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ひもろぎ逍遥

<   2019年 12月 ( 19 )   > この月の画像一覧

脇巫女Ⅱ41 神功皇后4 セオリツは

脇巫女Ⅱ

41 神功皇后4 セオリツは




神功皇后が語り始めて、かなり時間が経った。もうそろそろ終りの時だ。
しかしもう一つ、どうしても確認せねばならないことがあった。

それは神功皇后が生んだ双子の妹、セオリツの行方だ。
私は尋ねた。

「セオリツは生まれたあと、どうなったんですか」

「ある時、夜にお告げを受けました。夢うつつの中で『そなたは神の子を生む』と。その頃、自分が生んではいけない子、スクネの子を身籠りました。

私は迷い、不安の中にいました。生まれなければいい。しかし神の子を生まねばならないのなら、心して生もうと覚悟を決めました。
が、まさか双子とは思っていませんでした。

最初に生まれた男の子が神の子、この国を治めてくれる子だと思いました。
ところが、二人目の陣痛が始まって、女の子が生まれました。その子を見た時、光り輝き方が違う、神の子は女の子の方だと分かりました。でも、双子は不吉とされていました。

考えている余裕はありませんでした。隠さねばならない。神の子が一人で生きていけるため、しっかりと隠して育てなければならないと思いました。

何処に隠すか。

私は、一番信頼できる、感情が入らない二代目タケルに相談しました。

タケルは表情一つ変えず、分かりました、この子を守っていきます、と言いました。ただ、守るためなら、完全に縁を切らなければなりません。さもないと情報が洩れます。誰かが気づきます、と言いました。

私は娘をタケルに委ねました。私の思いは付けておりません。母の思いは伝えませんでした」



「二度と会わなかったんですか」

「ええ。それ以降、どうなったかは知りません。私が関われば、あの子の身に危険が及びます。もとに戻るわけにはいきませんでした。あの子を守るためなら、どんな我慢でもできる。

神の子を生んだのは事実です。それから一切の消息は取っていません。何処かで必ず生きている。様々な人のため、神の子として役に立っているだろうと思っています」


「でも、二十年ぐらい経ってなら、大丈夫だったんじゃなかったのですか」

「誰も信用できません。軍が大きくなりすぎました。身動きが取れなくなりました。あの頃に戻りたい。大きくなり過ぎました。進み出した船は止まりません」


「あなたは最終的には自分の宮を何処においたのですか。出雲ですか」

「仲哀天皇が生きているなら出雲に戻る気になったでしょうが。一番楽しかった香椎に戻りました。あの頃が一番大変だったけど、楽しかった。目を輝かして国の事を語り合っていました」

「朝廷は香椎宮になったのですね。何歳で亡くなったのですか」
「今でいう28歳。胸を患いました」

「その後、夫はいたのですか」
「いいえ」

「看取ってくれた人はいましたか」
「いいえ。木月の方から巫女が三人来ました。タケルが向かっているという知らせが来ましたが、間に合いませんでした。二代目タケル…タケルは次の世代になりました。それまでです」

――神功皇后は我が娘を守るために、セオリツを二代目タケルに預け、一切の消息を絶ったという。神功皇后の覚悟は壮絶だった。


 神功皇后は28歳で亡くなったという。
日本書紀は100歳まで生きて武内宿禰と共に政をしたように書いている。

『高良玉垂宮神秘書』では、誰よりも先に亡くなったように記す。そのため、妹の豊姫も武内宿禰も玉垂命も都を出なければならなくなったと。
史書もさまざまに記しているのが現状だ。


さて、最後に神功皇后は、セオリツを菊如に見せたいと言って、赤子を抱かせた。

やっと会えた…。

――セオリツの行方は二代目タケルしか知らない。


<20191226>



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by lunabura | 2019-12-30 18:01 | 「脇巫女Ⅱ」 | Comments(0)

脇巫女Ⅱ40 神功皇后3 倭の女王と来雲の巫女

脇巫女Ⅱ

40 神功皇后3 倭の女王と来雲の巫女




神功皇后は倭国に魏が攻めて来たという。

「魏の国が攻めて来たのですか。戦いはどうなりましたか」

「あの者たちは力で押してきました。力では及びません。私たちは三方から囲みました。私が居ると見せかけた陣営にはタケルとスクネが構えました。
敵はよほど力に自信があるのか、前しか見ていませんでした」

「その陣営とは香椎宮ですか?神功皇后は木月宮にいたのですか」

「ええ、そうです。内通者がいるのに気がついていました。スクネが気づきました。ですから嘘の情報、私が香椎宮に居るように見せかけました」

「で、勝つことは出来ましたか」
「完全勝利とはいきませんでしたが、大きな戦争を終えました」

「敵は上陸してきたんですか」
「ええ。上陸しました。船で戦うのは上手くいきませんでした。悔しい思いをしました」


「で、和平交渉したんですか」

「一度は撤退させました。その時、こちらから使者を送りました。あの内通者を使者にしました。そのあと、スクネが正式の使者となっていきました。和平交渉は同じ立場でないとできません。向こうを有利に立たせる訳にはいきませんでした」

――魏の国と正式に交渉した人となると、倭の女王になる。その名が卑弥呼だ。神功皇后が卑弥呼というのか。



「魏の国の本に書かれている卑弥呼は神功皇后ですか」

「そうです。スクネの話を信じたのでしょう。私はこれ以上、戦う方法もないし、終わりにしたいと思いました。しかし、五分五分でないと攻め込まれます。

嘘でも、やっつける力があると見せかけねばなりませんでした。
そのための話をスクネがやって、魏からの攻撃は止まりました。
私は内を固めねばなりませんでした。それに専念しました。私は疲れてきました」


「スクネはあなたがもう戦いたくないのを、戦わせようとしたのですか」

「ええ。出雲に帰りたかった。今のような生活は疲れていって。仲哀天皇が亡くなり、私たちを取り囲む人たちの思いがいろいろと変わってきました。違う方向で物語が進められていきました。
元の位置に戻りたくなりました。それをスクネは許しませんでした。身も心もボロボロになり、元の位置に戻りたかった」

「元の位置とは出雲ですか」
「ええ」

――ちなみに、史書では、神功皇后と仲哀天皇の新婚の宮は福井県の気比宮だ。

また、時代的には神功皇后が香椎宮にいたのは西暦200年、神功皇后が死んだのは248年と日本書紀は記す。一方、卑弥呼が死んだのは西暦248年と、魏志倭人伝は記す。
史料的には神功皇后と卑弥呼は同時代の人である。

それが同一人物かどうかは、私は否定的な立場だ。しかし、当時の「倭の女王」となると、神功皇后がとなる。その辺りの矛盾が解けないでいる。

しかも、「脇巫女」の場合、ヒイラギ・ミクマナルも自分は卑弥呼だと言っていた。ここは確認しておかねばなるまい。私は尋ねた。

「ヒイラギ・ミクマナルは飯塚の出雲の人ですが、飯塚の出雲と島根の出雲はどう違うのですか」

「平塚の方が元出雲です。今の出雲大社の場所は私たちが住んでいた宮廷で、神社ではありませんでした。
元は飯塚の方です。大国主・ヌタが祀られる場所が飯塚です」

「ヌタはあなたの時代ではないのですか」

「ヌタとは個人の名ではありません。地域の人たちが出雲の神の事をヌタさまと呼んでいました。
出雲大社の大国主も元は飯塚です」

「ヒイラギ・ミクマナルにイヨという娘がいて、魏から嫁取りしたいと言ってきた話はご存知でしたか」
「知っています。魏にはスクネが行きました」

「ヒイラギさんも自分は卑弥呼だと言っていますが」

「私とは違う、出雲の流れの巫女の方々が代々いました。
それを魏の国が嫁取りしたいと言ってきましたが、嫁には出したくない、と。
私が魏と戦ったのを聞きつけて、私に嫁取りの話を相談してきました。どうにかならぬかと。

