ひもろぎ逍遥

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ウーナ28 七つの珠7 ワダツミの神



ウーナ28

七つの珠7 

ワダツミの神
 


私たちは志登神社を出て二見ケ浦に向かった。
菊如と崋山は何かを受け取る所を探していた。

「ここ」
櫻井神社の海沿いの大鳥居の所で菊如が言った。

二見ケ浦の西のはずれにあった。










c0222861_20513882.jpg

右の方には二見ケ浦のカフェの明かりが見えていた。

快晴だったのに、いつのまにか雲が広がり、強烈な冷たい風が吹きつけていた。



「道がみえる」
と菊如が海を示した。そして、菊如は海の向こうから何かを受け取った。


車に戻ると、二人は霊視を始めた。
「黒色の箱だね。中は何も見えん」
「枠は光っている」
「真珠?」
「卵?」
「ウミガメの卵?七つあるね」
そんな話を二人がしていた。

いったい何が何やら。
訳が分からない私は、記録係として記録をするだけだった。


その夜、崋山から連絡があった。
二人はその後、玉手箱の中を精査したという。
その概要を教えてくれた。

玉手箱の中に亀の卵を象徴する珠が七つ入っていた。

ワダツミの神がそれをどうしたらいいか、教えてくれた。

海の向こう側から攻撃が近づいている。
空からの攻撃は見せかけで、海から船で上がってくる。
海の底から来る。

深い結界を張らねばならない。

そのために、この七つの珠を七か所、海関係の神社に行って納めて来よ。
代わりに法具を貰い、某所に納めればよい。

という内容だった。
豊玉姫の話と通じていた。



「海関係か、豊玉姫関連の神社だけど、るなさん知ってる?」
「そうね。神功皇后の本にいくつか書いてる。天神の三越前で話した時の資料にも、いくつかストを挙げている」
たまたま、残部を持って二人に渡していたので、話は早かった。

そこでいいのかどうかは、現地に行ってみないと分からない。

こうして、私はいつのまにか「七つの珠」に関わり始めていた。




ところで、私が「ワダツミの神は男だった?女だった?」
と聞くと、崋山はポセイドンに似ていると答えた。
なるほど、男神なんだ。







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この時の海風はひどかった。
丸の中、風神?

角をはやして、左に風袋もってない?

<20180325>

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# by lunabura | 2018-03-25 20:57 | 「ウーナ」 | Trackback | Comments(2)

ウーナ27 七つの珠6 豊玉姫2 恋しき子



ウーナ

七つの珠6 

豊玉姫2 恋しき子
 



豊玉姫に続けて尋ねた。
「対馬にお墓がありますよね」
「対馬にずっとはいませんでした。そこに埋められてもいません。燃やされて灰になって海に流されました」


「何処で燃やされたのですか」
「島。石が沢山ある島。
役割が終わり、亡骸(なきがら)がこの地に留まることを、私は拒否しました。
私は玉依に頼みました。
燃やしてくれ。海にまいてくれと。
潮に流されて志賀島に帰れるようにと。
風に乗って。波に乗って」

石が沢山ある島といえば相島(あいのしま)だ。安曇の墓所と聞く。スマホで相島の一番大きな積石塚を見せた。


「これですか」
「そうです。そこです。
それは祭壇です。
私は石の上で燃やされました。
私たち海の者は土に埋められることは好みません。
燃やされて灰になり、天に帰るのです。
石の上。
暗い空。星しか見えぬ夜に」

暗い空というのは新月の頃のことだろうか。
海の者たちは満天の星の元で昇天していくのか。

相島の長井浜は掘っても掘っても石だけしか出ないという。
古墳が造られる前の時代からあの地は葬送に使われていたのだろうか。

相島の積石塚で一番大きな120号墳は四角い積石塚の上に石囲いの石棺がある。
そして、手前には祭壇がある。
これは崩れたものを再現したものだ。
原形はまた違ったものかもしれない。




