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ひもろぎ逍遥

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脇巫女Ⅱ 21 モリヤモノノベ


脇巫女Ⅱ

21 モリヤモノノベ



後日、初代ヤマトタケルの側近で、タケルの墓で自決した男が現れた。

モリヤモノノベといった。

モリヤモノノベの一族は鞍手の中心に住み、田畑を耕し、農耕を糧としていた。
戦いを好まぬ種族だった。

そのモリヤモノノベはサンジカネモチのことを知っていた。
「熱田モノノベはサンジカネモチのものではない。
あれは船でやって来た。
そして、熱田モノノベを自分達の物のようにした。
我々の地を奪ったのだ。

ヤマトタケルは鎧を付けて兜(かぶと)をかぶり、顔を隠していた。髪の色も分からない。
武内宿禰がヤマトタケルに近づけないようにしていた。

ある時、サンジカネモチとヤマトタケルが話していた。
モノノベは一体化してきているのに、サンジカネモチが反対していた。
私はヤマトタケル側について一緒に行動した」

「それなら、ヤマトタケルの最期のようすはご存知?」
「…。あの時…。
サンジカネモチが…。
タケル様が油断したから討たれた」

「サンジカネモチがヤマトタケルに容易に近づけたのは?」
「日本は古来から3m離れて礼をする。しかし、タケル様は握手を求める人だった。
あの時はサンジカネモチの方から手を差し出してきた。
『ヤマトタケル殿に協力する』と言って。

タケル様は馬を進めてサンジカネモチに右手を差し出した。
一撃だった。カネモチは左手で剣を抜いて胴体を刺した。
あいつは左利きだったのだ。

タケル様は倒れた。我らは山へ逃げ込んだ。
が、サンジカネモチは兵を隠していた。戦が始まった。
我はタケル様の鎧を身に着けて戦った。

敵が去ると、我らは山に入って、タケル様を埋葬した。
ところが、あの武内宿禰が影武者を立てた。
我らにはいく所が無くなった。
タケル様を囲んで我らは自決した」

「もし、サンジカネモチが殺さなければヤマトタケルが国を統一したと思いますか」
「タケル様は新しい景色、知識を持って来た。この地域を変える力があった。
船でやって来る人が変えてくれると…我も信じてもいた。

思えば、タケル様も駒の一つだった。自分たちも。
タケル様は心優しい人だった。この地を繁栄させる力が感じられた。
サンジカネモチは心がぶれた。
戦ではなく、この地で豊かに暮らすことが理想なのに、道を外れてしまった」

一つの事件も語る人が違えばこうも違う。
そんなことを考えさせられた。

<20191030>





異世界小説
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by lunabura | 2019-10-30 19:56 | 「脇巫女Ⅱ」 | Comments(4)

熊襲タケルが逃げ込んだ真手山へ ここは大和町 神崎~佐賀市 3



『肥前風土記』には、巨大なクスノキが佐賀にあり、朝日や夕陽を浴びると、その影は25キロほど離れた所にも届いていたと書かれている。

日本武尊はその栄えた姿を見て「この国は栄の国というがよい」と言った。
栄(さか)が佐嘉になり、佐賀になったという。

この話には佐嘉川や川上の所に出てくることから、與止日女神社付近の話と考えられた。

與止日女神社の鎮座地は大和町川上。








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この與止日女神社の境内には朽ちたクスノキの巨木の一部が保存されている。
その巨大さには誰もが声を挙げた。

このようなクスノキが聳え立っていたのだろう。











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與止日女神社に隣接した所に実相院がある。
ここも行基が創建した。

地形を見ると、城壁のような崖の上に実相院は建っていた。

青いシートは台風によって崩れた跡で、通行不可になっていた。車道なら行ける。

このような地形を弥生人は好む。高地性弥生集落という。
川の氾濫を避け、敵の襲来を逃れて暮らせる地形だ。
今では確かめようもないが、寺院が建つ前には遺跡があったのではないか。







この地形を確認して次の健福寺に行くとやはり同じ地形だった。
真手山に建っている。
ここに、熊襲タケルが仲間を頼って逃げ込んだ。










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健福寺の前からは佐賀平野が見渡せる。
ここからは誰が近づいているのか、良く見えた。

日本武尊は武内宿禰らと共に船で近づいたが、やはり行軍は出来なかったのだろう。
夜を待って女装し、宴に紛れ込んだ。

日本武尊は一太刀目に「我こそは筑紫野で見参した小碓尊(こうずのみこと)だ」
と名乗った。
二太刀目を振り下ろそうとすると、「まて」と言われた。
それが山の名の「真手山」の由来となった。

熊襲タケルは、殺される直前に、「我が姓は熊襲。九州全土を我が家としていた。
しかし、最期の地名を採って川上タケルと改名する」
と告げ、小碓尊には日本武尊の名を与えた。

もちろん話は潤色されているのだが、ここは「大和町川上」。
ヤマトタケルのヤマトは案外、この地の名前を付けたのではないか。
と、何故か、ふと思った。
古事記では倭(やまと)タケルと記す。

この時のヤマトタケル軍の副大将は弟彦公。鞍手の剣岳にいた。そして、補佐役は武内宿禰だった。

この決戦の前に、熊襲タケルは筑紫の穴倉陣に逃げ込んでいたが、日本武尊らが突き止めて攻撃した。しかし熊襲タケルは既には逃げ、佐賀に来ていた、と健福寺の記録にある。

川上タケルの墓は寺の裏山にあり、近年まで分かっていたが、今は藪になってしまい、もう分からないだろうと住職は語る。
行基はこここそ、一番供養したことだろう。





さて、私たちが訪れた日、この山には黒い雲が広がり、時々雨を降らせていた。

熊襲タケルの事を思ってここに来た人は私たちが初めてだろう。
田油津姫の時も、田川市やみやま市で冷たい雨が降り続いた。
涙雨みたいだね。

そう言いながらも、空には、どこか明るい光が差していた。
こんな時には虹が出そうだよね、と言っていると、本当に隣の山に虹がかかった。








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四十分経って博物館に着いても虹がかかっていた。


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今日の話は⑤⑥⑦のエリア。
⑤與止日女神社
⑥実相院
⑦健福寺