私は娘に聞きました。一緒になりたいかと。娘はこの地を離れたくない、この地で一生過ごしたい。役目もある。離れたくないと言いました」

「では、断ったのですか」
「ええ。再度、私がそこを通った時の出来事です。知らぬ顔は出来ません。使者の名前はスクネ。二度目の使者を魏に送りました」

「どういう内容ですか」
「娘をどうしてもやれない。和平のため、そちらが嫁取りをあきらめてくれぬかと。

魏は黄金が目当てだったので、そこの問題が解決しなければ、永遠に続く。この地を守るために交渉せよ。必ず奪いに来る。金と交換するように和平を結んで、お互いに物々交換できるようにするのがよい。金を渡す代わりに何か欲しいものはないかと尋ねました。

すると、鉄が欲しいというので、鉄と金を対等交換するように話を進めました。偶然にも互いに融通が利き、魏との物々交換を交渉することになりました。そのうち、男女で愛し合うものも出来て、上手く交流が出来るようになったと聞きました。

九州以外の国とのやりとりの先駆けとなったのです」

――この話では卑弥呼とは普通名詞として取り扱っているようだった。

来雲(古出雲)の巫女の名声は魏にも届いていたのだろう。そして、魏と戦った神功皇后が来雲の代わりに交渉に臨んだ。

魏志倭人伝にも、倭には30ほどの国があり、その代表として倭の女王が交渉したように書かれている。来雲の件を倭の女王が代表して交渉したというなら、意外にも辻褄が合って面白い。

もちろん、この「脇巫女Ⅱ」は史実として論考しているのではない。パラレルワールドの住民が私たちに何を伝えたいのか、楽しめばよいだけである。

<20191229>



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by lunabura | 2019-12-29 20:09 | 「脇巫女Ⅱ」 | Comments(0)

脇巫女Ⅱ39 神功皇后2 出雲の日々

脇巫女Ⅱ39 神功皇后2 出雲の日々

さて、仲哀天皇と神功皇后は何処から来たのか。
その辺が知りたかった。都という言葉を使わずに尋ねることにした。

「もともと仲哀天皇と結婚したのは何処ですか」
「仲哀天皇とは、幼い頃、一度会ったことがあります」

「それは何処ですか。九州ですか」
「いいえ」

「日本海の方ですか」
「ええ。宮廷の庭で。幼いころ、6~7歳の頃でした。
お庭の松の木の枝にウグイスが止まっていました。
幼い仲哀天皇がウグイスを呼ぶと手に止まりました。

その姿を見て、すごい人だと思いました。声を掛けようとした私を見て、宮殿の中に入っていかれました。寝巻のままでした」

「その頃の朝廷は何処にありましたか」
「私は宮中に手を引かれて、美しい中庭を、長く続く廊下、その廊下の先に部屋があり、手前に御簾かかかっていました。仲哀天皇は階段ではなく、渡り廊下によじ登って行かれました」

――何処という質問から、神功皇后は仲哀天皇との出会いを思い出していた。結婚した所も、宮廷という答えになろう。確かにそれも答えだったが、私が知りたいのは何県なのかという事だった。質問は曖昧でなく、直球で率直に出さねばならないことを知った。

「現在の何県か分かりますか?奈良県ですか」
「いいえ」

――私は候補を挙げた。石川県?山口県?広島県、能登半島?
そして出雲を挙げた時、反応があった。

「出雲です。白い石が敷き詰められている庭に渡り廊下があって、入り口に御簾か掛かっている。部屋と部屋を丸い太鼓橋のような廊下でつないでいました。
男の子は渡り廊下の横からよじ登って入っていきました。

庭がきれいだったので、私は入り口から入らずにお庭から入ってしまいました。
沢山の部屋が廊下で繋がっていました。

縁談が14の年に来ました。お名前が慈恩さまと聞きました。
見たことのない方との縁談は良くあります。13~4歳といえば、嫁入りの年でしたので。
でも相手の方が、久方ぶりに会ったウグイスの君で、嬉しく思いました。
慈恩さまは身体が弱く、床に臥せていることが多い方でした」

「神功皇后のお名前は?」
「慶」の字を紙に書いた。これは漢風の対外的な名だろう。本当の名、幼名をどうやって聞き出そうか。そうだ。母からの呼ばれ方で分かるはずだ。

「お母様はあなたの事を何と呼ばれていたのですか」
「幼いころですか。美筒姫です。みつづきひめ」

――おお、これは美しい名だ。「筒」とは星のこと。「美しき星姫」という意味になる。

「仲哀天皇と結婚した時、天皇は何歳でしたか」
「私より五つ上の19歳です。身体が細く、小さい方でした」

「お二人の間に子供はできましたか」

「できませんでした。そういう状態でもあれ、そちと一緒に過ごしたい、と言われ、一緒に海辺に出掛けたり、そう、馬に乗って出かけたりしました。馬には良く乗りました」

「その仲哀天皇が戦いをしないといけなかったのですか」

「ええ。無理に決まっています。しかし、こちらが攻め込まれ、何もしない訳にはいきません。立ち上がらねばなりませんでした。私は、あなた一人が戦うのではなく、みんなで戦いましょう、と言いました。それに、仲哀天皇が戦略を立てた如く動いてくれる心強い者がおりました」

「それはどなたですか」

「スクネです。スクネは私たちの側にいました。天皇とは幼馴染の関係です。スクネは側近をしていたので心強かったのです。ですから、仲哀天皇が身体が弱いことを表にせずに戦えたのです。

周囲の者たちは私より仲哀天皇を慕っていました。しかし、私が表に出されるようになりました。
天皇の周囲が勢いづくと資金が入り、多くなり、豊かになりました。民の顔の色も良くなりました。

軍が大きくなると仲哀天皇はさみしそうでしたが、私は気づきませんでした。途中でやめられなくなりました」

「敵は何処なんですか。日本の中?朝鮮半島?」

「海の向こうの乾燥した地帯の者。水に囲まれた私たちを狙ってくる者。土地が欲しく、豊かな風土、気候が欲しくて荒々しくやって来る者。すべて力でねじ伏せようとする者たちです」

「今でいう中国の砂漠の国?魏の国ですか」
「そう。魏。鬼そのものでした。大きな船でやって来ます。大きな声で叫びながらやって来る。正面から」

「それで九州に来られたんですか」

「ええ。九州は敵が入りやすい。逆に、あそこをきちんとしておけば入りにくい。船は人手と風に乗ってやってきます。だから、潮の流れと風によって入って来る所が決まって来ます。

福岡に的を絞りました。四方八方から入る船を見張られる場所に。
月、星、潮、それら自然そのものに卓越した者が九州という場所にいる。
森羅万象と共存する者がいる。この四方を海に囲まれてすべてを読み取る者。

その人たちを探しました。地元の人を味方につけるのが一番です。
その信仰を損なわぬようにし、宮を建てて。地元の民を抑え込む訳ではなく」

「その人達が大切にする神様を大切にしたんですね」

「ええ。私はどんな小さな祠であろうと、礼を尽くすのは当然と思っています。
わたしたちは他の民の神を抹殺するようなことはしません。
山の方から来る敵はタケル、スクネに任せました」

