
季刊「邪馬台国」というガチの古代史の雑誌に連載している「筑紫なる斉明天皇と天智天皇」は前回、斉明天皇が朝倉市で崩御した話を克明に記録しました。
続けて中大兄皇子が天皇に即位するわけですが、『日本書紀』はそこでも矛盾をいくつも記しています。その問題について、今回も取り組みました。
第3回タイトルは
「『乞食(こつじき)の相おはします』中大兄皇子の西国修行と称制問題」
です。
この謎を解くには、やはり真鍋大覚の記録が大いに役にたちました。

また、中大兄皇子は天皇に即位する直前に西国修行を行っていますが、その場所が福岡県山門(やまと)郡太神(おおが)長島(おさじま)で、かつては「やまと郡おおみわ」と読んでいました。
今はみやま市となっていますが、そこには中大兄皇子の足跡を伝える神社が集中しています。
そここそ、あの「こうやの宮」の近くなのです。「こうやの宮」の正式名は「磯上物部神社」といい、七支刀を持つ神像が鎮座しています。
その七支刀は奈良の石上神社とは異なるルートで伝承したもので、鉄の剣よりも、原型を伝えています。そのモデルについても真鍋大覚が記録をしていて、ブログなどには書いていますが、私自身がまだ確証を得ていなく、今回の連載記事には載せませんでした。
それでも、炎のようなデザインは七星剣とは言えないことは明らかです。七支刀の問題を語る時、磯上物部神社の七支刀を除外して語ることはできません。
今回は、その環境と祭神に関して独自の見解を述べました。ここもまた物部の里なのです。
また、「腹赤魚」を通して景行天皇、天智天皇、そして奈良の天武天皇と繋がる星の話を記しました。それは『高良玉垂宮神秘書』にも出てくるのです。そして国栖(葛生)(くず)と玖珠(くす)が繋がってきます。
物部ファンの皆さん、少々お待ちください。
季刊「邪馬台国」の発売日は2月の予定でしたが、5月に延期されています。発売日が決まったら、またお知らせします。
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