<20191029>

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by lunabura | 2019-10-29 20:03 | バスハイク | Comments(0)

徐福信仰圏と前方後円墳 神崎~佐賀市 2






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迷い込んだ金立山憩いの里。

前回の久保泉丸山遺跡のそばです。
今思えば、このような山あいの開けた所には古代人が暮らしを営んだ所のような印象があり、現代になってキャンプ場などが造設されたのではないかとも思われました。

この三角山が金立山かどうかは不明ですが、金立山山頂では徐福を祀っています。

金立神社は上宮、中宮、下宮が鎮座しているので、徐福への信仰は大きなものだったのでしょう。







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下宮社に参拝しました。


その近くに銚子塚古墳があります。床屋の右手の狭い路地を歩いていきます。
国史跡ですが、車では近づけませんし、近くに駐車場も無いので、車でのアプローチは難しいです。






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右が後円部で、左の低い所が前方部です。
全長98mで、柄鏡型の古墳は四世紀末と推定されています。


墳頂に立つと中心線の向こうに山が見え、山を基準に測量したのではないかと思われました。

この古墳が造られた四世紀末には、宇土半島や佐賀、嘉麻に同じようなデザインで規模が違う古墳が営まれた事になります。

未発掘ですが、4世紀末ということから、埋葬施設は竪穴式石室と考えられています。

そうですね。宇土の向野田古墳も嘉麻の沖出古墳も竪穴式石室でした。




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両者は舟型か割竹型の石棺でしたので、それに近い石棺でしょう。

同じようなデザインの古墳が熊本、佐賀、福岡にあるのはどう考えたらいいのでしょうか。
デザインは同じでも、主軸の向きはバラバラでした。
地形を利用し、地山を成形して造っていくので、主軸の向きは思想的には不問だと言えます。



以上の金立山憩いの里、久保泉丸山遺跡、金立下宮社、銚子塚古墳はほぼ同じ地域にあります。

徐福は秦の始皇帝(紀元前259~前210)から逃れて来た人なので、古墳の被葬者たちは徐福信仰のことは良く知っている人たちだったことでしょう。

そうそう、佐賀県立博物館にこの地域から出土した舟形石棺が置かれていました。


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これこそ、舟形石棺の原形と思われるような凄い展示物でした。全長4.3m。阿蘇の石です。
しかし、残念ながら半分は寄せ書きに覆われて全容が見えないようにされていました。

この日は常設展示物は完全に撤去されて、高校生の文化祭があっていました。
考古資料は一点の展示も無かったのです。

常設展示物を一つも展示していない事はHPにも書かれておらず、県立博物館として考えられないものでした。

金立神社の徐福の絵巻もこの博物館が所蔵しながら展示していない。

今回は余りにひどかったので記します。

実は、考古学展示物が展示されていないのは武雄図書館もでした。
歴史資料館は狭くなって一応存在はしていたのですが。

朝倉歴史資料館も富士山の画ばかり展示されて、あの豊かな考古資料は展示されていませんでした。

久留米歴史資料館は行っても見学できなかったので、電話で見学依頼をしたら、「何故見学するのですか」と言われました。「地元の資料を見学したいから」と言いましたが、他に理由が必要でしょうか。結局見学しないままです。遠方から出直しはなかなかできません。

残念な話ですが、事実を記しておきます。




<20191027>



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by lunabura | 2019-10-27 22:46 | バスハイク | Comments(0)

日本武尊と行基の足跡は麗しい山里にあった 神崎~佐賀市 1



昨日、10月25日は佐賀方面へのバスハイクでした。

小雨が降ったりやんだり、天気雨だったり。
時雨がちの一日は、本格的な秋の到来を告げていました。

「肥前風土記」を追いながら東から西へと向かうシリーズの一つです。

「風土記」に書かれた日本武尊の行動と、書かれていない事件が佐賀には伝わっています。
後にそれを辿っているのが行基でした。

佐賀と言えば広大な平野というイメージがありますが、そこはかつての有明海。
「風土記」の道は山と平野の「あわい」にありました。

その「あわい」には徐福が上陸した時、ぬかるみに難儀して布を敷いて歩いていった話や地名も伝えられています。

その背後にある急峻な山脈と有明海に挟まれた低山地帯に縄文人や弥生人たちは、かなり洗練された暮らしを営んでいるように思われました。


その古代の集落を伝って異文化の景行天皇や日本武尊が東から西へと戦をしかけながら通り、後の世に、行基がそれを供養しながら辿っています。

一方、反対の西からは船が着き、徐福や遣唐使や僧などによって、中国の最新の文化が届けられて、東へと伝わっていました。

その歴史の一部が神社や寺院の境内に残されているのが佐賀の風景です。
そこには、うっとりとするような美しい山里の暮らしが伝えられていました。








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最初に訪れたのは白角折(おしとり)神社。
吉野ケ里遺跡の西方にあります。
ここで日本武尊が的を射たという。







続けて仁比山神社へ。









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そこには驚くほど大きい仁王像。








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そして、仁比山神社にも行基の名がありました。

仁比山神社の祭神は大山咋神のみならず、鴨玉依姫と日本武尊も祀られていました。


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その勾配のある地形から、古代豪族の拠点だったのではないかと思っていたのですが、ここに賀茂氏の玉依姫が祀られているということは、古代に賀茂氏が金属加工をしていた可能性も伺えたのでした。