ーーここで、タケルの名が出て来たので、初代かどうか確認することにした。

「ヤマトタケルは今でいうドイツ辺りから来た一代目ですか」

「ええ。穏やかな人物でした。優しすぎるものがありました。
私たちは移動して元の場所に帰る日々です。その地に深くかかわるので、心を置いていくと、後で苦しみが訪れます。
私たちはいずれ去る者。一代目タケルは深く関わりすぎました。優しすぎました」

「ヤマトタケルの父は景行天皇となっていますが」
「景行天皇の正室ではなく、外に作った子。側室の子供です」

「景行天皇の子が仲哀天皇ですか」
「違います」

「仲哀天皇とスクネの関係の方が深いですか」
「ええ」

「スクネは何人ですか」
「倭人、日本人です」

「物部氏ですか」
「そうです」

「スクネの名前は?幼いころ何と呼んでいましたか」
「物部篤盛。香月物部です。幼いころに離されています」

「どこでその力を」
「特別な力を持っているゆえに、皇族に呼ばれました。様々な事が分かる。それがスクネ。幼いころ、侍の手に惹かれて宮中にやって来ました」

「そのスクネの年は、神功皇后より年下ですか」

「三つほど下です。仲哀天皇の年下。7歳の時、仲哀天皇の側に、お付きのように。香月から出雲へ連れて来られました。お気持ちが合うので、私たちは三人で仲がよかったのです」

――スクネもまた香月物部だった。その名は篤盛という。幼いころから霊能力が目覚めていたのだろう、わずか7歳の時、福岡の香月(かつき)から島根の出雲に連れていかれたという。仲哀天皇の側近として育ち、そこに神功皇后が14歳の時に輿入れした、ということになる。

 
 敵は新羅(しらぎ)ではなく、魏(ぎ)だったという。

 ここには大きな謎がある。日本書紀では朝鮮半島の事しか書かず、中国の事は書いていない。一方、魏志倭人伝では、魏の役人が倭国に来ている。

魏は建国後、拡大していて、朝鮮半島の北部では大量虐殺を行っていた。その風聞は船乗りたちから九州に届けられただろう。

<20191228>



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脇巫女Ⅱ39 神功皇后2 出雲の日々_c0222861_18414040.jpg

by lunabura | 2019-12-28 22:00 | 「脇巫女Ⅱ」 | Comments(0)

脇巫女Ⅱ38 神功皇后1 明かされた秘密

脇巫女Ⅱ
38神功皇后1 

明かされた秘密


実は王塚古墳でドゥックが語る三日前に、私たちは結願(けちがん)をしていた。
2019年12月19日のことだ。
その日は午前中に直方市の龍王峡に鎮座する龍王神社と秋葉神社に行った。

さて、この物語の終着点は何処なのか。

鞍手にヤマトタケルが登場してから、物部同士の戦いが起きた。
そして古出雲ではヒイラギが神功皇后を待っていた。

二つの地域の物語は同時代の話だった。
バラバラのピースが少しずつ繋がりながらも、範囲が拡大していった。
これ以上は広げるとキリがない。

これら全体に関わっているのは誰か。
謎が解ける中心的人物は誰か。
私たちは話し合った。

その結果、神功皇后の名が挙がった。

神功皇后の双子の父親は本当に初代スクネなのか。
仲哀天皇を殺したのはそのスクネなのか。
スクネ殺害を命じたのは神功皇后なのか。
スクネを実際に殺したのはタケルか。
その訳は?
さらに、仲哀天皇と神功皇后はいったいどこから来たのか。

神功皇后に尋ねれば、一気にパズルが繋がる。

しかし、神功皇后を呼べるのか。
相談しているとき、崋山が神功皇后の出産を体験させられていたことを思い出した。

神功皇后は双子を出産した事を、崋山を使ってわざわざ知らせてきたのだ。
だから、アクセスできる、と我々は確信した。

「分かった」と言って、崋山は当時を思い浮かべた。
すぐに神功皇后が懸かった。



「ついに来ましたか」
神功皇后は待っていたかのような素振りだった。

菊如が「お久しぶりでございます」と挨拶した。
皇后はすべてを承知していた。

「すべての物語の中の、一つの筋書きが聞きたい、ということでよろしいですか」
「はい」

「私は誰にかに操られている訳ではございません。
仲哀天皇と一緒に、外の国から我が国を守るために戦ったのでございます。
わたくしを神の力が宿った巫女と言う者もおるが、そうではありませぬ。

この地域の風土、天候、あらゆる暦などから、森羅万象を捉えただけで、神の力が宿った訳ではありません。
星、月、風、波の高さから自然を読み取る力を、周りの者たちは、私に神の力が宿ったと思っていました。

まず一つ、この地域、この国が黄金の国と呼ばれるようになった時、この国を守らねばならなくなりました。
海賊や船で襲ってくる者、この地を我が物にしようとする者に対して、もともと初めから住んでいる者たち、それだけでは国を守ることができません。
外からこの地域を守るため、私は剣を取りました。

ただ、仲哀天皇はお身体が弱ったのでございます。ただ、弱いだけではなく、自然の営みからいろいろな予測が出来る方でした。

それでも身体が弱く、横になっている時間が多かったから、分かるのは潮の香、海の音など、風に乗ってくる物を良く感じておられました。大雨が来る時の湿気の香りなど、読み取る力は仲哀天皇の方にありました」



私は尋ねた。
「仲哀天皇の本当のお名前は?」
「慈恩(じおん)です。彼は天皇とは言えども、いつも日陰に隠れ、私の方が表に出ておりました。
彼は寝間(ねま)から窓の外を見ていました。そして、そろそろ雨が来る。大雨になる。船を海ではなく、川の内側に入れるように、と命じたりされました。

私たちは燃えるような激情の愛ではありませんでしたが、彼の存在はとても暖かく、決してないがしろにした訳ではありません。彼は、すまない。すまない、といつも私に言われるのでした。

私は仲哀天皇が亡くなった時、考えました。

何故。彼が亡くならねばならなかったのか。女が何故、何千何万の兵達の先頭を切っていかねばならないのか。

今までがむしゃらに、流れに乗ってやって来ましたが、亡くなった時に振り返りました。
仲哀天皇が亡くなったあと、私の中で彼の存在はとても大きかった。

仲哀天皇を世の中の為だと言って殺したスクネを許すことはできませんでした」

――仲哀天皇は病弱で、それゆえの感性の鋭さで未来を予測していたという。このため、神功皇后の方が表に出ていた。二人は穏やかな愛情を育んでいた。

しかし、神功皇后の双子の父親は誰か。スクネは自分の子だと主張していた。これを直接確認せねばならなかった。



「双子の父親は誰ですか」

「スクネです。あの頃の私は今から戦わねばならない敵の大きさ、新たなこと、おのれの知らぬ世界に出て行かねばならない状況に、我ながら恐れおののいていました。本当に自分にできるのだろうかと。

向かってくる敵から守るためにこちらから攻めて行かねば、と考える事はとうてい出来ませんでした。

先頭に立たねばならない不安を解消してくれるタケルとスクネの存在は大きいものでした。仲哀天皇は、存命の時、まずそれをやり遂げねばと言いました」


「その時のタケルは二代目ですか」

「ええ。青い目ではない。タケルとスクネ。あの二人の背中を見ていると、何でもできると思いました。私は穏やかに、普通の女性で過ごしたかった。タケルとスクネの二人で面白いように話が進んでいくので、恐ろしくなる時もありました。

