ひもろぎ逍遥

lunabura.exblog.jp ブログトップ

<   2018年 06月 ( 24 )   > この月の画像一覧

バスハイク2件仕込みました



バスハイク2件仕込みました



バスハイク、9月と10月の行程を組みました。
まだ、7月と8月も行っていないのですが、
機関誌に掲載するために締め切りが早くなっています。

神功皇后伝承地巡りもあと数回を残すだけになりました。
毎回10社ほど回るので、ハードだという意見もあり、(石段が多い時!)
どうやったら遊びながら行けるか思案しています。

8月は安心院(あじむ)です。
これは一昨年から浮かぶモミジの葉が青い季節というイメージに合わせて。
日が長いうちにというのもあります。

で、9月は熊本。
10月は飯塚田川方面としました。

各地にすごい古墳がありますねえ。
神社と組み合わせて行くのが楽しみです。

自分自身も、月一回の遠征がとても楽しいので、
しばらくは当方からも提案していきたいなと思っています。



2080630






歴史カフェ福津
7月8日(日)第19回 2時~4時
シリウス 真鍋大覚の世界 ー倭人の暮らしと渡来の記憶ー
六嶽神社 真鍋大覚のシリウス完全版
詳細はコチラ
申し込みはコチラへ
①氏名(フリガナ)②住所(市町村字)③708福津希望

歴史カフェ小城
7月14日(土)第4回 3時~5時
1部:綾部八幡神社 糸島で亡くなった来目皇子と綾部一族と旗占い
2部:神功皇后の伝承 久留米~
申し込みはコチラへ
もしくは小城鍋島家Tenへ電話で
①氏名(フリガナ)②住所(市町村字)③714小城希望
会場:小城鍋島家Ten

歴史と自然をまもる会
HPはコチラ
バスハイクの旧記事はコチラ
申し込みは 092-408-7140(火曜~金曜)
7月12日(木)9:00 皇后の出産 糟屋の里
詳細はコチラ
8月2日(木)8:30  安心院 
神武天皇と水沼族の足跡と謎の巨石群を訪ねて




c0222861_15184581.gif

[PR]
by lunabura | 2018-06-30 23:36 | バスハイク | Comments(0)

タイトルを考え直す




タイトルを考え直す



今日は小城鍋島家Tenでの歴史カフェのレジメを作成していました。

次回のテーマは三養基郡みやき町の「綾部八幡神社」ですが、
日本書紀と肥前国風土記に対応する記事があり、
歴史の証人としても貴重な神社です。

当初は偶然に参拝し、調べて行くうちにその歴史を知ったのですが、
今、推古天皇や聖徳太子の時代の歴史として見直していくと
佐賀の重要性がまたまたクローズアップされます。

今回は、なかなか決定的なタイトルが浮かばず、
アバウトに「日本書紀に出てくる」を付けました。

佐賀で「推古天皇」の名や「来目皇子」(くめのみこ)の名が出てきても、
「それが知りたかった!」
となるかな、という懸念があったからです。

来目皇子のことも、聖徳太子の弟という説明がないと
伝わるインパクトがない。


でも、タイトルって大切。
内容はもちろん、結論まで含めるようなものでないといけない、
と思い、見直しました。

そこで、身近な地名「糸島」を入れて

「綾部八幡神社 ―糸島で亡くなった来目皇子と綾部一族と旗占いー」

と改定してみました。

あらためて日本書紀を読むと、
ウィキペディアでは分からない戦いの姿が見えてきます。

推古天皇の時代に新羅が任那を攻めたために出兵したのですが、
新羅は倭国が来ると、「もう戦わない」と約束します。
が、舌の根も乾かぬ内に再び侵略をするのです。

そのほか、新羅のスパイが対馬に侵入したので逮捕したりと、
知らないことが次々に。

そんな中、推古天皇が来目皇子を征新羅大将軍として派遣するも、
嶋郡で病死してしまいます。
これはブログで何度か紹介しましたね。

怡土郡と嶋郡が一緒になって「糸島」となります。

新羅との戦いは数百年にわたる歴史があり、
仲哀天皇、来目皇子、斉明天皇、と、戦いが起きるたびに、
開戦する直前に統率者が亡くなるという悲劇が繰り返し起きているんですね。
その舞台はすべて福岡。


