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ひもろぎ逍遥

あの乱が起きるとは想像もつかない藤原広嗣と郎女の相聞歌

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夫が桜の小枝に文(ふみ)を付けて妻に歌を贈りました。             藤原広嗣(ふじわらのひろつぐ) 1456番

この花の 一与のうちに 百種の 言そ隠れる おぼろかにすな

(このはなの ひとよのうちに ももくさの ことぞかくれる おぼろかにすな)

僕が贈った桜の花の一枝に たくさんの言葉が隠れているよ おろそかにしないでおくれ
〔この花の小枝に僕の思いが込められているんだ このスピードこそ君への愛の大きさなんだ〕

✿文には季節の花を添えて贈りました。「花」と言えば、当時は梅の花を指しましたが、ここでは桜の花だったことが題に記されています。

「一与」の「与」の字に、僕があげた、という意味が込められています。「一与」に対して「百種の言」と数字を対比させて、たくさんの「言の葉」を連想させる巧みな歌です。

当時は歌を贈るスピードが速ければ速いほど、愛情が深いと思われていました。

妻が返歌を詠みました。                   
                  郎子(おとめ) 1457番

この花の 一与のうちは 百種の 言持ちかねて 折らえけらずや

(このはなの ひとよのうちは ももくさの こともちかねて おらえけらずや)

あなたがくれた桜の一枝には たくさんの言葉が込められて 耐えきれずに折られてしまったのね 
〔分かったわ。あなたの想いが重すぎたのね〕

✿晴れて正式に夫婦になった二人でも、夫は夜が明ける前に実家に帰らねばなりません。この夫も夜明け前に帰宅しましたが、すぐに和歌を作って桜の小枝に副えて贈ってくれました。

二人が詠み交わす歌を相聞(そうもん)といいます。返しには相手の歌の一部を引用する約束があり、この歌も「この花の一与のうちに百種の言」と、同じ言葉を詠んでいます。夫の想いが嬉しくて、くすっと笑う妻の笑顔が目に浮かぶようです。桜はまだツボミのままだったのかもしれません。


藤原広嗣
さて、上の相聞の歌を贈ったのは藤原広嗣(ひろつぐ)です。題に「藤原朝臣(あそん)広嗣が桜の花を郎子(おとめ)に贈る歌一首」と書かれています。

親に認められて晴れて結婚した二人ですが、妻の名前は書かれておらず、誰の事か分かりません。

広嗣の父は「四の巻十 神に祈ればお前に逢えるのか」の藤原宇合(うまかい)です。

広嗣は父が死んだ三年後に、謀叛の濡れ衣を着せられて佐賀県唐津市で処刑されました。いわゆる「藤原広嗣の乱」です。二十五歳頃だったでしょうか。

この歌からは想像もつかない最期でした。このような事情があったので、妻の名前が記されなかったのかもしれません。

結婚
 当時の正式な結婚は男が女のもとに三日間続けて通う事で成立しました。新郎は黄昏時になると新婦の家に行き、夜明け前には家に帰ります。

三日間、それを繰り返して、三日目の夜には餅を二人で食べました。これを「三日夜(みかよ)の餅」といいます。こののち「所顕(ところあらわ)し」という宴を行って、正式な夫婦になりました。

『癒しの万葉集』-夜が明けるまでの心のサプリメントー

<20260326>


# by lunabura | 2026-03-26 10:15 | 万葉と広嗣の乱 | Comments(0)

僕のためなら、やや大きいサイズで 万葉集 1278番

僕のためなら、やや大きいサイズで 万葉集 1278番_c0222861_11265507.png



ある男が妻に歌を詠みました。                 
                    詠み人知らず 一二七八番


夏影の 房の下に 衣裁つ吾妹 

裏設けて わがため裁たば やや大に裁て

(なつかげの つまやのしたに ころもたつわぎも
うらまけて わがためたたば ややおおにたて)

夏の木陰の嬬屋(つまや)で衣を裁つ妻よ 
裏を付けて僕のために裁つなら やや大きめに裁ってくれ
〔機織りの音がやんだ いよいよ衣に仕立てるんだな 
僕は少し大きい方がいい〕 
 
✿「吾妹」とは妻のことで、「房」は妻のための別棟の家です。

夏の暑い盛り、大きな木が嬬屋に涼しげに枝を広げていました。
そこから聞こえていた機織りの音が或る日、やみました。

さあ、次は仕立てです。

夫は「僕のためならやや大きく裁ってくれ」と頼みました。
それは男が大きいからでしょうか、あるいはおしゃれ心からでしょうか。

これは577、577のリズムで詠まれた旋頭歌(せどうか)です。


『癒しの万葉集』-夜が明けるまでの心のサプリメントー

<20260323>


# by lunabura | 2026-03-23 11:27 | Comments(0)

間に合うかな 万葉集 2065番

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ある娘はおしゃれが好きでした。

                     詠み人知らず 二〇六五番


足玉も 手珠もゆらに 織る機を 君が御衣に 縫ひ堪へむかも

(あしだまも ただまもゆらに おるはたを きみがみけしに ぬいあえむかも)