日本武尊は、先程の白角折神社が一時、ここに祀られて、再び現在地に遷った歴史の名残でしょう。










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隣接する九年庵では紅葉時の客を迎える準備が進んでいました。









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久保泉丸山遺跡は長崎自動車道に掛かったため移動した遺跡群ですが、
東から500mほど、当時そのままの配置で移されていました。

ここには縄文人から弥生人を埋葬した支石墓群と、5~6世紀の古墳群がまとまって存在しています。

移動された時、並べ変えられたのではなく、当時の位置関係そのままに移されていました。

この古墳群を営んだ民は「合理的」に並べて行く、という思想を持った人たちだということが分かります。

竪穴式古墳に登って覗くと、舟形石棺があったりして、系統的に学びたい古墳群でした。





<20191026>


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by lunabura | 2019-10-26 20:07 | バスハイク | Comments(0)

ブログ 十周年を迎えました





今日でブログ、十周年を迎えました。

十年前に「夢見力」、「ルナのキルトギャラリー」、「古事記の神々」、「ガイアの森」「ひもろぎ逍遥」と、五つも平行して書き始めました。

「夢見力」や「キルトギャラリー」、「古事記の神々」はある程度になったら休止する予定でした。

「ガイアの森」は幸いに本になることができて、ブログを削除しました。

この「ひもろぎ逍遥」からは「神功皇后伝承を歩く上下」が出ました。
無名なのに本が出たのはブログがあってのことです。

歴史講座の依頼があったり、テレビやラジオの縁をいだたいたのも、ブログを通してでした。
バスハイクも30回ほど案内しました。

十年前には想像もつかない世界に、今いるんですね。

知らなかった海。
知らなかった里山。

知らなかった神々の歴史。
ブログを書くことで、その美しさと愛おしさを知りました。

そして、ブログを訪問して下さる皆さんの応援と交流。
これも知らなかった喜びでした。

十年も続いた原動力は「知らない事を知りたい」という好奇心でしょうか。


これからも、ブラブラの精神でゆっくりと進んでいきたいと思います。

よろしくお願いしますね。

綾杉るな



<20191024>


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海ノ中道




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志賀島




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by lunabura | 2019-10-24 20:14 | にっき | Comments(16)

脇巫女Ⅱ 20 ヤマトタケル ふたたび


脇巫女Ⅱ


20 ヤマトタケル ふたたび




その年の冬、12月5日に再び結願をすることになった。
その前に鞍手をまわった。
新延大塚古墳の石室を見学し、それからヤマトタケルの墓所に行った。

菊如はそこで祈ったあと、宙に向かって語り掛けた。
「今夜、鞍手のことについて結願をします。多くの方が待ってありますが、全部伺うことは出来ぬゆえ、誰が話すのか、皆さんで話し合ってください」

そう伝えた後、私たちは夜に集合した。

結願が始まると、ヤマトタケルが再び現れた。
「何を我に聞きたいのか」
「今日は何ゆえに来られましたか」

「そなたが聞きたいのではないか」タケルは左腕を押さえていた。

「痛みますか」
「ああ。いや。いろんなことが起きた」

「ここにミヤズ姫がいます。何か話すことはありますか」
「そういう時代に巻き込まれ、我は様々な物を犠牲にした。
我がメイ(命)はこの地を治めること。
我が生命尽きる時、メイを受け継ぐものあらば良し。
それゆえ、我、心をこの地に置かず。人に置かず。
我がメイを行うのみ。

ただ、そなたは我の事を慈しみ、我を求めた。
その思い、我は心に留めし。
ただ、その瞳、その瞳を見ること、我はせず。
我、ゆめゆめ、そなたの瞳を見ることをせず。

ただ生命尽き、そなたの思いを…。
我、そなたを迎えにいくこともせず。

そなたが考えるヤマトタケルは、本当のヤマトタケルにあらず。

我、あの地に眠る。
あの地に眠る我から七代、ヤマトタケルは代わる。知人は無し。

一人は病に臥し、一人は山を通りし時、民のイノシシの罠に落ちた。
青い目のヤマトタケルは四番目まで。
五番目のタケルは薄い茶色、あとは皆黒だ。目だけは隠せぬ」

このように、ヤマトタケルは私に語り掛けた。
私は、タケルが何を言っているのか理解できず、遠い世界の話として聞いた。

しかし、タケルの言葉が一段落すると、菊如が
「るなさん、何か聞きたい事は?」と促した。
聞きたい事は何もない。しかし、口から出た言葉は意外なものだった。

「木月で神功皇后と会っていたのですか」
恨みがましい言葉だった。

それを聞いたタケルは溜息を付きながら、頭を振って応えた。
「神功皇后はすごい方。私のような者はとてもとても。足元に及ばぬ方。
神功皇后は私の代わりのヤマトタケルが発動することも知っておられた。
そばにはスクネがおる。
三人の計画。
この三人に仲哀天皇は入らず。仲哀天皇はお飾りだった。
それを良く思う訳はないはずだが、何故仲哀天皇が表に出ないのか。
表に出られぬ訳がある。

仲哀天皇は殺された。二代目の仲哀天皇はヤマト国の者ではない。
今の中国。
応神天皇が生まれてすぐに薬を盛られて亡くなった。
仲哀天皇はいつも前に御簾(みす)を掛けていたので、誰も気づかなかった。
神功皇后はのちに唐と呼ばれるようになる国との繋がりもある」

「神功皇后は?」
「神功皇后はヤマト国。
唐と手を結ばねばならなかった。
仲哀天皇が殺されねばならない理由を知っていた。
あの姫を連れていたのは二代目ヤマトタケルだ」

「二代目仲哀天皇はいつまで生きていたのですか」
「スクネと共に行動した。スクネのはかりごと。二代目は42歳まで。
ドウジマと呼ばれる島に幽閉された。
神功皇后とは最期まで会わずじまい」