豊玉姫が去ったあと、崋山が語った。

海の民の血を引くものたちは土の中に埋める感覚がない。
それで土に埋葬するのはいやだが、海に帰る方法として灰にしていた。

姫の心には志賀島への思いがあった。
相島の人は火葬をしていた。当時、いろんな種族が集まっていた。
相島は終わりの島。亀が死ぬところだと語った。




話を戻そう。
豊玉姫に、結婚について、私はもう一度尋ねた。豊玉姫が答えた。
「結婚のため、何度も通って夫と逢います。
安曇の婚姻は反発する者も多かったのでございます。
しかし、新しい時代、種族を増やし、それぞれの良き所を伸ばして増やしていく。
それが必要だったのです」

「糸島で暮らしたんですね。二人の住まいの跡は何処ですか」
「染井の山の麓です」

あの染井神社と染井の井戸がある所か。
意外な場所が出て来た。


豊玉姫はもう一つ大事な話をした。

天と地、海と空、八百万の神と仏教の神々、すべてが一つにならねばなりませぬ。
それぞれが別々に働く時は終わりました。

海から攻撃するものがあります。
海の力を借りて防ぐ時がきているのです。



最後に菊如が何かお願いすることがあるか、尋ねた。
すると、豊玉姫は
「わたくしの分御魂をこの子に」
と言った。
長い時を越えて転生したウガヤフキアエズを豊玉姫は守ろうとしていた。

豊玉姫は去った。



後から崋山が話した。
豊玉姫は一人っ子だった。
陸の竜宮城とは志賀島のことだ。

日本という島国に外から入ってくるものを、鬼神一族が守っていた。しかし、自然破壊で鬼神一族が日 本を守れなくなっている。鬼神とは荒魂のようなものだという。






c0222861_223734100.jpg

気が付くと、40分以上経っていた。








c0222861_22375681.jpg

もうすぐ太陽が正面に来ようとしていた。
時間の感覚がなくなっていた。







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龍が太陽の珠を抱えているようにみえた。



これを記録している今日、再び糸島に行ってきた。
半年で5回訪れた。
時系列がだんだんあやふやになっていく。
意識がずっと糸島に残っている。
変な感覚だ。

<20180324>













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# by lunabura | 2018-03-24 22:41 | 「ウーナ」 | Trackback | Comments(2)

ウーナ26 七つの珠5 豊玉姫 志登



ウーナ26

七つの珠5 

豊玉姫 志登
 


糸島の伊都と志摩の中間にある志登(しと)。

かつては糸島水道があったという。
そこに安曇の寄港地と天文観測所があった。

今は志登神社が鎮座している。
祭神は豊玉姫命。
相殿に和多津見神、彦火火出見尊、息長帯姫命、武内宿禰命となっている。
(豊玉姫の父、夫、神功皇后、武内宿禰)




11月11日の17時ちょうどに着いた。
冬の低い太陽が傾き始め、太陽光線が参道をまっすぐに通り、神殿を照らしていた。





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丸い輪になった光が神殿の中央より少し左に当たり、中央に移動しつつあった。
「これがサインよ」と菊如が言う。


太陽の光がまっすぐ参道を進んで神殿に到達する。
これだけでも、確かに奇跡的な瞬間だった。


c0222861_19551582.jpg





参拝を済ませて写真を撮っていると、菊如がまた「るなさん」と呼ぶ。
「豊玉姫!」
崋山に豊玉姫が懸かっていた。
光は二人を照らし出す。

男前な崋山が気品のある女性の姿を取っていた。
片手を軽く胸の前に挙げて神殿に向かってたたずんでいる。

菊如が「お久しぶりです」と姫に声を掛け、続けて「るなさん、聞きたいことはある?私は歴史の事分からないから」
といきなり振ってくる。

そんなあ。私、別に用は無いけど…。
でも、何か聞かなきゃ。
そうだ。
豊玉姫は何故、子を残して綿津見宮に戻らなくてはならなかったのか。神話の真相を聞こう。

「山幸彦と分かれた本当の意味は何ですか」
すると、豊玉姫は静かに答え始めた。
「私はあの時、二人の子を生みました。ところが、双子は縁起が悪いと言われて一人は殺されてしまいました。
わが父は腹を立てて、私を連れて帰ったのです。