祭神が分かるようになると、氏族が分かります。

来目皇子を祀る糸島の久米神社にはワダツミ三神、
斉明天皇が朝倉で最初に祈願したのは
朝倉の宮地嶽神社の神功皇后と勝村、勝頼神。

こうなると、安曇族の海兵が主戦力だったがよく分かりますね。

タイトルはまだまだ進化中。
当日(7月14日)の直前まで、考えたいと思います。


20180628





歴史カフェ福津
7月8日(日)第19回 2時~4時
シリウス 真鍋大覚の世界 ー倭人の暮らしと渡来の記憶ー
六嶽神社 真鍋大覚のシリウス完全版
詳細はコチラ
申し込みはコチラへ
①氏名(フリガナ)②住所(市町村字)③708福津希望

歴史カフェ小城
7月14日(土)第4回 3時~5時
1部:綾部八幡神社 糸島で亡くなった来目皇子と綾部一族と旗占い
2部:神功皇后の伝承 久留米~
申し込みはコチラへ
もしくは小城鍋島家Tenへ電話で
①氏名(フリガナ)②住所(市町村字)③714小城希望
会場:小城鍋島家Ten

歴史と自然をまもる会
HPはコチラ
バスハイクの旧記事はコチラ
申し込みは 092-408-7140(火曜~金曜)
7月12日(木)9:00 皇后の出産 糟屋の里
詳細はコチラ
8月2日(木)8:30  安心院 
神武天皇と水沼族の足跡と謎の巨石群を訪ねて







[PR]
by lunabura | 2018-06-28 22:35 | 歴史カフェ | Comments(5)

15回バスハイクは神功皇后の出産関連地めぐり




15回バスハイクは

神功皇后の出産関連地めぐり



今年は宇美八幡宮の神功皇后の神像が25年ぶりに開帳されるという年回りで、
開帳は5の付く日と土、日だそうです。

7月のバスハイクは木曜日なので、開帳は見られませんが…。

バスハイクもいよいよ神功皇后の出産とその前後の神社巡りになります。

出産の地は少なくとも4か所は収集しましたが、
この糟屋(かすや)郡には皇后が真冬の寒さの中、輿にゆられ、わびしい思いで見知らぬ土地へ向かう姿が数か所に伝えられています。
なかには御手洗の場所まで。

今回はその胞衣(えな・胎盤)を埋納したという筥崎宮からスタートです。

行列が手間取ったのでしょうか、皇后が日を見守ったという日守八幡宮、
「わびし」とつぶやいた旅石八幡宮、
木にとりすがって出産したと伝える宇美八幡宮など。
そこには助産の女官の神社などもあります。

駕与丁町の地名は駕籠かきの人たちの居留地から来ています。
そこにあるバラ園、花の盛りは終わっているでしょうが、
ガーデニングのようすなど見てみましょう。
町民に愛される池のほとりの散歩です。

産前産後の滞在地は隣町の久山町にある斎宮(いつきのみや)です。
聖母(しょうも)宮とも呼ばれました。

皇后と天皇が山に登って国見をし、天照大神を祀った天照皇大神宮、
武内宿禰が斎宮を守って張った陣営地・黒男神社が近くにあります。







c0222861_201095.jpg

(画像は篠栗町のHPより)
また、インスタ映えで有名になった九大の森や
国指定の七夕池古墳などを見学しましょう。

糟屋官衙遺跡群 阿恵遺跡は日守八幡宮のそばですよ。



どうぞ、雨が降りませんように(^^)/



自分で回る方も参考にしてくださいね。

天神9:00
(東区)筥崎宮(下83)
(粕屋)日守八幡宮(下79)・糟屋官衙遺跡群 阿恵遺跡―駕與八幡宮(下80)
(久山)斎宮・審神者神社(上37)―天照皇大神宮(上38)―黒男神社
(篠栗)九大の森
(須恵)旅石八幡宮(下81)
(宇美)七夕池古墳・光正寺古墳―宇美八幡宮(下82)・宇美町歴史資料館
天神

(上下)は拙著『神功皇后伝承を歩く』の上下巻のことです。

席が空いていたら一般の方も参加できますよ。
申し込みは 092-408-7140(火曜~金曜)まで。






歴史カフェ福津
7月8日(日)第19回 2時~4時
シリウス 真鍋大覚の世界 ー倭人の暮らしと渡来の記憶ー
六嶽神社 真鍋大覚のシリウス完全版
詳細はコチラ
申し込みはコチラへ
①氏名(フリガナ)②住所(市町村字)③708福津希望

歴史カフェ小城
7月14日(土)第4回 3時~5時
1部:綾部八幡神社 聖徳太子の弟と共にやって来た綾部一族と旗占い
2部:神功皇后の伝承 久留米~
申し込みはコチラへ
もしくは小城鍋島家Tenへ電話で
①氏名(フリガナ)②住所(市町村字)③714小城希望
会場:小城鍋島家Ten