「どうして、あなたはミヤズ姫の目を見なかったのですか」
「目を見れば、受け入れてしまうではないか。
ヤマトタケルはこの国を一つにまとめるための者。統率者」

「日本書紀には名前は小碓(おうす・こうず)と書かれていますが」
「私は小碓(こうず)ではない。
自分の人生をヤマトタケルとして終わらせることが我がメイだった。
何事も深くあいまみえることなく、我がメイのために生きることが幸せか。

我は神功皇后に『我は何ゆえ、ヤマトタケルとして生きて行かねばならぬのか』といつも言った。
神功皇后は「メイのために生き、メイのために死す」と言われた。

我は未熟ゆえに生命を落とした。
あの時、信じたばかりに。
サンジカネモチは『我らに従う。和平を結ぶ』と言ったのだ。

あの刃(やいば)。
不意打ちだった。
前から堂々とな。

今、崋山の身体に入りし時、神功皇后の言葉を思い出した。
『この世に信ずるものはない。自分だけだ。
この世は力を持つ者と裏切られる者がいる』
神功皇后は我に『考えが甘い』とよく叱られた。

月の民と暮らす神功皇后を愛していたか?
いくつ違う。
私の八つ上だ」

「仲哀天皇は生まれた子がスクネの子と知ったので、殺された。
神功皇后と仲哀天皇の子は流れた。

『神の子』
この世界に起こる嵐。この世の嵐を収める。
初めは応神が神の子と思っていた。
その前に生命を落とした。

『はかりごと』
仲哀、神功、スクネのはかりごと。
神功と唐のはかりごと。
中心にいるのが神功皇后。

サンジカネモチは忠義のある者だったが、ミヤズ姫のことになると熱くなった。
一つの事に集中すると熱くなる。
そういう者こそ国を治めるのに適した者と思ったが、荒ぶる心を押さえられぬ所があった。

サンジカネモチは『我を信じよ』と言った。民に向けて。
我はカネモチを信じた。

そこをどう捉えるか。
信じた者を討つも、敵であっても、すべてあの時代の流れ、と。

ヤマトタケルとして死に、このように表に出る。
そなたらが知っておるような立派なものではない。
沢山の者を殺した。
それらが上がらねば、我も上がれぬ。
六人のヤマトタケルも同じ思いを引きずっている。

サンジカネモチはこの地を守るため、国を守るため、やり方は違えど、繰り返してはならぬ。

何が足りなかったのか。
あの頃出来なかったこと。今は出来る。
手を組んでいる者と。

神々は、しかと土の中より立ち上がり、出て来ておる。
もう最後じゃ。
最後の固め直し。

サンジカネモチは申し訳ないと思う前に、出来ることがある。
我の代わりに国を治め、手本となる道の歩き方をせよ。
そなたから歩き出せ。

ミヤズ姫はケタケタと笑う明るい姫だった。
我が死んだことを伝えたかった。
友好の証しだった。

二代目ヤマトタケルは久山(ひさやま)を通り、長崎の方に回った。
クマソから挑んで来た。
あれを収めねば、収まらない。
スクネも華奢(きゃしゃ)な身体付きで、淡い薄い布を巻くだけで女と思われる。
スクネの案で二人で行った。妙な力があった。相手の考えの裏の裏を読む力があった。

亀甲で占ったのはスクネだ。興味があった。

『新日本司』
船が着く。
鉱山の岩に船が着く。
武器を求めて他国からも来た。岩山―キラキラと輝く。
岬になっていた。

鞍手の白山には二代目が入った。

長谷観音の地は、我らの言葉をしゃべらぬ者たちが住む場所だった。赤い色が付いている。我らが行く所ではない。

我が鞍手にいたのは、3年3か月ぐらいだ。鞍手を本拠として移動した」

「始まったばかりだ」
そう伝えると、ヤマトタケルは去って行った。


<2019023>




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by lunabura | 2019-10-23 21:19 | 「脇巫女Ⅱ」 | Comments(0)

脇巫女Ⅱ 19 独白


脇巫女Ⅱ


19 独白

 

さて、ある日、菊如と崋山の結願で「熱田サブロウタ」が呼び出された。
この男は結願があるたびに来ていたが、姿を現さないでいた。

この日、崋山の身体を借りて、「熱田サブロウタ」は語った。
星読がその場に居合わせた。

◇◇ ◇
見えない世界から「熱田サブロウタ」を呼んでみる
何日も前から来ていたそうだ

だが・・・なかなか現れない・・・どうかしたのか?

やっと現れた・・・その姿を見て驚いた

怯えている
確かに怯えている
目を合わそうとしない
それどころか、星読の顔も見れない状態だ

「何があった」
星読は促すが・・・サブロウタはただただ怯えている

なぜ?
星読には状況が掴めない

菊如と崋山のやりとりを見つめるだけだった

やさしく、うながすように菊如が声をかけると
「熱田サブロウタ」は小さな声でささやいた

「殺した
イチキシマ姫を殺した
熱田の木の根元に埋めた」

そう言うと、「熱田サブロウタ」は小さくうずくまった


この時、はっと突然、星読は「サンジカネモチ」になった

サンジカネモチは「熱田サブロウタ」に語りかけた

「もうよい
辛い思いをさせたのう
もうよい・・・もうよい
サブロウタよ、余を見よ
すまなかった
もうよい・・・もうよい」

更に続けた
「余がフルベで死んだことを知って
余の言い付けを守っただけじゃ
もうよい
辛い思いをさせたのう
もうよい・・・もうよい
サブロウタよ、余を見よ
すまなかった
もうよい・・・もうよい」