あの二人が全てを整えてくれました。たくましさと恐ろしさを感じていました。
その不安を抱いて心を泳がせていると、スクネが声を掛けてきました。

お察しします、これはこの地の為、人の為、今あなたがた迷っていれば、付いてくる兵達も迷います。しっかりと心を保つ時、今ひと時、心しっかりと保ってください、と」
 
「そういう話は木月の宮でされたのですか」

「あの場所では、先陣を切る私ではなく、普通の私に戻れました。
立ち入るべき人物が決まっていました。私はタケルと会っていました。スクネも来ていました。
そういう時でした。タケルが居ない時に…。
あの日、あの時を境にタケルとスクネと私のバランスが崩れました」


「それはどうして?」
「私はスクネの子を身籠ることが許されません。
それを明らかにすることも先々決して出来ません。
しかし、スクネの子を身籠ってしまいました」

「スクネが上位に立とうとしたのですか」

「ええ。それが見えました。
二人の子を仲哀天皇の子として育てなければならないのに、スクネは毎晩来て、自分の子と言いました。私は認めませんでした。

ついに、タケルに正直に話して、授かった子の父親がスクネだということは表沙汰にできない、仲哀天皇の子として育てるために力を貸してほしい、と頼みました。私が距離を置きたいと思うのをスクネは感じ始めていました。

同じ立場で、三人は同等の力関係でいなければならないのに、私が女になってしまったばかりに起きたのです。三人のバランスが崩れると陣営に影響を及ぼしてしまいます。

私の話をタケルは受け止めました。

木月では三人で話し合うべきものを、タケルと二人で話し合いました。スクネを遠ざけた訳ではないのです。三人の均衡を保とうとしたのです。スクネの態度に心が揺れ動き、関係も変わってきました」

――双子の父親はスクネだと、神功皇后はあっさりと認めた。しかし、あくまでも仲哀天皇の子として育てなければならないのを、スクネは我が子として育てようと主張した。

戦いを前にして、タケルとスクネと皇后の三人で合議する場において、スクネの態度が大きくなっていったことに神功皇后は不安を覚えていった。

スクネは仲哀天皇を殺した。そして神功皇后を表に立てて、そのカリスマ性を利用しようとした。神功皇后はそれに我慢できず、スクネ殺害をタケルに命じたということだった。

<20191227>



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by lunabura | 2019-12-27 20:06 | 「脇巫女Ⅱ」 | Comments(0)

脇巫女Ⅱ37 ドゥック3 王妃の目

脇巫女Ⅱ
37 ドゥック3 王妃の目




菊如が貴船神社のヒイラギ・ミクマナルについて尋ねた。
「貴船のあの方は」
「あれは、王妃が後継ぎと思って育てていた者。雷を呼び、呪術をする者。ヒイラギ・ミクマナル。王妃はその貴船から来た。その場所が元住んでいた場所だ。あの場所が、お屋敷があった場所だ」

私は確認した。
「出雲ですね」
「ああ。祭祀をし、雨雲を呼び…」

「住んでいた所ですね」
「ああ。ここは後の場所。ここは住む場所ではなかった」

――出雲の貴船神社の所が屋敷があった所で、王塚古墳の場所には住んでいなかったという。
この地はアルゴラというが、国としての名前は違うだろう。それを尋ねた。

「この国の名前は何というのですか」

「この地は今では日本になっているが、あの時代、百もの国があり、どの国が治めているというものではなかった。様々な者が来ていた。ここはいわゆるフリーな場所だった。逆に言えば、いろんな国の事は、侍より知っていたと思う。鉱山に来る、船に乗って来たやつらの方が知っている」

――具体的な答えはなかった。そういえば、異邦人が集う所、それを真鍋は八重洲と記していた。

「八重洲だったのですね」

「そう。この日本の始まりは九州から、と言っても嘘ではない。王妃がここに納められたのちに、大きな地震が起きた。この地だけは不思議に守られたが、見よ、この地一帯を見渡せるようになった」

――そう言われて、冒頭に述べた景色を思い出した。カルデラの中央に出来た古墳のような印象なのだが、ドゥックは、地震によって周囲が陥没した地形だという。

たまたまこの王塚古墳の丘は陥没しなかったらしい。そういえばヒイラギも周囲が低くなったと言っていた。その意味が良く分からなかったが、王塚古墳から周囲を眺めると、その話が理解できた。

地震と陥没があったとすれば弥生時代が終わって古墳時代に入った頃のことになろう。この陥没地帯に水が流れ込んで、今は川が流れる豊かな地となった。

 当地は石炭鉱脈の上でもあり、現代の話だが、坑道によって各地で陥没が起きた。鉱害対策費用で新築の家が沢山建てられた話を、古墳の上でしたばかりだった。



ドゥックはさらに言った。
「その、墓の下の掲示板に絵があるな。あれは王妃の目だ。いつも見ているという象徴だ」

「双脚輪状文の事ですね。でも、あの絵は王妃より300年以上も後のものですが」
「我々の棺に納められて、王妃の目として掲げていたものだ」

「それを継承して変化したものなのですね。王妃の目には入れ墨があったのですね」
「そう。困った時、この地を守る。そう約束をした」

――これを聞いて、私はエジプトの神、ホルスの目を思い浮かべた。目の下に二つのラインがある。これが「双脚」のことだろうか。
エジプトの棺の中の側面にはホルスの目が描かれていて、ミイラはそこから外を見るという説がある。台湾辺りの船にも船首の左右に双脚輪状文が描かれているのがある。
これを目とすれば、説明はつく。

周囲の三角形の文様を「まつ毛」とするのは少し不自然に思えるが、その翌日、まさに「まつ毛」を三角形で表現する古代の人形を偶然にも見ることとなった。

双脚輪状文は、まだ定説をみないが、「目」か…。
ヤバい、そう思うと、そう見え出したではないか。
ま、いいか。


かなり時間が経った。そろそろ終りの時だ。最後に確認した。
「ここにいる国造を知っていますか」

「ああ。この話を聞いて、心の奥底に動くものがありはせぬか。また共に働けるぞ。のう。そなたにしか出来ぬことがある」
と言った。
そして、「それでは、私もずっと寝ている場合ではないではないか」と伸びをした。

菊如が言った。
「一度帰りますか」
「ああ。この地を守る」
そういうと、男は崋山から去った。

時計を見ると11時11分だった。
12月12日11時11分とはまた、ゴロが良かった。

気温は11度だったが、不思議に暖かい時を過ごした。



ドゥックが去ったあと、崋山は
「国造とは、生まれ変わってまた会おうぞ、と言い合って殉葬された」と言った。そして、
「ここは水が足りなかった所」とも。旱魃に苦しむ土地柄だったらしい。だから、この地の巫女は雲や雨、水の祈願が重要だったのだろう。

ちなみに、王妃の名、天のミクマリの命のミクマリとは漢字で水分と書く。


墳丘を下りて掲示板の前に立つと、そのすぐ手前に気を発している所があった。
この下に棺があるのだろうか、と話し合っていると、見学の人が初めてやってきた。

男の人だ。
すれ違いざまに魂が「アラッスゥ」と菊如に伝えて来た。
アラッスゥは殉葬された五人の一人に違いない、と菊如は言った。

五人の殉葬者は「ドゥック、国造、アラッスゥ」の三人まで分かったことになる。


私たちは、この後、出雲の貴船神社に行った。
銀杏の大木の根元に母子草が黄色い花を付けていた。
季節外れの母子草。
12月というのに不思議な光景だった。そこにヒイラギミクマナルの石棺はあるという。