「人間と海の者の間に生まれたウガヤフキアエズには、海の者の加護を」と父は玉依をおそばに付かせました。
玉依は海に帰ることを許されず、神社に入ってこの国を守っているのです。

「豊玉姫と玉依姫は姉妹ですよね」
「私は一人でございます。兄弟姉妹はいません。が、七人ほどで兄弟として育てられました。

ワダツミの力を持った者。
海とこの地をつなぐ者など。
合わせて七人、これをすべて玉依と申します。
海とこの地のつながりを保つ者たちでございます。

私は父に会いに海に戻る事もできますし、山幸彦と暮らしたことは後悔していません。物の考え方が違っているだけなのです。」




菊如が尋ねた。
「玉依に庸(よう)という名の者がいますね」
「庸もまた、ワダツミの力を持つ者と人間との間に生まれたる者。庸は乳母のようにして育ちました」

私は確認した。
「ウガヤフキアエズを育てた人ですよね」
「玉依とは、海からの言霊を聞く者」 

「玉依がウガヤフキアエズと一緒になって子供を生みましたよね」
「一緒という考えは今とは違います。この世に子孫を残す。それだけ。愛されたり愛したり、慈しんだりというわけではありません。愛より、尊敬する思いが強いのです」


菊如。
「姫はウガヤフキアエズを見守ってこられたのですか」
「私は祈る事しかできない。封印されて動けなくなったところで、あなた(菊如)に助けられました。

ウガヤの底の底に眠る龍は私が守っており、動くときには目が覚め、その力を発揮します」
そういうと、白皇を見て言った。白皇はウガヤフキアエズの転生者だという。
「わたしを恨みますか?
どう生きるか。
授かった宿命は変えられません。
ただ海には帰れない」

菊如はさらに尋ねた。
「大国主神社に何故おられたのですか」
「大国主と共にあの場所にきました。そして何者かにあの場所で封印されてしまいました。大国主の仕業ではありません。

海の門を無理に開けさせ、入ってはならぬ者を入れようとした者がいたのです。
私を封印して父に掛け合ったのです。

封印されたのは私の分御魂(わけみたま)でしたが、私の思いがあそこに残ってしまったのです」







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<20180323>


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# by lunabura | 2018-03-23 19:58 | 「ウーナ」 | Trackback | Comments(0)

ウーナ25 七つの珠4 糸島の引津神社 若宮神社



ウーナ25

七つの珠4

糸島の引津神社 若宮神社
 



昨日、分からなかった「812年前」について、ブログを投稿して記録ノートを見返すと、次のようなメモがあった。

「宗像市八所宮 800年前の地震で埋まった。争いの時、救護所となった」
菊如の言葉をメモったものだ。

前回のアジャーシタの812年前という、妙にリアルな数字と関係あるのだろうか。

西暦1200年頃に地震はあったのだろうか。 
調べると、西暦1200年頃に南海トラフ地震が起きたとする説がみつかった。

そうすると、連動して大地は動いたかもしれない。
筑紫は鎌倉時代にも解決すべき何らかのトラウマを抱えているのかもしれない。



さて、私たちはこの日、糸島市志摩船越の綿積神社を離れ、裏の山への登り口を探しながら移動した。すると、「引津神社」に出た。







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ここからなら登れそうだ。
崋山がさっさと裏手にまわって登って道を探したが、結局見つからなかった。


ここはもともと「十六天神」と称したものが「引津神社」と改称したという。
祭神は日高彦穂瓊々杵尊。伊弉諾尊,伊弉册尊。
(ニニギ、イザナギ、イザナミ)