熱田サブロウタは最後までサンジカネモチの顔を見ようとはしなかった
ただただ小さくうずくまっていた


「熱田サブロウタ」
その者は「熱田」に残り
攻め込まれたときには
「姫」ともども自害せよと言い付けた
下級の武士

最後まで言い付けを守った忠臣の者

「熱田サブロウタ」よ、許せ
辛い思いをさせてすまなかった


◇◇ ◇

サンジカネモチはフルベに向かう前、熱田に匿っていたイチキシマ姫の今後について、サブロウタに命じていた。

熱田が攻め込まれたら、イチキシマ姫を敵に渡さぬよう、姫を殺して自害せよと。
サブロウタは命令を実行した。

それから1800年もの間、サブロウタはその罪に震えていた。
魂たちが再生した時、サブロウタはようやくサンジカネモチにその報告ができた。


サンジカネモチはその生を振り返った

◇◇ ◇

「熱田」と「新北」の分裂

これは敵を欺くための戦略
・・・「熱田」に武器は無い
「熱田」の武器はいずこかへ持ち去った
二人の姫を守るために「新北」と取った作戦だった

他のモノノベたちは知らない

全てはこの地を守るため

われはこの地を守るために戦ったのだ
・・・そう信じたい

二人の姫は分かってはくれまいか・・・

二人の姫のことを思うと・・・いまだに体の震えが止まらない


「熱田もののふ」・・この地を代表して戦いに挑んだ・・その名は三師金持

「宗像」三郎昭政はこの地を奪った
・・・「宗像もののべ」は「熱田もののふ」の死を知ってこの地を我が物としたのか
「熱田もののふ」の死に関係しているのか

「香月」実篤三郎太はこの地から去った
・・・「熱田」と「新北」が分裂したと思い込んで

他の多くの「モノノベの者」たちよ
われはそなた等を裏切ったのではない。欺いたのでもない
われのこの思い、分かってはくれまいか・・・


◇◇◇


サンジカネモチは・・・星読は・・・つぶやく

俺は本当にこの地を守ったのだろうか

俺はこの地を守りたい

ただ、それだけの気持ちだった

この地を、他の者に渡したくなかったのだ

俺は本当にこの地を守ったのだろうか・・・

あのときは、
武人として強靭な武器を持ち
その力にうぬぼれたいたのかも知れない

あのときは、
ヤマトタケルを操る後ろの者たちのことなど考えもしなかった

この地を守ることは敵を・・・
目の前の敵を倒すことだと信じていた


もっと広い考えを持つべきであった
もっと広い視野を持つべきであった

なぜ、ヤマトタケルとの話し合いの席に着かなかったのか
いっときの感情に支配された・・・

そうだ!
ミヤズ姫のあの言葉で・・・繰り返されるあの言葉で・・・
冷静さを失っていた

魂の記憶が蘇る
そうだ
あの言葉・・・
「なぜ、タケルは来ぬのか」

われらは一度はヤマトタケルと和議を結んだ
この地の平安を得るための和議を結んだ
大切な「姫」と引き換えに・・・
ところが、その「姫」が悲しんでいる・・・
「なぜ、タケルは来ぬのか」と

ヤマトタケルは神功皇后と頻繁に二人で会っている
夜・・・二人で・・・
そう知らされた

「姫」を差し出したことも腑に落ちない
なぜ、われらの「姫」を大切にしないのだ!
なぜ、われらの「姫」をないがしろにするのだ!

われらの「姫」は幼き頃より活発な御子
このままでは、「姫」は神功皇后の命を奪うやも知れぬ
そのようなことになれば「姫」は確実に返り討ちになる・・・
剣の力は神功皇后には適わないことは明白

「姫」の命を守らねばならぬ
如何なる方法で「姫」を守ればいいのか
俺が代わって皇后の命を・・・いや出来ない
女の命を奪うことなど「もののふ」は出来ない

ならば、ヤマトタケルの命を・・・
これしかない・・・「姫」を悲しませないために・・・
「姫」の命を守るために・・・

われら「熱田もののふ」が手助けするために同行する、と使いを出し
部下を連れてヤマトタケルの軍勢へと向かった

それを信じたヤマトタケルは油断していた
われは真っ先にヤマトタケルに切りかかった
一瞬早く、我が剣がヤマトタケルの鎧を貫いた

しかし、ヤマトタケルが戦いで命を落とすことは想定されていた
すでに身代わりの者は常に訓練されていた・・・
進行を続けるために

短慮であった

ヤマトタケルの命を奪っても
「姫」は・・・「ミヤズ姫」は喜ぶはずもない
短慮であった

ヤマトタケルに戦いを挑んだことで
他の「モノノベ」たちは困惑したに違いない
短慮であった

しかし別の方法は考えられなかった
「姫」を守る方法は・・・
短慮であった


◇◇ ◇

ササンジカネモチの独白は続く

◇◇ ◇

俺はこの地の「モノノベ」たちの力を分散し、弱体化させたのではなかろうか

それは、ヤマトタケルの後ろの者たちの狙いではなかったのか
俺は結局、その者たちの策に乗せられたのか


みなに詫びる


二人の弟と多くの仲間
多くの「モノノベ」の衆に
詫びなければならない

命を奪った「ヤマトタケル」にも

俺のこの思い、分かってはくれまいか・・・

皆、この想い、受け止めてはくれまいか・・・

ただただ、俺はこの地を守りたかったのだ・・・
どうかこの気持ちだけは分かって貰いたい・・・

「もののべ」の衆よ
そなた等を裏切ったのではない。欺いたのではない


この地を守るために
われは今でも、戦っているのだ


身勝手な頼みではあるが
今一度
モノノベの者たちよ、われに力を与えよ
この地を守るために、われに財を与えよ

ふたたび、皆ともに、この地を守ろうぞ!・・・


「もののべ」の衆よ
この思い、受け止めてはくれまいか・・・



<2019.10.22>





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by lunabura | 2019-10-22 19:29 | 「脇巫女Ⅱ」 | Comments(0)