一年前、菊如と崋山が初めてここに迷い込んだ時、ヒイラギは高台から誰かを待ち続けていたそうだ。待っているのはヌタか神功皇后かという話になった。

この日、改めてヒイラギを崋山に懸けて、尋ねた。
「ヌタを待っているのなら、手を挙げよ」
何も変化がなかった。

「神功皇后を待っているのなら、手を挙げよ」
その手がするすると挙がった。

氏子さんがちょうど掃除に来ていた。
挨拶をすると、いきなり「ここは出雲です」と言われた。
今は平塚だが、小字に出雲が残っているらしい。
平塚にはもう一つ神社があって、八大龍王神社があると、話してくれた。

また、近くで前方後円墳が発掘されているとも。
この話に菊如が反応した。
私たちはその古墳に向かう事にした。

ここを出る時、ちょうど12時の町内チャイムが鳴り響いた。
12月12日12時00分だった。

そして、教えられた古墳に到着したのは12時12分だった。
12月12日12時12分。ゴロが良すぎるが、意味がある数字なのだろう。

現地で学芸員に尋ねると、前方後円墳が築造されているが、弥生土器も出土しているという。
もともと集落があったのではないかとのことだった。
まだ調査中なので、この古墳の詳細は公表されてからにしようと思う。

最後に八大竜王神社に向かった。
氏子さんが言っていた平塚の神社の二つ目だった。
また、時期が来たら紹介することになろう。

こうして、冬の出雲の小旅行は終わった。

<20191226>



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by lunabura | 2019-12-26 15:55 | 「脇巫女Ⅱ」 | Comments(0)

脇巫女Ⅱ36 ドゥック2 アルゴラの王妃

脇巫女Ⅱ
36 ドゥック2 

アルゴラの王妃


ここから私がバトンタッチした。

「王妃と言うなら、その王様は誰ですか」
「この地は代々女系の王が治めている。男たちもこれに従い、武力でなく、王妃によりこの地は固く結ばれている。王妃は夫は持たぬ」

「子供はいたのですか」

「ああ。相手はこの地の者ではない。新しい血を入れなければならないからな。
この島国は一族や血にこだわるが、王妃はそれにこだわらず、同じ意識や志を持った者で治めていた。目の色や肌の色ではなく、気持ち、こころざしで結ばれていた。このような所はどの国にもない。

新しい取り組みにはカネが必要だ。だからこの地には様々な目の色の者、肌の色の者が住んでした。
王妃と話をし、この地で過ごすうちに、気持ちが変わっていった者もいる。

安住の地とし、住み着く者も多かった。
言葉は違えど、皆、王妃に心酔していった。

外から攻めてくる者、武力で攻めてくる者をどうするか。剣は持たない。あの向こうから攻めてくる者があった。でも、王妃には天が味方をする。王妃は雨、雷、地震、大水を起こした」

――王妃というからには王が居たと思ったが、そうではなかった。ここは女王国だった。何故王妃様というのか。そして、思い出したのがマクロ―の話に出てくるオホヒメの名だ。

オホヒメーオオヒメーオオヒさま。そう呼んだのかもしれない。私が王妃と書くのが誤っている可能性があった。


「この地を何というのですか」
「アルゴラの地と呼ばれていた」

「アルゴラの王妃」
「私たちはそういう様々な人種と住んでいた。
ある時、ここは我々の土地だ、という者たちがやって来た。そなたらの姿をした者がな」

「黒い目、黒い髪ですか」

「ああ。王妃に会わせろと言ってこの地に来た。王妃に会わせろ、と。
我々の王妃は会った。するとその男は、わたしたちに従え。統一する、と言い渡した。
大勢で馬に乗ってやって来た」

「何という人たちですか」
「大きな男か」

「はい。物部ですか」
「そう、物部の実篤。朝廷の命で来たと言っておった。この地を一つにまとめよ、と」

「香月ですか」
「ああ。そうだ。大勢でやって来た。剣を持ってやって来た。こちらは戦う気も従う気もない。
その時、王妃は言った。

私の命もあとわずか。私に出来ることは、この地に住むものたちが戦うこともなく生きて行くこと。その交渉はする、と。

さらに言った。
私はこの地で多くの事を教えて来た。沢山の智恵と生き抜く方法を。
何を大切にして生きて行くのかを教えた。
民はその教えで生きていける。

人の命は尽きる。
王妃は、心の種は植えた、と、そう言った。
そして、王妃はその者にこの地をゆだねた」

「実篤にですか」
「委ねるしかなかった。この地を守るためには、大軍勢の下に入るしかなかった」

――この平和の地、アルゴラに、剣を持ち、馬に乗って来た軍勢の長は香月実篤三郎太だった。香月物部だ。サンジカネモチがヤマトタケルを殺したことを知っていた。

初代ヤマトタケルが来てから物部が分裂したため、嫌気がさして鞍手を離れた男だ。


つまり、アルゴラの王妃の時代は「脇巫女」の時代だという事がこの人物で分かった。実篤が鞍手に居た時か、その後かは分からない。

ヤマトタケルらは統一を掲げて、各地を制圧していった。その一つがこのアルゴラだった。
 

「この地下に王妃さまが埋葬されているのですね」

「ああ。王妃が亡くなった後、物部が入って来た。この地の民たちは恐れた。今までとは違う風景になったのだ。外からは守られるが、風景は変わった。

でも、王妃は言った。それも時の流れだ。この力は受け継がれる。永遠に受け継がれる、と。この地、この国のためを考えて生きる者たちが少なからずいる。その種は植えた。

また生まれ変わる、とも話していた。
生まれ変わる。この地が危険な時、危うい時、また生まれ変わると」



菊如が尋ねた。
「それが今ですか。王妃は生まれ変わっているのですか。知っている人の中にいますか。その人の名は?」
「私は言えぬ。王妃の棺を守らねばならぬ」

「その分霊がいるのですか?」
「姫がこの世に戻ったら、この地にいる訳にはいかんな」

「知っている人の中にいますか」
「かもな」

ドゥックは答えをはぐらかした。

その後、ドゥックは今という時代について語った。

地球のバランスが崩れている。そのためになさねばならぬことがある。
あの時代とは違う。昔は知識も知恵も足りなかったが今は違う。散り散りバラバラになったが、今持ち寄る時が来た。

歴史を知るのは大事。それを踏まえてどうするか。それが大事。

歴史を記録して残す者が変われば内容は変わる。嘘をついているとは思わずとも、書き手で変わるもの、それが歴史だ。
昔話はまるでいい所ばかり書いているが、そこに大きな血が流れ、苦しみ、戸惑い、怪しいこともあった。

人がやって行くべきこと、行きたいこと、その思いは魂の記憶にある。
と語った。



<20191224>


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by lunabura | 2019-12-24 20:11 | 「脇巫女Ⅱ」 | Comments(0)