歴史と自然をまもる会
HPはコチラ
バスハイクの旧記事はコチラ
申し込みは 092-408-7140(火曜~金曜)
7月12日(木)9:00 皇后の出産 糟屋の里
詳細はコチラ
8月2日(木)8:30  安心院 
神武天皇と水沼族の足跡と謎の巨石群を訪ねて



c0222861_15184581.gif

[PR]
by lunabura | 2018-06-26 20:03 | バスハイク | Comments(0)

ウーナ58 七つの珠20 サワラビメのミコト3



ウーナ58

七つの珠20 

サワラビメのミコト3
 

「熱田物部ですか」
「ああ。サンジは日本の者ではない。海を渡って入って来たからな」

「サンジカネモチを使って邪魔をするのですか」
「我らが知ったのは、この国を攻めるに台風が邪魔をしたことがあるとな。
我らを邪魔をした者がいる。
海より上がって来た者だ。
その者たちはワダツミの神を祀っていた。

我らの時代の神とは、巫女的な霊能の存在をいうのだ。
だから巫女たちにワダツミの神を封印するように命じた」

ワダツミの神を封印したのはこの男だったのか。
意外にも簡単に犯人が見つかった。

 それにしても、この男の言う「海の一族が海より上がって来た」というのは一体どういうことだろうか。この男もまた、ワダツミの一族はホモサピエンスではないと言うのか。この男の証言を確認しておくことにした。

「ワダツミの神には肉体はあったのですか」
「ああ。エラをつけて海の底に住んでいた。
何故、上陸したのかは分からんが、海を離れ陸に上がったと聞いている。
会話も出来、海を自由に操る邪魔な存在だ。

そして、我らは海の民に勝った。ウガヤフキアエズを殺してな。
だが、大風が吹き、船もろとも沈められた。

しかし封印したら海は静かになって、いろんな物が来やすくなったではないか」

「津波を起こす力があったのですか」
「ああ。時には静かだが、時には嵐を起こす。
我らの船は風が無いと動かぬ。
だから、神とコンタクトを取るのはその一族だ」

「その一族とは?」
「その時代はアンジュラ族と呼ばれていた。アズラ…、アジュラ…」

「あづみ?それがコンタクトを取る一族だったのですか」
「もともと、ワダツミの神アンジュラから出て来た一族だ」

一族の名は思いがけなかった。その発音は私が推定した安曇という言葉の発音そっくりだったのだ。語尾のニュアンスが違うだけだった。

私は多くの漢字表記を並べて本来の発音を推定していた。
それは「アンドュム」。
「アンドュン」「アドゥン」と変化したという仮説を持っていた。
語尾の発音の差は異国人の聞こえ方の違いだと思われた。


「ワダツミの神が復活したらどうなるのですか」
「一番したいことは、海の底から入って来る者を止めたいのであろうなあ。
まあ、復活させてみろ」

「敵を押し戻すことができるのですか」
「七つの法具でな」

「何という国が入ってくるのですか」
「○国だ。そのために、この時期にワダツミの神復活のために動かされている。
ウガヤフキアエズがこの世に戻って来た。
わしはつられて引っ張られて、ここに出て来ただけだ。
じっくりと拝見させてもらおうぞ。
ちょっとおしゃべりをし過ぎている」

「本当はこの話を教えてたくて来られたんではないんですか」
「この国には大事にされたこともあるからな。打ち上げられた村では我々に握り飯やイモを食わせてくれた。その思いもある。これで恩は返した」

「サワラという地名が残っていますが、あなたの名前のサワラビメと関係がありますか」
「村は残っておる」
私の脳裏には吉武高木遺跡が浮かんだ。
この遺跡には剣と鏡と勾玉を持った一族が埋葬されている。
三種の神器を持つ一族として日本最古だった。
その地名は早良(さわら)の平群(へぐり)だ。
関係があれば面白いのだが。

この時菊如が尋ねた。
「サワラビ親王と呼ばれたことはあるのですか」
否定はしなかった。そして立ち去ろうとした。

私はあわてて尋ねた。
「あなたたちの神は誰ですか」
「わが神、スサ。荒ぶる神、スサ。
そろそろ良いか。ここは居心地が悪い」

そう言って崋山から離れていった。

この男は案外、私たちを応援する気持ちで出て来たのかもしれない。

海の神を封印したのは自分だと告白し、封印が解かれる目的を話した。


安曇も物部も今は関係ない。
神話とされる時代の戦いのあと、いずれの末裔たちも
我が国で連綿と命の鎖をつないできた。

遠い過去から子孫の安寧と繁栄を願う存在、
それがサワラビメのミコトだった。



20180624

異世界小説




歴史カフェ福津
7月8日(日)第19回 2時~4時
シリウス 真鍋大覚の世界 ー倭人の暮らしと渡来の記憶ー
六嶽神社 真鍋大覚のシリウス完全版
詳細はコチラ
申し込みはコチラへ
①氏名(フリガナ)②住所(市町村字)③708福津希望