脇巫女Ⅱ 18 馬上の武人とは


脇巫女Ⅱ


18 馬上の武人とは




一方、サンジカネモチはカネモチで言い分があった。

<2016.3.31> 最後の戦い

これは、星読のひとり言

頭から離れない・・・ことば
          映像
          思い込み
なぜか、書かなければ収まらない・・・・


ミヤズ姫は繰り返す
「なぜ、タケルは来ぬのか」
「わらわのもとへ、なぜ、来ぬのか」

このとき、ミヤズ姫は外の異様な雰囲気に気付く
「戦が始まるのか?」
「カネモチを呼べ」

そこは「フルベが守る地」

サンジカネモチはミヤズ姫のもとを訪れた

カネモチの前でミヤズ姫は繰り返す
「なぜ、タケルは来ぬのか」
「わらわのもとへ、なぜ、来ぬのか」
「外はどうなっているのか」

・・・それほどまでに「タケル」に逢いたいのか
   それほどまでに「タケル」を慕っているのか

カネモチはついにミヤズ姫に告げた
「タケルのもとへお連れ致す」

つぎの瞬間、カネモチの利き腕である左腕が動いた
三つ折の剣を抜くと、
その剣先がわずかにミヤズ姫の喉元を切り裂いた

ミヤズ姫は笑顔のまま、そこに座って動かない

「姫はこのサンジカネモチがヤマトタケルのもとへお連れした」

そう言い残すと、サンジカネモチはフルベが待つ地へ向かった

◇◇ ◇

三折(みつおれ)の剣とは、稲妻のように、ギザギザに折れ曲がった剣だった。
鞘(さや)が作れないために、革袋に入れていた。

一方、草薙の剣は直刀で、軽かった。星読はこれを妖刀と呼んだ。
何故なら、何でも出来る気持ちにさせる剣だったからだ。

◇◇ ◇
このままでは、再びヤマトタケルが攻めてくる
そう思った「熱田もののふ」

ヤマトタケルの剣を手にしたとき・・・心がゆらいだ・・・

〈 自分は何でも出来る われに従え「熱田」の者たちよ 〉

ヤマトタケルの剣は「妖刀」だった

「熱田もののふ」は自らの剣「三折の剣」と「妖刀」を両手に持った

これに従う多くの「熱田」の者たちは
「熱田」がこれまで蓄えてきた強靭な武器を持ち
われらの聖地「六嶽」と
「星読の民」「月守の民」が暮らすそれぞれの地を守るために
「ふるべ」の地に向かった

その途中、「熱田もののふ」は「妖刀」を
「月守の民」が暮らす「木月」に預けた


◇◇ ◇

木月には月守の民がいた。
サンジカネモチは妖刀すなわち草薙剣をその脇巫女に預けた。
そして「自分に何かあったら、三折の剣を人に奪われぬように、持ち去って欲しい」と頼んだ。その脇巫女の名はサガミと言う。

サンジカネモチたちは熱田に蓄えた武器を持ち、仲間であるフルベの地へと向かった。
いざ、ヤマトタケルとの決戦へと。

しかし、フルベではサンジカネモチが勝手にヤマトタケルを殺した事が問題になっていた。
――和議が出来ていたものを。
――よけいな事をした。
と。こうして、フルベはサンジカネモチを亡き者にしようと待ち構えていた。

◇◇ ◇

「ふるべ」の地でヤマトタケルの反撃を待ち構えるはずだった

「熱田もののふ」たちを待つ「ふるべ」の地には
多くの「モノノベ」たちが集結していた

サンジカネモチの声が空しく響く

「フルベの者達よ
モノノベの者達よ
この地を守り大切な者達を守る戦いだ
われに従わないのか」

謀られたことをサンジカネモチが悟ったときには・・もう遅かった

先の戦いで利き腕の左腕に傷を負ったまま、右手に剣を握って戦った

「フルベ」の地は戦場となった・・・モノノベ同士の・・・

仲間だった者たち

なぜ戦いを挑んでくるのか
そなたたちでは、この命、奪うことは出来まいに

いくつもの剣先を受けるカネモチ
傷つく身体

なれない右腕の戦い・・・
サンジカネモチは両の腕に深手を負い、これ以上戦えないことを悟った
それでも、相手の命を奪い続けた
いくつかの深手が自由を奪う
動けない
動かない
戦場での死とは、このようなものか
経験がない
動かない
意識は、まだ、ある
これ以上は戦えない
最後の者が、わが命を奪うのか


◇◇ ◇

これまで仲間だったフルベは、サンジカネモチの独断的な行動に反発し、亡き者にせんと、剣で迎えた。カネモチはその剣をさばいたが、多勢に無勢。ついに、最期を迎えようとしていた。

◇◇ ◇
このとき、若いモノノベが懐に飛び込んできた
この者は以前、夢に見た者だった

サンジカネモチの動かないはずの右腕がその男の襟元を掴んだ
「この幸せ者よ
そなたは、このサンジカネモチが奪う最後の命」

そう言うと、左腕に持ちかえた「三折の剣」を
その男の下腹部から突き上げた

――この剣を敵に渡すことは出来ぬ

若者の身体を鞘として、剣をその若者の身体に隠した

束を握る左手に力を入れ直すと
剣を抜きやすいようにするために、若者の腹を大きく切り裂いた



どれぐらいの時が過ぎたのか
身体はもう動かない

ところが、その時、身体に温もりを感じた

――この温もりは?

