人気ブログランキング |
ブログトップ

ひもろぎ逍遥

資料作りとか


原稿を書き直したり、バスハイクの資料作りをしたりしていました。

5月のバスハイクで昼ごはんの場所に予定していた佐賀の上峰イオンが2月で閉鎖したのが分かって、急遽スケジュールを変更。( ;∀;)

グーグルアースは4月からゼンリンが撤退したため、嘘の住所とか、存在しないお店が書かれていたりして、これも無駄に確認が必要になり…。

ようやく一段落しました。

今夜、記事が書けたらいいな…。



c0222861_14444168.jpg



20190514


c0222861_15184581.gif

# by lunabura | 2019-05-14 14:45 | にっき | Comments(0)

大島 ヨハン神父が隠れ住んだ三浦洞窟へ



c0222861_20145649.jpg

海から上がった所、この岩場の奥に洞窟がある。









c0222861_20152360.jpg

横はこんな感じ。荒波が打ち寄せていて、とても舟は付けられない。









c0222861_20154176.jpg

屹立した二つの岩の隙間から入ると三浦洞窟があり、1643年(寛永20年)、ここに日本語を話すヨハン神父が長崎からキリシタン弾圧を逃れて隠れ住んだと伝えられている。












c0222861_2016371.jpg

現在、現地に行くには船ではなく、灯台のある岬から遊歩道を歩いて降りて行く。


洞窟まで0.2キロと書いてある。わずか200メートルの距離だが、絶対に怪しい。

何が怪しいかって、もし、洞窟が海岸の所にあるとしたら、標高差がかなりあるからだ。
ほとんど登山に近いだろう。

そう言いながら降りて行った。







c0222861_20163721.jpg

結果的にはその想像は当たっていた。







c0222861_2017254.jpg

しかし、絶景が次々に目の前に展開していく。









c0222861_2017224.jpg

港のある南側の穏やかな海と違い、こちらは火山活動がそのまま残っているようなワイルドな大島だ。


ほとんど海の所まで下り、帰りにはそれを登って灯台まで戻るのだが、意外にもきつくはなかった。

いや、ほんと、200mだし。


二度目の大島、または二日目の大島にお勧めのワイルドなウォーキングだ。



これで海のエネルギーをかなり充填した。

まだ海成分欠乏の症状は出ていない(*’▽’)



20190511








c0222861_15184581.gif

# by lunabura | 2019-05-11 20:18 | 「ワダツミ」 | Comments(2)

中国学者からみた邪馬台国の場所1



先程まで、TBSの邪馬台国の番組を見ていました。

奈良の纏向遺跡と佐賀の吉野ケ里遺跡、糸島の平原遺跡を紹介したあと、中国の学者三人に魏志倭人伝を読んでもらって邪馬台国の場所を尋ねるという構成でした。

結論から言うと、三人の学者がそれぞれの研究から、いずれも「邪馬台国は九州にあった」と結論付けていました。
しかも、二人は九州北部に限定。

地形、地名、文化、位階など多岐にわたっての結論です。

私が邪馬台国論争に参加しないのは、三国志の2000字だけ読んでも、用字法や社会的背景を学ばなければ理解できないと思っていたからですが、中国語で書かれた本を中国人の学者が解説してくれたのですから、本当に納得できました。

時間があれば詳細も記録しておきたいのですが、今日はメモ程度に。



吉野ケ里遺跡からたくさんの鉄器、スズリなどが出ていました。
今月のバスハイクで行くので、見逃さないようにチェックしたいと思います。

スズリが発見され始めたのは二年程前からでしょうか。
今では40個も福岡から発見されているそうです。
県外では島根県か鳥取県から一つ発見されているだけだそうです。

卑弥呼が魏と文書をやり取りするのですから、必ず書記官がいて中国語(漢字)で手紙を書いたはずだと、以前書きましたが、それを裏付けるものがどんどん出土して嬉しい限りです。



20190510

この番組の詳細は以下に記録しています。



c0222861_15184581.gif

# by lunabura | 2019-05-10 23:17 | 邪馬台国 | Comments(2)

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25