何故この三柱が祀られたのかは不明だ。
が、ニニギノミコトは糸島の志摩を中心として十数社祀られている。
歴史的な痕跡ではないかと考えたこともある。






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ここから船越湾?が良く見えた。



このあと、裏手の山に登って綿積神社の上に出ることは断念して、若宮神社に向かった。







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知る人ぞ知る桜谷の「若宮神社」だ。かつては「桜谷神社」と称したという。

志摩船越の半島の谷に鎮座している。








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祭神は「苔牟須売神」(コケムスメ)と「木花咲耶姫」の二柱だ。

「苔牟須売神」とは「磐長姫命(イワナガヒメ)」のことと地元では伝わっている。


『糸島郡誌』によると、「寛永元年(1624)11月5日、浦の漁人仲西市平の妻に神告ありて、初めて勧請せしという。文政六年再建せり。」とあることから、二柱は江戸時代に祀られ始めたことになる。

この「古計牟須姫命」が「君が代」と対応するという説があるが、時代的に整合しない事が分かった。


参拝を終えたが、二見ケ浦に戻るまでに時間が余った。

「るなさん、何処がいい?」
と聞かれる。
「豊玉姫といえば志登神社よ。」
「朝から、志登神社って言ってたね」

そう、豊玉姫なら志登神社でっしょ。
豊玉姫が上陸して髪をくしけずったという安曇の宮。
行くなら、そこでしょ。


<20180322>




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# by lunabura | 2018-03-22 19:51 | 「ウーナ」 | Trackback | Comments(0)

ウーナ24七つの珠3 アジャーシタ 玉依



ウーナ24

七つの珠3 

アジャーシタ 玉依
 


前回のつづき。糸島市船越の綿積神社にいる時だ。
崋山は豊玉姫を探しているらしい。しきりに裏手の崖の上を見ていた。


私はあちこち写真を撮っていたが、「るなさん、るなさん」と菊如が呼んだ。
見ると、崋山が祠の前でしゃがみこんでいた。
そして、小さな声で話していた。
私はそれを急いで書き止めた。

「姫は山上で待っておられます。
豊玉姫の分御魂(わけみたま)。

わしゃ、このサンゴの中に入っている。
底深く、竜宮城が我らの住む地。
しかし、門が閉められた。
閉められると、その地では生きていけん。
再び門が開き、行き来ができるようになった。
わだつみの者たちも行き来できるようになった。
見よ。
この瀬。
われらはこの地に来れた。
わしの名はアジャーシタ。
昔、玉依(たまより)として働いておった。
代々、姫たちの子を育てる役目が玉依じゃ。

神の力が宿りたる子たちを育て、学ばせ、人々のために働けるように育てるのが玉依の務め。

何人もの人が神を宿してこの地を治めて、その御魂を持った者たちが集まり、この国を建て直す。

わしゃ、812年前に閉じ込められた。
この国は島国、海とのつながりが欠かせぬ。
またこの地の門が開いて、やっとこれで海に帰れる。
亀が迎えに来ている。」
そう言って、アジャーシタは去っていった。







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見ると、崋山の前には30センチほどの高さのサンゴが祀られていた。
アジャーシタはこのサンゴに812年前から入っていたという。
この話は2017年の事だったので、812年前は西暦1205年のことになる。
この年、何が起こっただろうか。

1205年は元久2年。天皇は土御門天皇。鎌倉幕府の征夷大将軍は第3代将軍・源実朝である。執権は初代・北条時政から第2代執権に北条義時に変わった。

あまりピンとこない。

それよりも、玉依というのは役職名で乳母的な存在だったという話が新しかった。

海の底の竜宮城には、わだつみの者たちが住んでいて、姫の子は神を宿した人として教育され、陸の地を治めたということのようだ。
人間とわだつみの者は違う種族というのか。
分からない。

崋山は崖の上を見やっていた。
そこには石の台と石碑があるように見えたが、切り立った崖はコンクリートで覆われて道が無い。
岬の突端のようだ。

私たちは岬の反対側から登る事にした。




<20180321>



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# by lunabura | 2018-03-21 22:54 | 「ウーナ」 | Trackback | Comments(0)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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