脇巫女Ⅱ35 ドゥック1 王妃を守って殉葬された呪術師

脇巫女Ⅱ
35 ドゥック1 

王妃を守って殉葬された呪術師



ヒイラギ・ミクマナルが現れてから、現地探査をせねばと思っていた時、ふと国造のブログを見て息が止まった。

あの貴船神社と古墳が紹介されていたのだ。
国造は何も知らない。
これを見て私は縁を感じた。

私は国造に何も説明せずに共同の現地探査を依頼した。

菊如たちと日程を合わせたが、四人の都合が合ったのが、2019年12月12日だった。
ヒイラギが出現してから一年と二か月も経っていた。

各地から集合するのに一番都合がいい場所が王塚装飾古墳だった。

私は今夏、バスハイクで来たばかりなので、今年は二度目だった。

四人が集合すると、一緒に墳丘に登った。
この前方後円墳は前方部に登れるように階段がついている。
私は地図を持って前方部から周囲を見渡した。

山手の方を見ると、山の手前に丘陵地帯があった。
いかにも弥生人が好みそうな丘だ。

そう思いながら周囲を見回していくと、細長い丘陵がぐるりと王塚古墳を巡っているように見えた。
さらにその奥に山が取り囲むように連なっている。

まるで阿蘇のカルデラのような地形をしていた。
その縮小版のようだった。

同じような縮小版は金剛山の周辺にもあった。
そちらは金剛タケルの居住地だった。

金剛山の山並みも、カルデラの半分が陥没して断層になっているように見える。
その中央部には火山が固まったような急峻な丘が並んでいた。
(次回、一月にバスハイクでその一部をまわる)

そして、今立っている所も、カルデラの真中に王塚古墳がある、といった風情だった。



後円部の墳丘を見ながら、菊如が「ドゥック、ドゥックって、聞こえるけど、誰?」と言う。

崋山は崋山で胃が痛いと言い出した。
話題はミイラを造る時に使うスカラベの話になった。

この時、既に崋山に古墳の人が懸かっていた。

急遽、古墳の上で結願をすることになった。気温は11度だった。

「ちょっと、寒いよ。車の中でやらない?」
と言ったが、二人の意志は固まっていた。

「ノートとペンは車の中にあるのよ」と言うと、菊如が「るなさん、取って来てください」ときっぱりと言う。
「は~い」
古墳と駐車場の間は数百メートルあるんだけど…。
エッサ、エッサ、走って取って戻って来た。



崋山は胡坐をかき、右手で膝を叩いた。ひどい咳をする。菊如が手を当てた。
「どうなされました。咳が出ていますけど、苦しいですね。治しましょう」
と言って真言を唱えた。

「大丈夫ですか」
「ああ。ここに、王妃と共に5名の我ら呪術師、共にこの中に納められた。王妃と共に。
ここに多くの者が訪れてくる。

そなたは知っておるか。
この上の者と地中の者の違い。二層になっておるのを。

この上には部族の主を、下には我々が納められている。
我々の下に王妃が納められている。

この王妃は死んだことを悟られてはならぬ。
ある時、王妃の遺体が盗まれた。何者かに。
もちろん、この世の命が終わってからだがな」

―― 二層というのは、弥生墓の上に前方後円墳が造られたということだった。
このような例は糸島でも聞いたことがある。
この古墳の場合、王妃の眠る部屋は地下にあり、階段で下って行った所にあるという。
その上に5人の呪術師が殉葬された。しかし、直後に何者かによって王妃の遺体は移動された。



菊如は尋ねた。
「あなたの御名前は何と言うのですか」
「私の名はドゥック」

「もともとこの地の方ですか」
「我々は後から入って来た。この地の争い事を鎮めるためにこの地に来た。
我々は船に乗ってやって来た。住んでいた場所はイシス。今でいうイン。砂漠の国よりやって来た。信仰するのはイシス。イシスの村からやって来た」

「何人で来たのですか」
「我々は13名。その間に多くの者が死んだ」

――私たちはハッとした。13名とは、ガードゥの船に乗った人数と同じだ。
この男がガードゥの時代にいたかどうか確認せねばならなかった。菊如は尋ねた。

「たまたま来たのですか」
「いや。ここは黄金の地と言われていた」

「どうして分かったんですか」
「海賊や海の者たちが集まっては噂している。
黄金の壺を探すためにこの地に来た。そして王妃と出会った」

「どんなふうにですか」
「王妃は他の人を快く受け入れる方だ。言葉は出来ないのに心で通じた。黒髪の王妃」

「王妃の名は?」
「口には出せぬ。黒髪の王妃」

「アメのミクマリのミコではありませんか」
「おお、何故、知っているのだ」

「その方は一度来られたことがあります」
「この地は干ばつがひどい所だ。雨、雨雲を呼ぶ姫だ。
あまりにその力が絶大なので、様々な人が会いに来た。その力を借りに来る。
我々もその一人だがな。

王妃には役目がある。
この地に天から下りてきたもの。この地を固め直すために」

「なんで知っていると分かるのですか」
「そのような役目を持つ者がいる。
天界と通じる者はそう多くない。通じない者たちに伝える義務がある。

王妃は金を使って儀式をしていた。
我々の求める黄金の壺は我々と同じような使われ方をしていた。しかも我々以上の力を発揮していた」

「この下に黄金のある場所があるのですか。それを求めてくる人がいるわけですね。
この王妃を守りたかったのですか」
「そう。イシスの命により、安住の地にしなければならなかった」

――イシスはエジプトの豊穣の神だ。ドゥックはエジプトから来たらしい。

「あなたは何艘の船で来たのですか」
「一艘の船で来た。さまざまな地の大きな船が行き来する中、紛れるようにしてやって来た。多くは金銀を積むために大きな船でやってくる。その地に降臨する姫がどういうものか見てみたかった」

――ガードゥは二艘の船で来た。ドゥックは一艘の船で、黄金の壺を求めて来た。だから、ガードゥのメンバーではなかった。



<20191222>




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by lunabura | 2019-12-22 20:07 | 「脇巫女Ⅱ」 | Comments(0)

脇巫女Ⅱ34ヒイラギ・ミクマナル4  エジプトから来た巫女

脇巫女Ⅱ
34ヒイラギ・ミクマナル4 

エジプトから来た巫女



私は来雲の国の場所と範囲を特定したかった。

「あなたが生きていた頃の、国の中心は貴船神社の所ですか」
「いいえ、中心は違います」

「何処でしょうか」
「中心は貴船ではなく、もっと山寄りです」

「南の方ですか」
「ええ」

「英彦山とか?」
「いいえ」

「朝倉ですか」
「?」

「秋月とか」
「秋月は聞いたことがあります」

地名が今と違うのか、なかなか具体化できない。

「近くに川がありますか。遠賀川とか」
「私の村ですか。村は王の墓が真向かいに見えます」

「そこが都では無い?中心ではないのですか」
「違います。少し離れた所、山の方です。下の方に集落がありました」

「ヌタ様が住んでいた所はどこですか」
「平塚です」
――平塚と言えば、朝倉の平塚川添遺跡がある。弥生時代だ!

「朝倉の平塚川添遺跡の所ですか」
「? 私は知りません」

「平塚に住み、王塚に葬られたのですか」
「…」

「前方後円墳ではないのですか」
「ええ」
――王塚古墳とは関係ない?