歴史カフェ小城
7月14日(土)第4回 3時~5時
1部:綾部八幡神社 聖徳太子の弟と共にやって来た綾部一族と旗占い
2部:神功皇后の伝承 久留米~
申し込みはコチラへ
もしくは小城鍋島家Tenへ電話で
①氏名(フリガナ)②住所(市町村字)③714小城希望
会場:小城鍋島家Ten

歴史と自然をまもる会
HPはコチラ
バスハイクの旧記事はコチラ
申し込みは 092-408-7140(火曜~金曜)
7月12日(木)9:00 皇后の出産 糟屋の里
詳細はコチラ
8月2日(木)8:30  安心院 
神武天皇と水沼族の足跡と謎の巨石群を訪ねて






[PR]
by lunabura | 2018-06-25 20:53 | 「ウーナ」 | Comments(6)

ウーナ57 七つの珠19  サワラビメのミコト2



ウーナ57

七つの珠19  

サワラビメのミコト2
 


そして、サワラビメのミコトは
「別の者を仕立てて逃げた」
と、あざ笑うように白皇を横目で見た。そして「生かして逃がすか」と言った。

「見つけ出したのですか。本物を」
サワラビメのミコトは否定しなかった。


「その後、何をしたのですか」
「まだ、わしらがウガヤフキアエズを殺(や)った時はワダツミの神は健在だった。わしらは怒りに遭って船もろともに全滅じゃ。

ワダツミの神は我らには邪魔だ。海上を行き交う者にとっては邪魔であろうが。
我ら人間のものよ、ここは。のう」
サワラビメのミコトは私たちに同意を促した。そして、続けた。

「ウガヤフキアエズは神の子か?
死んだぞ。

神を尊ぶ者は、神を信じぬ者には邪魔な者。
二つの種類の人間が行き交う時代だ。
神を信じぬ者には邪魔な者たちだ。

我ら人間は神を超える。そういった時代に神は邪魔。
われら人間がこの世を征する。
ワダツミの神が神なら自分の孫が殺されるのをどうして止められぬかのう。
この世に神などいない」

サワラビメの一族はワダツミの神を敵対視していた。
海での遭難をワダツミの神のせいにし、志賀島に攻め入った。

この時、熊本の宇土に逃げたのはウガヤフキアエズのダミーなのか。
本物は見つけ出して殺したという。

今日の結願(けちがん)では、ワダツミの神が出現して復活の方法を授けた直後に、サワラビメのミコトが現れた。その目的は、ワダツミの神の復活を邪魔したいのか。
それを確認することにした。

「どうされるのですか。ワダツミの神に対して」
「神の復活は許されぬ」

「どうやって止めるのですか」
「さあ、どうやって止めるのかのう。復活させてみるがよい。
善なる者には善なる力が付く。
われらが善なる者という訳ではないが、力を貸す者はいる。
心してかかることだな」

 サワラビメのミコトは含みを持たせた言い方をした。


いったいこの男の一族とは何者なのか。歴史上に名を残しているのか。手かがりを求めて私は尋ねた。

「末裔がいますか」
「あの海の一族か。我らの一族か」

「あなたの一族です」
「サンジ」
と、きっぱりと言った。

私たちは顔を見合わせた。
サンジカネモチだ。
「脇巫女」に登場した、あのサンジカネモチのことだ!
熱田モノノフ。
まさか、ここに繋がるとは。

20180624
異世界小説





歴史カフェ福津
第19回 7月8日(日)2時~4時
シリウス 真鍋大覚の世界 ー倭人の暮らしと渡来の記憶ー
六嶽神社 真鍋大覚のシリウス完全版
詳細はコチラ
申し込みはコチラへ
①氏名(フリガナ)②住所(市町村字)③708福津希望

歴史カフェ小城
7月14日(土)第4回 3時~5時
1部:綾部八幡神社 聖徳太子の弟と共にやって来た綾部一族と旗占い
2部:神功皇后の伝承 久留米~
申し込みはコチラへ
もしくは小城鍋島家Tenへ電話で
①氏名(フリガナ)②住所(市町村字)③714小城希望
会場:小城鍋島家Ten

歴史と自然をまもる会
HPはコチラ
バスハイクの旧記事はコチラ
申し込みは 092-408-7140
7月12日(木) 皇后の出産 糟屋の里
詳細はコチラ








[PR]
by lunabura | 2018-06-24 21:16 | 「ウーナ」 | Comments(1)

