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ひもろぎ逍遥

埴輪のヘアースタイル 「かふり」


埴輪のヘアースタイル
「かふり」


古代人のヘアースタイルにとても興味があります。

だから、九博に兵馬俑が来た時、しげしげと兵士の頭を後ろから見ました。
すると、左右の耳の後ろから小さな編み込みの三つ組を中央に向けて編み込み、
またうなじからも上の方に三つ組を編み込んで、最後は三本一緒にまとめていました。

その髪型を再現する俑の細やかさに驚いたのですが、
兵士が髪をまとめるのに三つ編みを利用していたのには
カルチャーショックを受けました。

だって編み込みですから、自分では出来ない (><)
この兵馬俑を作る時だけ美容師が付いたのか、普段からそうなのか、
など、疑問も出てきます。

編み込み三つ組なら、髪が乱れることなく、戦うのには理想的です。
写真に撮ってイラストを描きたかったのですが、もちろん撮影禁止なので、
記憶に留めるだけでした。


他の兵馬俑はどんなスタイルなのか。
もっと知りたいのですが、兵馬俑の後ろ姿の写真なんかまずは存在しません。



さて、福岡では埴輪もめったに見られないので、これも出会ったら必ず後ろから観察します。


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これは群馬県から出土した埴輪。    画像出典 東京国立博物館

埴輪の女性のヘアースタイルは「島田」と言われて、
日本髪のルーツとされているのですが、
どうみても、自分の髪をこんな風に結うことはできません。

ヘアーゴムがない時代にどうするんだい?
と見るたびに考えていました。
もし、頭頂で結べたとしても、こんな風に根元をフラットにするのは不可能です。

で、「島田」説を疑問に思っていたら、同じ考えの女性がいて、
この頭の上の物体は「布」であることを中国の雲南や四川で発見して
紹介してありました。
次のブログにはその実例が沢山紹介されています。

http://ysiuruhasi.exblog.jp/13418349

で、真鍋大覚に出てくる謎の「被布(かふり)」が、これだろうと気付いたのです。
「女人は多く髪の上に布をおき、これに荷を載せた。」と真鍋は語ります。

それなら、この厚みが納得できます。
この埴輪の女性は巫女とされていて、「かふり」も実用的でなく、
装飾的になっているような様子です。

九博にはこの「かふり」を被った埴輪がありましたよ。
頭と「かふり」の接点をしげしげと見て、やはり髪の毛ではないと確信しました。


それと、上の埴輪の女性は腰に鏡を下げています。
五つの子丸が付いているので、「五子鏡」というのではないかと推測しています。

これを見た時、七支刀と共にもたらされた「七子鏡」って、
こんなデザインだろうなと、ワクワクしていたのですが、
九博では違うタイプが紹介されていて、しょんぼりしたのでした。




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# by lunabura | 2015-01-24 20:40 | <真鍋大覚儺の国の星> | Comments(0)

梅が咲いた


雨水(うすい)とでも言いたくなるような春の雨。

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梅を目覚めさせる暖かい雨が降って、庭の紅梅がチラホラ。


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つばきも雨宿りしながら、遠慮がち。

つつじも咲いているという気が早い小春。


今日は採れたてのレモンをいただいたので塩レモンにチャレンジしました。

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切って塩をかけるだけ♪
一か月待つのだよ。



テレビでは元岡で出土した鉄剣が三年ぶりに金象嵌を研ぎ出されたというニュース。

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これは字体の比較。



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卑弥呼の番組では、ひかげのかずらモドキ?
この人は卑弥呼ですが、アメノウズメの髪飾りをつけてます♪


卑弥呼の使いは誰の舟に乗ったの~? (-。-)y-゜゜゜



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ははは、糸島の元岡製鉄所跡、完全に無視されたね^^

鉄の日本での生産は6世紀からですって。
熊本で鉄を作ってた弥生人も無視されちゃったよ ( ´艸`)

今日は古代史は忘れて、と思いながら、
古代史の番組をついつい見ては、一人で突っ込んでいる誰かさんでした。





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# by lunabura | 2015-01-22 22:52 | にっき | Comments(0)

比売神・二女神・二龍女


比売神・二女神・二龍女



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志賀島の歴史講座で
「福岡では神話の神々を生きた人として扱っているようですが」
という感想をいただきました。ほかに、
「奈良から来たけど、向こうとこっちの話は全然違う」という方もありました。

そうですね。
福岡では神話の女神たちはリアルに息づいているのです。

ブログ村やエキサイトブログの歴史や神社のジャンルの他の方のブログと比べると、
私のブログだけ、やけに古代の話をしている、と気付いています。

でも、私は身近な伝承を紐解いているだけなので、
やはり福岡は弥生時代を中心とする古代の歴史を
神社縁起の中にそのまま伝えているのだと思います。

神功皇后も生きていて、竹内宿禰も、安曇磯良も生きていた。
物部胆咋(いくひ)だって、中臣烏賊津使主(いかつおみ)だって生きていた。

景行天皇や日本武尊もそこここで息づいている。

それから、もっと前の時代、宗像三女神(あるいは水沼三女神)も生きていたし、
豊玉姫や玉依姫も生きていた。

これらを抹殺しようとする流れがあるのも分かりました。
机上の論理で日本の歴史を語るのではなく、
歩けば古代の真実がまだ語り継がれているのが九州なのです。

今日は、前日の三女神に続き、
比売神と二女神と二龍女について考察した過去記事を再掲します。





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# by lunabura | 2015-01-20 21:07 | 三女神伝承の宮々 | Comments(4)

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25