「あなたの御墓は丸い形ですか」
「そうです」

「棺は石ですか」
「私の棺は石です」

「ヌタ様は?」
「ヌタ様は木が良いと言ってました」

――棺は弥生時代には木も石もある。特定できる事象が現れなかった。

「どちらが先に亡くなったのですか」
「ヌタ様です」

「ヌタ様の魂を送ったのはあなたですか」
「いいえ。その頃は近くに居れませんでしたから。わたくしは葬礼後にご挨拶をしました」

「葬列には参加できなかったのですね」
「ええ」

「他の人は貴方のことを何と呼んでいたのですか」
「ミコサマと呼ばれておりました」

「あなたが亡くなった年は?西暦で分かりますか」
「いいえ」
――万事休す。

「年をどういう風に数えていましたか」
「年を細かに数えるというのはありません。
暦というものは、そういうことを専門にする者がいました。月を見たり。月が一番分かるようでした。
ただ我々の中の年月と他の民族の年月は一緒ではないので。
わたくしたちは私たちだけの年月がありました。
月を見て、季節を見て…。生活にはその程度で困りません。

ただ、月日が経ったことは植えた木を見れば、どれくらいか分かります。そなたたちが言う、一年、一月という細かいものはございません」

――ヒイラギの死んだ年を特定したかったが、分かりようがなかった。
さっきは拒否されたが、もう一度、子供の名前を尋ねてみることにした。

「あなたの子供さんのお名前は?イヨ?トヨですか」
「そう、サンジからはイヨと呼ばれていました。そう、サンジがカタカナというものでイヨと。知らないことを沢山教えてくれました」

――卑弥呼の宗女は壹與と記されている。卑弥呼の子供ではない。しかし、偶然にも子供の名は「イヨ」だった。というか、サンジからそう呼ばれていたと。なかなか相手は手ごわい。

他に何か手掛かりは?そうだ、ヒイラギ・ミクマナルという名は倭名ではない。そちらから、攻めてみようか。

「あなたたちは出雲に初めて入る前には何処にいたんですか?部族の故郷は?」
「私が幼い頃、連れてこられたのです」

「ここで生まれたのではない?」
「違います。連れて来られた場所…。手を引かれて歩いてきました。でも、7~8人の小さな部族です。手を引いて。私は馬の横を歩いております。船に乗っています。船から降りてこの地に来ています」
ヒイラギは遠く記憶を辿ってトツトツと語った。

「その時、高い山を見ましたか?クラ―ジュで高い山を見ましたか?」
「ええ、見ました。雲を突き抜ける黒い山。あの山には近寄ってはならぬ。黒い化け物が出ると」

「船に乗る前は?どこにいましたか?分かりますか」
「…」

「親から引き離されたのですか」
「ええ」

――やはり、余計なことは語らない。そういえば、マクローがサワラビメのことを話していた。サワラビかサワラビメ。

この名には記憶がある。「ワダツミ」にサワラビメのミコトが出てきている。このサワラビメのミコトはサンジカネモチの祖に当たる。
このサワラビメノミコトが共通すれば、ヒイラギは「ワダツミ」の時代になる。確認しよう。

「サワラビメって、さっきマクローさんが言われたのですが、サンジの仲間ではありませんか。それとも、この雲のことですか」
「サワラビメ…。サワラビとは銀色に光る広大な地に広がる麦の穂のことを言います。金色の麦、あれをサワラビと言います。風に靡く…」

「それでは麦の国から来たのですか。それは神様の名前でもあるのですか」
「サワラビ。そうです。麦の穂が金色に輝き、夕陽に光る麦の穂。サワラビの神。豊穣の神です」

「では、メソポタミアから来たのですか」
「…」

「エジプトから来たのですか」
「そうです。土と砂の国。金色の砂の国」

「あなたは金を掘る人達の巫女として連れて来られたのですか。親から引き離されて」

「わたくしは金を…金を掘る…。わたくしは雨を…。わたくしは金を…。
大人たちがわたくしを何故連れて行ったかは…分かりません」
ヒイラギは首を振り、咳き込んだ。

そろそろ終り時だった。私は最後に尋ねた。

「今日は何を伝えに来られたのですか」

「何?わたくしは民を守るために、民がこちらに付いて来たので、出て来ただけです。あの者がしゃべるなら、わたくしが代わりにしゃべろうと思ってでてきたのでございます。また、あの地に来られるでしょう。またその時に」

私は「又お会いしましょう」と言った。
ヒイラギ・ミクマナルは去った。


――来雲は平塚にあるらしい。平塚といえば、朝倉市に平塚川添遺跡がある。まさに弥生時代、周濠に囲まれた水の都の跡だ。それを思い浮かべたが、そこではなかった。さすがに間にある山塊が大きすぎて一つの文化圏ではないらしい。

ヒイラギはエジプトから金を掘る集団に連れられて来雲に来た。来雲では麦を育て、金を発掘した。ヒイラギはヌタとの間にイヨという女の子を設けた。巫女として生涯を送った。

ヒイラギは王塚古墳の南寄りに、平塚があると言った。
今もあるのかなあ。
私は道路地図を取り出し、飯塚のページを開いて寝転がった。
そのページを顔にかぶせてひと眠りしようとしたら、「平塚」の字が目に飛び込んで来た。
え?平塚だ。飯塚(いいづか)市に平塚があった!
その平塚にこそ、出雲があった。

こうして、場所がある程度特定できたが、自分の中ではもうヒイラギは卑弥呼ではなかった。

魏志倭人伝の卑弥呼の場合は、もともとそこに男王がいた。その時、争乱が起き、共立されたのが卑弥呼だ。ヒイラギの描く国ぶりとは違っていた。



<20191221>


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by lunabura | 2019-12-21 19:21 | 「脇巫女Ⅱ」 | Comments(0)

脇巫女Ⅱ33ヒイラギ・ミクマナル3 来雲(ライモ)と二本線の者たち

脇巫女Ⅱ
33ヒイラギ・ミクマナル3 

来雲(ライモ)と二本線の者たち




話が一段落してしまった。このままヒイラギを帰すわけにはいかなかった。

ヒイラギの国の状態をなんとか明らかにせねば。
そこで、私はマクローが語っていた二本線の入れ墨の者たちについて尋ねた。

「あなたの国の人たちは皆、二本線を入れられたのですか。女性は?」
「いいえ」

「あなたはどうしましたか」
「男は兵士として使っていましたが、やられっぱなしではなく、戦いました。しかし、我々がやられていると、もともとこの地にいた集団が山側から助けにきました。集落があったのです。攻めて来たのは
海側からです。山側から助けが来ました。鉱山を大切に思う者たちが」

「焼き印を入れられたのは捕まった者たちだけですか」
「焼き印は捕まった者たちの遺体で見ただけです」

「宮殿は守られましたか」
「守られました。宮殿といっても大したものではございません。
そう、わたくしを助けてくれた者、加勢をした者、それがサンジ」

――サンジ!ついに時代の手掛かりが出た。

「サンジカネモチですか」
「いいえ。サンジソウショウ」

「漢字は?」
「參師宗昌」

「その者はクラ―ジュから来たのですか」
「ええ。クラ―ジュから来ました」

「じゃあ、物部とあなたたちは一緒に戦ったのですか。そして、二本線の者たちは、中国から来たのですか」
「二本線は中国から来た者です」

「その国の名前は?漢字では?」

ヒイラギは「委」を書き、横に「鬼」を書いた。
合わせると「魏」(ぎ)。

「魏!…。魏が一度、日本に入ってきたのですか!」
「ええ」

「で、押し返したのですか」
「はい」

「その時、平和の約束をしましたか」
「向こうはソウショウと和平を結びました。わたくしたちは戦いには慣れておりませんから。私たちは暮らせればいい。外のことはサンジソウショウに、交渉を請け負ってもらいました」