ウーナ56 七つの珠18  サワラビメのミコト1



ウーナ56

七つの珠18  

サワラビメのミコト1
 



その日は白皇の右目が初めから変だった。

ワダツミの神の話が終わって一段落すると、
白皇は敵対するような眼つきになった。

「ジンムか?話を聞くゆえに、その者を解放せよ」
と、菊如が言うと、その存在は崋山に懸かった。

その男は両手で誰かの首を絞めるような動作をし、
「ひと~つ。ふた~つ。みいっつ。
ひと~つ。ふた~つ。みいっつ」
と低い声で挑発するような物言いをした。

菊如は言った。
「鐘を鳴らしながら来られたんですね。銅鑼(どら)のような」
それを聞くと、男はすばやく剣を抜く構えをした。


菊如は「どちら様ですか」と尋ねた。
「我に何を尋ねる」

「菊如と申します」
「我の邪魔をするでない」

「どんな邪魔ですか」
「あの宮はわれらの物」

「どちらの方から来られたんですか。あの宮に」
「我らは海よりあの宮にやって来た」

「周りは海だったんですか。干潮と満潮の差が激しい所だったんですか。何ゆえに来られたのですか。どなたかいらっしゃいましたか。多くの者が見えますけど」
「わしの仲間か」

「いえ、もともと居た」
「あそこに住んでいた者のことか。
あの一族?
海を自由に操る一族。
海神族。
そう我らは聞いておる。我らの行く手をはばむ一族」

「大きな一族のようですね」
「ああ。一説には海の底で暮らしている者が上がって来たとな。
海の底にある宝をた~んと持つ、不思議な一族だとな」

「あなたのお名前は?」
「わしの名はジンムではない。ジンムは動かぬ」

「イワレビコですか」と私は尋ねた。イワレビコとは神武の本名だ。
「イワレビコではない。わしの名はサワラビメのミコトだ」

「ウガヤフキアエズをご存知ですか」と菊如が尋ねた。
「ウガヤフキアエズか。あの地を去った。自分で去った。
去ったのか?
去って何処に行ったのじゃ。
ウガヤフキアエズは去ったのか?」

「去ってないのですか?それはどういうことですか?」

訳の分からないことを言い出した男は白皇に向き直って言った。
「そなたは去ったのか。あの地から」
含み笑いをしていた。

「殺されたのですか?」
と菊如が尋ねると、男は笑った。


20180622

異世界小説






歴史カフェ福津
第19回 7月8日(日)2時~4時
シリウス 真鍋大覚の世界 ー倭人の暮らしと渡来の記憶ー
六嶽神社 真鍋大覚のシリウス完全版
詳細はコチラ
申し込みはコチラへ
①氏名(フリガナ)②住所(市町村字)③708福津希望

歴史カフェ小城
7月14日(土)第4回 3時~5時
1部:綾部八幡神社 聖徳太子の弟と共にやって来た綾部一族と旗占い
2部:神功皇后の伝承 久留米~
申し込みはコチラへ
もしくは小城鍋島家Tenへ電話で
①氏名(フリガナ)②住所(市町村字)③714小城希望
会場:小城鍋島家Ten

歴史と自然をまもる会
HPはコチラ
バスハイクの旧記事はコチラ
申し込みは 092-408-7140
7月12日(木) 皇后の出産 糟屋の里
詳細はコチラ






[PR]
by lunabura | 2018-06-22 23:45 | 「ウーナ」 | Comments(6)

ウーナ55 七つの珠17 ワダツミの神



ウーナ55

七つの珠17 

ワダツミの神
 

その翌日、3月14日。
緊急の案件があって結願に参加した。

五つの珠に関して確認をし、それから、問題解決のための結願をした。
無事にそれを終えて休息していると、語り掛ける存在があった。

それは祭壇に置かれた二つの石を通して現れた。
そして崋山に懸かった。

その存在はゆったりとアグラをかき、上機嫌で拍手をした。
パチパチパチパチパチ。

「あわてぬとも良い。良き、良き。
この時のため、この場所にいた。
今から始まる。
さあ、何が聞きたい」

菊如は既に誰なのか分かっていたようだが、改めて尋ねた。
「どなたさまでしょうか」

「ワダツミの神のほんの一部だ。
竜宮の門を開けよ。
大島の竜宮だ。
わが本体はあの日しか、あの門を開けることはできぬ。
あの海より船で渡り、七つの道具を我が血筋、投げ入れよ。
集める物をあの門より投げ入れよ。
ワダツミの神の復活。
そのままでよい。
いずれ本体をつなぐ役割をする。