アンクレットやブレスレットを
ゆらゆらと揺らして織った布を 
君の衣に仕立て上げられるかな
〔君のための着物 間に合うかしら〕

✿娘はおしゃれが好きで、飾りの珠を手や足につけてゆらゆらさせながら機を織りました。自分が作った衣を着てくれる人に出会う日を待ちながら。

そして、いよいよ夫がやってくる日、ぎりぎりまで縫っています。
「間に合うかしら」。
おしゃれを楽しむ妻。夫を迎える喜び。

『癒しの万葉集』-夜が明けるまでの心のサプリメントー
                        4月出版予定

<20260321>


# by lunabura | 2026-03-21 11:32 | 万葉・日本書紀の風景 | Comments(0)

万葉集 婿取りの日 

万葉集 婿取りの日 _c0222861_11171689.png

ある娘がいよいよ夫を迎える日、布を衣に仕立てました。

                    詠み人知らず 2064番


古に 織りてし機を この夕べ 衣に縫ひて 君待つわれを

(いにしえに おりてしはたを このゆうべ ころもにぬいて きみまつわれを)

昔 織った布を この夕べは衣に仕立てて 君待つわたし
〔いつか結婚するためにって織った布よ 着物にして君を待つの〕

✿当時の娘たちは、結婚するまでに十数枚の布を織り溜める風習がありました。この娘も婿取りする日を夢見て織りました。

いよいよ夫を迎える夕べ、娘は着物に仕立てました。喜んでくれる顔を思い浮かべながら。

      『癒しの万葉集』ー夜が明けるまでの心のサプリメントーより

<20260319>


# by lunabura | 2026-03-19 11:18 | 万葉・日本書紀の風景 | Comments(0)

黄泉の国は空にあった 万葉集より

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これまでブログで挙げた万葉集の一部を編み直して本を作っているところですが、今日は、その中で気になるものを綴りたいと思います。

それは死んだあとの世界、黄泉の国です。

『古事記』のイザナミが死んだシーンなどから、黄泉の国は古墳の中に入って行くような、地下世界にあるイメージを持っているですが、皆さんはどうでしょうか。

現代では、あの世とこの世の境には川があって、それを渡れば戻れないというイメージがあります。

ところが、万葉集を読んでいると、ちょっと違ってたんですね。
挽歌(ばんか)で、弟が急に亡くなったことを悲しむ長歌に描かれた黄泉の国に注目しましょう。

                  田邊福麿 一八〇四番

父母が 成しのまにまに 箸向ふ 弟の命は 

(ちちははが なしのまにまに はしむかう おとのみことは)
  -同じ父母から生まれて いつも一緒だった弟は

朝露の 消やすき命

(あさつゆの けやすき いのち)
  -朝露が朝日に消えるような はかない命だった

神の共 争ひかねて 

(かみのむた あらそいかねて)
  -死神と戦って敗れ 

葦原の 瑞穂の国に 家無みや また還り来ぬ

(あしはらの みずほのくにに いえなみや またかえりこぬ)
  -この国に家がないのか 二度と戻って来ない

遠つ国 黄泉の界に 

(とおつくに よみのさかいに)
  -遠い黄泉の国との境に

はふ蔦の 各が向向 天雲の 別れし行けば

(はうつたの おのがむきむき あまくもの わかれしゆけば)
  -這う蔦の茎があちこち向くように 
  -弟は空の雲を開いて別れて行ったので

闇夜なす 思ひ迷はひ 射ゆ猪鹿の 心を痛み

(やみよなす おもいまどわい いゆししの こころをいたみ)
  -闇夜のように私の心は迷い 射られた猪鹿のように心が痛い

葦垣の 思ひ乱れて 春鳥の 音のみ泣きつつ 

(あしかきの おもいみだれて はるとりの ねのみなきつつ)
  -バサバサの葦の垣根のように心乱れて 声をあげて泣き

味さはふ 夜昼知らず かぎろひの 心燃えつつ 悲しび別る

(あじさわう よるひるしらず かぎろいの こころもえつつ かなしびわかる)
ー夜も昼も分からず 心焼かれて悲しみながら別れる
〔弟が死んだ 心が焼かれるようだ〕

✿いつも一緒に過ごした弟が亡くなりました。大人になって別居していても、いつでも会えると思っていたのに、突然亡くなってしまい、兄は胸が焼かれるようにつらい思いをしています。

この作品の想いを鑑賞するべきですが、今日は、その中に出てくる黄泉の国について注目したいと思います。

遠い黄泉の国へは「雲を分けて行く」と詠まれています。

つまり、黄泉の国は空の向こうにあった訳です。
「土に還る」と言うより、「空に還る」と言う方が近いのかもしれません。

根堅洲国

次は「根堅洲国」(ねのかたすくに)について、拙作『星の迷宮へのいざない』から引用したものです。

<須勢理星 地平線近くを這う星  
さそり座は天高く昇らずに地平線近くを這うように運行して沈んでいきます。このような星を「すせりの星」「しさりの星」と呼びました。  

その「すせり」の名を持つ女神が須勢理姫(すせりひめ)です。須勢理姫は根堅洲国(ねのかたすくに)の大神・須佐之男命の娘でした。

シュメール人は星空を上中下に分けたといいます。
日本でも地平線近くを根堅洲国に見立て、アンタレスを須勢理姫として出雲神話を語る民がいたのかもしれません。>

『古事記』に出てくる須佐之男の国、根堅洲国も「根」の字からは地下世界のイメージを持ちますが、「根」とは「子」(ね)すなわち北のことで、「カタ」とは「星」なので、根堅洲国とは北の星の世界ということになります。

星空を上中下に分けて一番下のエリア、地平線近くに根堅洲国があり、そこを這うように進む星を須勢理星と呼びました。

これらは仏教が入って来る前の、日本人の死後世界観を考えるうえで、貴重な例だなと思うのです。

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<20260616>


# by lunabura | 2026-03-16 15:42 | 万葉・日本書紀の風景 | Comments(0)

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『豊玉』『星の迷宮へのいざない』   Since2009.10.25