――魏と言えば邪馬台国の時代なのだ。魏は朝鮮半島の北部まで拡大し、南下する勢いだった。その一部、金の発掘集団が金を狙って日本まで来たというのか。

しかも、排除したあと、物部が中心となって和平交渉をしたという。ヒイラギの国は邪馬台国なのか。

しかし、まて。短絡的に決め込んではならない。他に何か手掛かりはないか。
そうだ、邪馬台国は狗奴国と敵対していたはずだ。それが出てくれば、確立は高くなる。

「狗奴国。クナ、クヌという国の名はご存知ですか」
「今でいう長崎の方ですか」

「分からないのです。邪馬台国が狗奴国と敵対した話が中国の書に書かれているのですが」
「クヌは中国に占領されて、向こうの仲間になりましたからね。今でも異民族の血が濃く残っている場所ですから」

ーー狗奴国は長崎にあったという。ヒイラギたちとは敵対していないようだ。それなら邪馬台国ではなく、他の30国の一つか…。いったい、ヒイラギの国は何と呼ばれていたのだろうか。

「あなたは自分の国を出雲と呼んでいましたか?所の他の呼び方はありますか」
「わたくたちは出雲とは呼んでおりません。ライモ(来雲)と呼んでおりました」

――またまた想定外の話になった。( ;∀;)

「来雲…。雲は何だったのですか。神ですか」

「雲は雷を起こします。雲は雨を降らせる。雨は土を造る。土が固まり、そして、土から作物が育ちます。
自然の起こりは雲です。日ではない。雲が一番の主です。

雲の動きを読めばすべて読めます。
雲の動きを読めば風が吹くのが分かります。
雲の動きを読めば雨が降るのが分かります。
そして、日も陰らせることができる。

お日様ではない。すべては雲次第なんです。
雲は大事。大事なのはお日様ではないのです。
雲―雷―雨―土が固まる。作物が育つ。
わたくしは空を見て雲の動きを見ていました。雲が沢山のことを教えてくれました」

――ヒイラギの国は来雲国と呼んだという。魏の時代―ーすなわち邪馬台国の時代―ー金を産出し、農耕を営んでいた。そして、この頃、鞍手には参師宗昌がいた。

「あなたの国は大きくなったのですか」
「わたくしの本意ではございません」

「それはヌタの力ですか。巫女の力ですか」
「わたくしは神ではございません」

―余計な話をせぬ巫女と私の間には1800年の時間差があった。どうやって語らせたらいいのだろうか。

向こうから出て来たのに…。

共通の言葉や物は何かないか。
弥生時代終末期…。そうだ、勾玉やビーズが出ている時代だ。

「あなたはどんな首飾りを下げていましたか」
「ヌタ様からもらったもの。こういう形のもの」
と言って、勾玉の形を描いた。

「勾玉ですね。それは緑の勾玉ですか。沢山つけていましたか」
「わたくしは一つだけです」

――ううん。こんな話をしたい訳ではないのだ( 一一)

(つづく)

<20191219>




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by lunabura | 2019-12-19 20:12 | 「脇巫女Ⅱ」 | Comments(0)

脇巫女Ⅱ32ヒイラギ・ミクマナル2 古出雲と出雲

脇巫女Ⅱ
32ヒイラギ・ミクマナル2 

古出雲と出雲




ヒイラギに尋ねた。
「あなたはあの地に埋葬されたのですか?」
「ええ、出雲に」

「今でもお墓はあるのですか。出雲の大きなお墓がそうですか」
「大きな墓です」

「10月10日、菊如さんたちが行った所ですか?」
「ええ」

「大きな川が近くにある?飯塚、王塚古墳の近く?」
と尋ねると、菊如がはっと気づいて尋ねた。
「神社がいっぱいあった、その中?」
「ええ」

「分かった!貴船神社。貴船神社の方ですか?」
「ええ」
この貴船神社とは王塚古墳の近くにある神社だった。
ヒイラギ・ミクマナルとは、菊如と崋山が訪ねた時、そこに現れた女人だった。
そこの祭神はクラオカミ。水の神だ。

私は確認した。
「そこに祀られているのですか?」
「いいえ。埋まっています」

菊如が言った。
「木の間に何かありましたね」
「わが遺体を埋めた所。木の間。木の二つ目」

――ヒイラギは貴船神社に埋葬されている?これは大きな問題だ。しかし、現地に行っていない私には状況が分からなかった。そこで出雲と大国主について確認することにした。

「それでは、ヌタはどちらの出雲に?そして、何故、あの地を出雲というのですか。ヌタとは大国主と同じですか」
「ヌタが居たからイヅモ。出雲は繋がっています」

「あなたのいる所は出雲の地名が残っているだけで、一般的には出雲とは言わないですが」
「元々の出雲はここです」
――すると、飯塚の方が古出雲となるのか。もう一度、念を押した。
「あなたが居た所は出雲ですか」
「出雲はそこ」

――ヒイラギは飯塚の方が古出雲と語った。もう一つの質問、ヌタについて再度確認した。

「ヌタを大国主というんですか。昔、オオアガタヌシと言ったのですか」
「ええ」

「王塚にはヌタ様が眠っておられるのですか」
ヒイラギはその質問には答えず、ヌタの説明をした。

「代々、ヌタといいます。かなり遠い所にいる人たちもヌタ。
それは代々、日本に残っている名前とは継ぐもの。我々には個人の名前の重さはピンときません」

――やはり、ヌタとは大国主であり、オオアガタヌシであり、代々襲名するものらしい。すると、ヌタが来たと言う岡垣の大国主神社も関連があるのか。

「ところで、岡垣の大国主神社はご存知ですか」
「いいえ、分かりません。ヌタ様は我々の地を去り、船で今の出雲(島根)に出向かわれたのは嘘ではありません。あの地には我々の地から出立しました」

「出雲という邑はもう飯塚には存在しません。どうして二か所に出雲があるのですか」
「本物は隠さないと。こうやって出るべき時に出ているではございませんか」

「どちらの出雲も嘘ではないのですね。血筋は向こうまで続いているのですね」
「ええ。この日本国の象徴は要るではないですか。様々の人の心を一つにするには象徴がいります。ただ、荒らされては困ります。このため日本国の中心の方には隠れ蓑が要ります。

大切なものは必ず二つ。だから、島根の出雲も嘘ではありません。確かにヌタ様は出雲に行って戻り、この地に眠られました」

鞍手には島根の出雲地方と似た地名「キヅキ」がある。それについて、菊如が尋ねた。
「クラ―ジュはご存知ですか」
「行ったことはございません。話に聞いています」

「キヅキ(木月一杵築)とヌタ様は関係ないのですか。ずっと歩いていかれたのですか」
「今の出雲に直線的に進んだのではございません。舟で回っては行っていません。山伝いに歩いていき、舟で本州に渡り、中の地を歩いていきました。

何故か?私たちは身の周りの集落しか知らないので、他の集落に入り、どのような生き方、どのような集落があるか見ていくのです。報告は受けていません。

ヌタ様にはヌタ様の考えがあり、この地をわたくしに任せて去っていかれました。私は私のやるべきことをしただけですから。ただお互いに、自分を慕う者をむげにはできないのでございます」

――キヅキの地名については、答えは無かったが、ヌタは調査しながら出来るだけ歩いていったことは分かった。

もともとヌタの名が出たのは大国主神社だ。そこに現れて崋山に懸かった豊玉姫のことを尋ねた。
「ヌタ様がピンクの衣を来た女性と一緒だったそうですが」
「その人のことは知りません」

「海の者の船に乗ったはずなのですが、それはご存知ですか」
「それは私が言いました。海の者には海の種族がいると」

――何も分からなかった。


(つづく)


<20191218>


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by lunabura | 2019-12-18 20:02 | 「脇巫女Ⅱ」 | Comments(2)

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