和布刈(めかり)に行き、わが杖を。
そして最後に竜王崎に豊玉姫を迎えに行き、預けた竜宮の門の鍵をもらい、
玉手箱の中にすべてを入れ、門の鍵を上に置き、投げ入れよ。

すべてのワダツミの祠(ほこら)にワダツミが戻る。
海より来たる敵、我が国を滅ぼさんとする者、封じることとなる。
あとは任せればよい」

「和布刈神社ですね。金と銀の扇を持った人と行った所ですか。
九州と山口の間の波が回る所の下ですね」

「杖はそこで。午前中に行けばよい。
白皇がすること。手を広げればよい。その手に私の杖が乗る。
縮めれば小さくなる」

そう告げると、しばらくして石に戻って行った。

その石は数年前、菊如たちが志賀島の勝馬(かつま)すなわち、沖津宮のある浜からもらってきた物だった。

二つある。
一つは船、一つは帆のような形をしていた。
組み合わせるとまるで帆掛け船のような形になった。

ワダツミの神の言葉を聞いて私はいささか驚いた。
これから困難があるのかと思っていたが、
いともあっさりと二つの奉納先が告げられた。

一つはやはり和布刈神社だった。
そして、もう一つは糸島。
道に迷って偶然に行った船越の綿積神社だった。

それから、揃った物を持って行くところは大島。
そこにある竜宮の島。
それが何処にあるのか。
候補はあったが、これまた行ってみないと分からなかった。

持っていく日は5月3日。
その日に竜宮祭が行われるのは分かっていた。
既にその祭に参加することを決めていた。
連休なので、宿も早くから抑えていた。
決行するのはその日だ。
場所はきっと現地で分かるだろう。
多分、厳島神社から見える海だ。

その前に、あと二つを奉納しに行こう。
四人の日程を合わせればよい。

既に時間は22時になろうとしていた。

これで終わりだと思ったが、話そうとする別の存在が現れた。



20180621




歴史カフェ福津
第19回 7月8日(日)2時~4時
シリウス 真鍋大覚の世界 ー倭人の暮らしと渡来の記憶ー
六嶽神社 真鍋大覚のシリウス完全版
詳細はコチラ
申し込みはコチラへ
①氏名(フリガナ)②住所(市町村字)③708福津希望

歴史カフェ小城
7月14日(土)第4回 3時~5時
1部:綾部八幡神社 聖徳太子の弟と共にやって来た綾部一族と旗占い
2部:神功皇后の伝承 久留米~
申し込みはコチラへ
もしくは小城鍋島家Tenへ電話で
①氏名(フリガナ)②住所(市町村字)③714小城希望
会場:小城鍋島家Ten

歴史と自然をまもる会
HPはコチラ
バスハイクの旧記事はコチラ
申し込みは 092-408-7140
7月12日(木) 皇后の出産 糟屋の里
詳細はコチラ






異世界小説 

[PR]
by lunabura | 2018-06-21 21:20 | 「ウーナ」 | Comments(3)

ウーナ54 七つの珠16 ワダツミの龍



ウーナ54

七つの珠16 

ワダツミの龍
 

七つの珠の内、五つが奉納できた。
残るはあと二つ。
それを何処に納めたらよいのか、いくつかリストが挙がった。

北九州市の和布刈(めかり)神社は豊玉姫が夫の彦ホホデミと皇子のウガヤフキアエズと共に祀られているので、確実だろう。

そこでは干珠満珠の秘儀が和布刈神事の形で伝えられている。
関門海峡を前にした磐座の宮でもある。

神功皇后関連の百社を選ぶとき、ラストの百番目に取り上げた
思い入れのある宮でもあった。


もう一つは?

神功皇后が干珠満珠を奉納した下関市の干珠満珠島か。
それを見晴らすのは豊功(とよこと)神社だ。
これもまた拙著の冒頭を飾っている。
しかし、福岡県外にあった。
福岡県内という条件からはずれるのが気になった。

もう一か所の候補地。
それは新宮町の相島の若宮神社だ。
豊玉姫と玉依姫が祀られている。
一説にはウガヤフキアエズも一緒だという。
しかし、崋山は「ここではない」と言った。

では、残る一社は何処なのか?