膝の温もり・・・頭を支えてくれている
左腕をさすってくれる・・・優しい手のぬくもり

それは月守の巫女の温もりだった

――約束を覚えてくれていたのか
  戦場で倒れたときの約束を・・・
  我が剣をいずこかに隠せ
  そんな、辛い約束を・・・

――月守の巫女よ
  剣を頼む
  我が左腕は動かない・・・
  切り落としてくれ・・・
声が出ない

――月守の巫女よ
  最後にそなたの笑顔が見たい
目が開かない

月守の巫女は約束どおりに
左手首を切り落とし、若者の身体から剣を抜き
衣に隠して去って行った

――すまない
  辛い思いをさせて・・・
  すまない

  守れなくて・・・
  月守の巫女よ・・・すまない
  ・・・許してくれ・・・

  俺は何も守れなかった

  すまない

  モノノベの者達よ

  俺は、この地を守りたかっただけなのだ

  解ってはもらえないだろうか・・・

  多くの者達に詫びねばならぬ

  この地の者達に
  モノノベの者達に


そして、今、ふたたびこの地に生まれた
この地を守るために

◇◇ ◇

「俺は、この地を守りたかっただけなのだ」
私はこの言葉で理解した。
夢の中に現れた馬上の武人は星読だったと。

「私たちは国のために戦ったのだ」
馬上の武人はそう告げた。

サンジカネモチは生まれ変わった私にそう言いたかったのだ。

カネモチもまた再び六ケ岳の麓に生を受けた。それが星読だった。

サンジカネモチは「三師金持」と書く。「三師」(さんし)とは周代に初めて設置された身分で、のちの宰相に相当した。

<20191021>



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by lunabura | 2019-10-21 17:54 | 「脇巫女Ⅱ」 | Comments(2)

脇巫女Ⅱ 17 ミヤズ姫


脇巫女Ⅱ

17 ミヤズ姫


別の日、結願の時にサンジカネモチが現れた。
星読は前世の自分であるカネモチに「イチキシマ姫すなわちサヨリ姫」について尋ねた。

(サンジカネモチに)「イチキシマ姫」のことを尋ねてみた

われわれは、かの地から一族で海を渡ってきた
この地は、土地は痩せており、農耕には向かない

そこで暮らす「やまとの民」は貧しい暮らしをしていた
しかし、われらは知っていた
この地で採れる「黒だま」の価値を

われらの「たたら衆」の技術は「やまと」のものとは比べられないほど
優れていた

われら一族は、この地を奪いに来たのではない
この地に、ただただ住みたかった
われらの農耕の術も優れていた
だが、われらの風貌は「やまとの民」には異様に見えた
体は大きく
身に着けているものは鮮やかな色彩をしておる
言葉も通じない

当時、壱岐は貿易の要衝であった
壱岐・対馬は危険な場所でもあったがな

そこの「姫」はわれらの言葉を操ることが出来る
この地に暮らす「やまとの民」にわれらのことを説得してくれた

われらは、直ぐに打ち解けることが出来た
「姫」のおかげじゃ

だが、言葉が分からん
「姫」はわれらに「やまとことば」を教えるために残ってくれたのじゃ

この「姫」のことを
われらは「壱岐・対馬の姫」じゃから
「イチキシマ姫」と呼んでおった

本当の名は・・・確か・・・「さより姫」と言っておった
心優しい姫だった
いつも「黒だま」では武器は造らぬように、と言っていた

「サンジカネモチ」は「熱田」をまとめる者であった


懐かしそうに話すと、「サンジカネモチ」は戻っていった

◇◇◇

やはりムナカタ物部の言うように、熱田モノノベは後から渡来した。
そして、新しい農耕技術と黒玉の精錬技術を鞍手にもたらした。

サンジカネモチらは大きな体で鮮やかな衣装を身に着けていた。
サヨリ姫は通訳としてヤマトの民との間を取り持ったおかげで、渡来した時、戦いは起きなかった。

この後、結願はミヤズ姫の件に移った。

熱田のミヤズ姫はヤマトタケルと政略結婚の為に小牧辺りに屋敷を構えた。警固はフルべモノノベの兵が行っていた。

サンジカネモチはヤマトタケルと戦う時、ミヤズ姫をフルべモノノベの拠点に連れて行って預けた。

2016年3月10日。

私はこの時の関連者だろうということで、私の胸から魂の記憶の一枚が抜かれ、崋山の額に入れられた。

崋山は急に身を縮めて辺りを見回した。恐怖に満ちた声で語った。

「ここはどこ?
誰も帰ってこない。このような所にいつまで。
タケル様はどこじゃ。
何があった。
タケル様に何があった。
こんな所に閉じ込められて。
外がざわついている

