がここだった。









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白皇が海中の「鍵」を貰った岩は、今日は見えていない。









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あれから一年が経ったと、桜が教えてくれた。

20190407



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by lunabura | 2019-04-07 20:19 | 「ワダツミ」 | Comments(2)

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25