ここまで絞り込んだ時、菊如から連絡があった。
それは糸島に行った二日後。3月13日の夜だった。

糸島の日以来、崋山と菊如そして白皇たちは持ち帰ったものを精査していた。
その結果は既に五社の各宮に書いている。
どれもが目的の物だったという。
これを聞いて安堵した。


そして、三人が集まった時に染井神社の龍が出て来たという。
菊如が「ここには龍がいる」と言った神社の龍だ。

左半身をケガしていた。

この龍はワダツミの神に仕えていた龍で、染井神社で祀られていたのだが、
350年前に池を作った時に置いた石が、
龍の左肩にクイを打つ形になってしまい、
大蛇になってしまったのだという。

菊如たちが龍のケガを癒すと復活し、「ワダツミの龍」と名乗ったそうだ。

その礼なのか、話をしていったという。

ワダツミの神が封印された時、法具が七つの方向に散らばったのだが、
これが再び揃うと、海の中から嵐を起こすことができるようになるという。

ワダツミの神の復活。
これが七つの珠の奉納の目的だったのだ。







c0222861_19505462.jpg

これは染井神社の社前の池。右手に三角の石がある。
これなのだろうか。崋山がこの池を知る由もない。









c0222861_19511817.jpg

これは社前から見えた木。不思議な形をした白い木。

20180619











歴史カフェ福津
第19回 7月8日(日)2時~4時
シリウス 真鍋大覚の世界 ー倭人の暮らしと渡来の記憶ー
六嶽神社 真鍋大覚のシリウス完全版
詳細はコチラ
申し込みはコチラへ
①氏名(フリガナ)②住所(市町村字)③708福津希望

歴史カフェ小城
7月14日(土)第4回 3時~5時
1部:綾部八幡神社 聖徳太子の弟と共にやって来た綾部一族と旗占い
2部:神功皇后の伝承 久留米~
申し込みはコチラへ
もしくは小城鍋島家Tenへ電話で
①氏名(フリガナ)②住所(市町村字)③714小城希望
会場:小城鍋島家Ten

歴史と自然をまもる会
HPはコチラ
バスハイクの旧記事はコチラ
申し込みは 092-408-7140
7月12日(木) 皇后の出産 糟屋の里
詳細はコチラ







異世界小説 
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2018-06-19 19:52 | 「ウーナ」 | Comments(9)

ウーナ53 天山12 千葉氏が晴気に住んだ



ウーナ53

天山12 

千葉氏が晴気に住んだ
 


小城では殿様の名に「千葉氏」という名がよく出てくる。

「須賀神社由来」にその始まりが書かれていた。

「肥前国の地頭職であった千葉大隅守平胤貞は正和5年(1316)鎌倉幕府の命により、九州下向(略)」とある。

その名について、同じ須賀神社に掲示された「千葉城跡 須賀神社」の方では「千葉大隅守胤貞」とあり、「平」の字が無い。いずれが正しいのか分からないが、地元では「平氏」ではなく、「千葉氏」と呼んでいる。




c0222861_2316860.jpg

その胤貞は
「下総国(千葉県)より下向し、晴気に居住し、それとともに千葉城をつくったとしています。」
とあることから、まずは「晴気」に住んだことが分かった。

晴気に住みながら須賀神社の地形をみて山城を造ったのだろう。


この千葉氏について、真鍋大覚が記録を残していた。(儺の国の星p21)

「千葉なる氏姓は楢山を切り薪炭を生産し、これを燃料として得られる鉄の地金を切り売りする家系で、時には司馬、或いは斯波なる富豪が戦国の世に輩出した。」

ここには、まさに千葉氏が小城に来た目的が示されていた。

千葉氏は燃料生産から産鉄の技術と販売ルートがあったので、
鎌倉幕府から晴気に配属になったのだ。

これによって、晴気には鉱物資源が豊かにあったことが、
さらに想像できるようになった。

真鍋によると、シバの付く地名は川や沼、河口で流木が堆積した所に付けられているという。これは晴気の地形そのものでもある。

さらに、シバの語源はジンバルすなわち、英語でいう宙づりの器と同源で、天秤の形も同源としている。

エジプトのナイルでは「麦や綿を計量販売を司る神はソプトと言った」
とも書かれている。
ソプト神とはシリウスのことである。

シリウスは坩堝の民にとっても神であり、計量の神だったのである。
千葉氏の職能から、シリウス信仰があったことを暗示しているのかもしれない。

千葉氏は製鉄に必要な薪炭を生産する職人を抱え、製鉄、販売までを司っていた。
それを古くは国栖氏や賀茂氏が行っていたのだ。
これが晴気の持つ重要性だろう。

須賀神社に行けば晴気の謎解きのヒントがあるかもしれないと思っていたが、
想像以上の収穫だった。

20180618




◆今日の大地震、皆さん無事だったでしょうか。
熊本地震では二度目の方が大きかったです。
大難が無難になりますように、お祈りします。
           




歴史カフェ福津
第19回 7月8日(日)2時~4時
シリウス 真鍋大覚の世界 ー倭人の暮らしと渡来の記憶ー
六嶽神社 真鍋大覚のシリウス完全版
詳細はコチラ
申し込みはコチラへ
①氏名(フリガナ)②住所(市町村字)③708福津希望