こんな蔵に閉じ込めて置いて。
カネモチは何処に行った。
皆、武器を持って固めておる。
戦が始まるのか」

崋山が語るのを見ていた星読は急に胸を押さえて苦しみだした。
菊如はそれを観て、星読を崋山の前に座らせた。

星読の過去生・サンジカネモチが現れて苦しんでいた。

崋山に懸かったミヤズ姫と星読から現れたサンジカネモチが語り合う形になった。

ミヤズ姫が詰問した。
「タケル様は何処じゃ」
「姫…」

「何をした」
「タケルの命、もはや…。
姫を苦しめただけのタケルは在らず。
姫のため、この手で…。
姫を守るため。

ご安心なされ。
カネモチがこの手で…。
姫、もう心配いらぬ。
姫、我に続け。
この地を去りましょう」

ミヤズ姫は何が起きたのか、悟った。
「わらわは待つ。タケル様を待つ。死んだりなんかせぬ」
「タケルは二度と現れませぬ」

ミヤズ姫はサンジカネモチにきっぱりと言った。
「わらわの前から去れ」
「何とぞ我と共に」カネモチは両手をついて言った。

「わらわの前から去れ」
「それほどまでに…」

「わらわの前から去れ」
「お許しくだされ。タケルと共に居ることができます」

一瞬、サンジカネモチの剣がミヤズ姫の喉を切った。

ミヤズ姫は何が起こったかもわからず、座ったまま絶命した。


しばらくして、ミヤズ姫の魂が語った。
「わらわはカネモチに刺された。喉をやられた。
人を思ういちずな気持ちが、何故、このような次第に流されねばならぬかのう。

遠い異国の地から来て、やっとこの地に根付き、このようなことになろうとはのう。
何故、タケル様はわらわの元に来ぬ…」

サンジカネモチが答えた。
「戦のことで心がいっぱいだったのです。
人を思う気持ちの余裕がなかったのです」

「しかし、ジングウと会っているではないか。
「密談をしていました」

「わらわよりジングウと会っているのではないか。
そんなにジングウはすごいのか」

「姫を苦しめる者をカネモチが…。
姫は誰にも渡しませぬ。
生まれ変わられて、また一緒に」

「我はいくぞ。わらわの命を奪いし者よ」

こうして、ミヤズ姫は崋山から去って行った。

過去において、星読は私を殺した。

<20191020>



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by lunabura | 2019-10-20 16:51 | 「脇巫女Ⅱ」 | Comments(0)

脇巫女Ⅱ 16 第一代ヤマトタケルの死/六嶽サヨリ姫の葬儀


脇巫女Ⅱ

16 第一代ヤマトタケルの死/六嶽サヨリ姫の葬儀


ヤマトタケルは熱田モノノベの長・サンジカネモチに倒された。

◇◇ ◇
一方、深手を負ったヤマトタケルには傍の者五人が従った

ヤマトタケルは腹部に深手を負い、瀕死の状態で「泉水」までたどり着いたとき
のどの渇きに耐えかねて一口水を口にする
その水は赤くにごった水
この地の者は知っていた・・・水銀の混じった水・・・決して口にはしない水

「新延」(にのぶ)まで来たヤマトタケルは苦しさのあまり、
自らの鎧を取るように命じる

鎧が見つかることを恐れて隠した・・・その地は「鎧塚」

この「新延」で岩にもたれ息を引き取ったヤマトタケル

そのことを悟られまいとして一行が向かったのは剣岳
ヤマトタケルに従う者たちの地

五人はヤマトタケルを剣岳の麓に埋葬し
近くの木の枝を折り、それぞれ山頂に向け植えていった

そこは、以前「菊如」さんが見えない大きな鳥居を見たところだった

五人はヤマトタケルを埋葬した麓に再び戻り
ヤマトタケルを中心に五角形の位置に座り、永遠の秘密が暴かれぬよう願い
その場で自害した

◇◇◇

何故、側近の五人は自害したのか。
自害の必要があるのか。
私は疑問に思って尋ねた。すると、思いがけない答えが返ってきた。

王たる人物には影武者的な跡継ぎが決められていて、
王が亡くなっても、すぐに代わりの者が動けるような仕組みがあったという。

ヤマトタケルの場合も第二代、第三代が決められ、側近も組織化されていたため、
第一代ヤマトタケルが死ぬと、第二代が取って代わり、
外見では何ら変化が分からぬようになっていたという。

このため、第一代の側近たちは戻る場所が無くなってしまい、
自害の道を選んだと言う。

こうして、第一代目のヤマトタケルは死んだが、
ただちに第二代目のヤマトタケルが指揮を執るようになった。
見かけ上は何も変化は起きていなかった。

それを知らないサンジカネモチはサヨリ姫を守る為に、熱田に戻ってきた。

◇◇ ◇

「熱田もののべ」が守らなければならないもうひとりの姫がいた
それが「六嶽」から「熱田」にお移しした「サヨリ姫」だった

しかし、「六嶽の姫」は同行しようとなさらず、この地に留まると言われた


「熱田もののふ」は「二度と戦いには行かない」と言い、
その証に「三折の剣」を差し出すも、姫は聞き入れてくれなかった

悩んだ「熱田もののふ」は
ヤマトタケル側の攻撃を阻止する為
「熱田」と「六嶽」を守る為
「熱田もののふ」の命よりも大切な「六嶽の姫」の命を奪ったと
デマを流した

さらに「熱田もののふ」は「六嶽の姫」の埋葬を剣岳の正面の段丘で行なった
このとき、石棺に遺体を入れなければならなかった
・・・身代わり・・・
「熱田もののふ」は口には出来ない

一人の脇巫女が自ら身代わりになることを申し出た

その脇巫女を石棺に納め
地中に埋葬した・・・生きたまま・・・

このとき「熱田もののふ」は
自分の考えを「熱田」のモノノベたちに告げずに戦いを始めたことを心で詫び、
ヤマトタケルの軍勢がこのまま去ってくれることを願った

一部始終を見ていたヤマトタケルの軍勢が
「このようなことをしてまでも守りたいのか、
ならば、このまま先に進もうか」
と考えたのを、「熱田もののふ」は知らなかった

“悲劇の序章”・・・“見なければよかった”・・・“聞かなければよかった”

なんと、剣岳にはヤマトタケルと呼ばれている無傷の武将がいた
第二代目だった


◇◇ ◇

六嶽のサヨリ姫の見せかけの葬儀の場所。それが、あの「鷹の口おだ山」だった。

サンジカネモチが守るべき二人の姫。
それがミヤズ姫とサヨリ姫だった。

ミヤズ姫はヤマトタケル側との和議の証として既に差し出していた。
それを後悔したサンジカネモチは、サヨリ姫までも差し出す訳にはいかなかった。

サヨリ姫は死んだことにして、かくまおうと思っての偽の葬儀だった。
ヤマトタケル側に見せるためのものだった。
六ケ岳の秘密を守り通すために。

<20191019>




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by lunabura | 2019-10-19 21:07 | 「脇巫女Ⅱ」 | Comments(0)

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