歴史カフェ小城
7月14日(土)第4回 3時~5時
1部:綾部八幡神社 聖徳太子の弟と共にやって来た綾部一族と旗占い
2部:神功皇后の伝承 久留米~
申し込みはコチラへ
もしくは小城鍋島家Tenへ電話で
①氏名(フリガナ)②住所(市町村字)③714小城希望
会場:小城鍋島家Ten

歴史と自然をまもる会
HPはコチラ
バスハイクの旧記事はコチラ
申し込みは 092-408-7140
7月12日(木) 皇后の出産 糟屋の里
詳細はコチラ





異世界小説 
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2018-06-18 23:17 | 「ウーナ」 | Comments(3)

ウーナ52 ヤマトタケル2 須賀神社



ウーナ52

ヤマトタケル2 

須賀神社
 

小城町(おぎ)の松尾という字に丘陵があり、須賀神社が鎮座している。







c0222861_207468.jpg

ざっと70mほどの標高のようだ。








c0222861_207593.jpg

そこに取り付けられた石段はまっすぐだ。
いつも誰かが登って参拝している。


景色を眺め眺めしながら、登ればそれほど苦労はしない。









c0222861_2082167.jpg

頂上の社殿は参拝する場所がやっととれる程度に狭い敷地に建っていた。

祭神は健速須佐之男大神、櫛稲田姫大神の二神だ。

かつては祇園社と呼ばれていて、桓武天皇延暦22年(803)の創建と言われている。

803年といえば、天山下宮社三社創建からちょうど百年後に当たる。










c0222861_2085794.jpg

拝殿の右手すぐに稲荷社があった。









c0222861_2091689.jpg

左手には天満天神社。

左右に鉄の民の神が祀られていた。
しかも、社殿の後ろは絶壁だ。







c0222861_20112517.jpg

製鉄には最適の地形だった。

こここそ、風土記に描かれた土蜘蛛の砦だったのではないか。
思いはますます募る。










c0222861_2094281.jpg

参拝を済ませて祇園川のほとりで数人で話し合った。
ここに土蜘蛛が居たとすると、ヤマトタケルはどこから攻めたのか。

景行天皇は軍勢を連れて大仰に正面から宣戦布告したが、
土蜘蛛からみたら、「いったい誰がわめいている」、
その程度の認識だったのではないか。

正面は見晴らしが良い。

だから、ヤマトタケルは夜陰に紛れて川を越えて、
裏から登って土蜘蛛の長を一撃したのではないか。


ちょうど、直前に佐賀市で熊襲タケルを襲撃したように。
ここまでは武内宿禰が道案内したに違いない。

あと20キロ西に行けば拠点の武雄(たけお)に着く。
そんな結論だった。

丘陵はいかにも高地性弥生集落が営まれたような地形だ。
しかし、中世時代に山城を造った時、痕跡は失われただろう。
そんな事も考えた。




ここは鎌倉幕府の命により、千葉氏が下向し、八坂神社の分霊を勧請したのだという。

千葉氏。
なんと、その千葉氏が当時、「晴気に居住」していたと看板に書かれていた。

思いがけず「晴気」(はるけ)の地名が出て来た。
天山神社を歴史カフェでやっていなかったら、気づかなかっただろう。

もともと持統天皇が晴気の価値を知っていたのだ。

飛鳥時代から戦国時代までその価値が知られていた。

千葉氏については、真鍋が記録している。
製鉄に関わる一族だ。
真鍋の本を調べよう。

(つづく)

20180617




歴史カフェ福津
第19回 7月8日(日)
2時~4時
シリウス 真鍋大覚の世界 ー倭人の暮らしと渡来の記憶ー
六嶽神社 真鍋大覚のシリウス完全版
詳細はコチラ
申し込みはコチラへ
①氏名(フリガナ)②住所(市町村字)③708福津希望

歴史カフェ小城
7月14日(土)第4回 3時~5時
1部:綾部八幡神社 聖徳太子の弟と共にやって来た綾部一族と旗占い
2部:神功皇后の伝承 久留米~
申し込みはコチラへ
もしくは小城鍋島家Tenへ電話で
①氏名(フリガナ)②住所(市町村字)③714小城希望
会場:小城鍋島家Ten

歴史と自然をまもる会
HPはコチラ
バスハイクの旧記事はコチラ
申し込みは 092-408-7140
7月12日(木) 皇后の出産 糟屋の里
詳細はコチラ







異世界小説 

c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2018-06-17 20:12 | 「ウーナ」 | Comments(0)
line

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


by lunabura
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー