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ひもろぎ逍遥

斎宮(山田)(Ⅱ)二つの斎宮の謎が解けた

斎宮(いつきのみや)(山田)(Ⅱ)

二つの斎宮の謎が解けた


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もう一つ由緒書きがありました。
分かりやすく書きなおしながら、読んで行きましょう。
        (面倒くさい人は飛ばして結論へどうぞ)


斎宮
御祭神 
  天疎向津姫命(あまさかるむかつひめのみこと)(天照大神)
  武甕槌命(たけみかづちのみこと)
  事代主命(ことしろぬしの命)
  住吉三神(表筒男、中筒男、底筒男)
  息長足媛神(神功皇后)
合祀 六所神 (イザナギノ尊、イザナミノ尊、ニニギノ尊、速玉男命
   コトワケオの命、国常立の尊)豊受大神
境内社 祇園社

山田邑斎宮の由来記
 当宮は神功皇后が新羅征伐のとき、みづから神主となり、
神教を祈願された霊蹟の地であり、つぎのような由来を伝えている。


  第14代仲哀天皇は仲哀八年巳卯の春、
神功皇后と御一緒に熊襲征伐のために筑紫の香椎宮に行幸啓された。

そのとき皇后に
「熊襲が謀反するのは、新羅が後援しているからで、
本幹たる新羅をお攻めになると、枝葉の熊襲はみづから枯れるだろう。」
という神のお告げがあった。

しかし仲哀天皇は、神のおつげを無視して熊襲を討たれたため、
失敗されて、香椎宮に帰られ、翌年二月、病気で崩御された。

 皇后は非常にお嘆きになったが、密かに屍を納めになり、
喪を隠して、賊徒を征伐する業をお継ぎになった。

 そうして、香椎宮から群臣や百寮を率いて、小山田邑(上山田)に行啓され、
お住まいになったところが、聖母屋敷で、
聖母屋敷の西南にあたる六所の地に斎宮を造営され、
皇后みづから、神主となり、六所神を祀り、
三月一日から七日七晩戦勝の祈願をなされた。

神々のご加護により、国内も治まり、三韓を戦わずして、平定された。

 皇后が諸々の戦術と戦勝祈願をされた六所大明神は
慶長年中に大洪水で破損したので、村民は非常に恐れおののいて、
聖母屋敷に合祀した。
この社の跡を「ろくしゅう」と言って、六所田(神田)の中に
今も社の跡を残されている。

 なお、境外神社として審神者(さにわ)神社があるが
祭神は中臣烏賊津使(なかつおみ)。

「日本書紀」の神功皇后紀に皇后の祈願に際して中臣烏賊津使を召して、
審神者とす、とある。
審神者とは神の託宣請うてその意を伝える人である。(略)

 


この由来書は日本書紀から説を引用してあります。
実は、仲哀天皇の死因については、日本書紀にはいくつもの説が書いてあります。
記紀が書かれた時代にはもう、よく分からなくなっているのですね。

この山田斎宮では、熊襲征伐に行って、矢に当たったのが死亡原因だ
という説を採用してあります。

由緒書きでは、群臣や多くの長官たちを連れて移り住んだとあります。
大々的に移動して、それから、斎宮を営んでいます。

少し無理があるようです。
仲哀天皇の死を隠しているのですから。
時代が経つにつれて話が変化したようです。

何せ、1800年前の話です。
話が変わって当然です。

この斎宮のキーワードを考えました。
それは「戦勝祈願」です。
そこでこんな推理が生まれました。

二つの斎宮がある訳はこうだ?

さあ、ルナ流の謎解きです。

香椎宮で仲哀天皇が亡くなった後、
竹内の宿禰は亡骸を船で山口県の穴門宮にお移しし、
二週間後に戻って来た。

それから、古賀市の小山田で斎宮を営み、三人で神意を尋ねた。
その結果、天照大御神の御意と分かったので、香椎宮に戻って、
群臣らと協議して、新羅攻撃を決定する。

それから、群臣らを率いて、山田の斎宮の地に向かう。
そして、神宮皇后らが、久山町の神路山で、
祟られた天照大御神をお祀りする。
斎宮に戻って、六所宮の神々を呼んで、戦勝祈願の神事をした。


いかがですか。
こういうストーリーだと、二つの斎宮と聖母屋敷の地名が
今に残る謎が解けます。

まあ、また新たな発見があると、推理は変わるかもしれません。
それもよし、としましょう。    

あなたはどちらが斎宮だと思いますか?
コメント寄せてくださいね。

この「二つの斎宮」を楽しむコース
お勧め順路

1、全体のストーリーをつかむために…『姫宮さまたちの物語』 ⇒ オキナガタラシ姫
2、仲哀天皇の崩御現場に行く   … 『ひもろぎ逍遥』     ⇒ 香椎宮
3、神宮皇后が神懸かりした斎宮に行く …             ⇒ 小山田斎宮
4、戦勝祈願をした斎宮に行く(このページ)  …         ⇒ 斎宮 (山田)


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本殿の右後ろにある、鳥の姿をした木です。
そっくり!

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# by lunabura | 2009-11-05 00:00 | 斎宮・いつきのみや・粕屋郡 | Comments(0)

二見岩 竜宮門と名付けちゃいました


二見岩   福岡県福岡市東区志賀島

竜宮門と名付けちゃいました

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「志賀海神社の神様は、今、島の横の磯の岩場にいらっしゃるのよね。」
と、知りあったばかりのMさんが何度も言います。

ルナは神社大好き人間だけど、人には内緒です。
だから、まさか、いきなりこんな話を聞かされていいのかしらと、戸惑いました。

Mさんの話がどうしても気になるので、ある朝、
その神社とその磯の岩場に行きました。

ルナは神様がいるかどうかは分からないのですが、
神社は清々しくて、とても幸せな気持ちになります。

志賀海神社にお参りした後、
志賀島を外周するドライブコースを車で走りました。
右側はずっと海です。
とてもきれいな海です。

ガードレールにはトンビが、数十羽も止まって羽根を休めていました。
こんなに沢山の大きな野鳥を見れるなんて、
何か、ラッキーな気分です。

そのまま車を走らせると、Mさんの言う磯の岩場はすぐに有りました。
そこは自然と車を止めたくなる景勝の地です。
大きな岩がごろごろしていて、磯遊びには持ってこいの場所です。

車を降りて立つと、目の前に巨大な岩が二つ、
まるで海へと続く門のようにそびえていました。

私はその正面に立って見とれていました。

すると、その正面の沖合の海が丸く光り出したのです。
その時気づいたのですが、その日は曇りでした。

そして、その沖合の海の上の雲だけが丸く切れて、
太陽の光がまっすぐ射したのです。
まさにスポットライトでした。

「あそこが、竜宮への入り口だわ。」
と、思ってしまいました。
そこで、ルナはこの磯を秘かに『竜宮門』と名付けました。

それから画家の青木茂の描いた絵「わだつみのいろこの宮」
というタイトルが思い出されました。

「きっと、あれが、わだつみの神のいらっしゃる海の底のお宮の入り口だ。」
と、自然に手を合わせました。


でも残念な事に足元はゴミだらけ。
何も掃除道具がないので、もう一度、
今度は掃除に来ようと思って家に帰りました。

帰り道、トンビたちはまだガードレールの上に止まっていました。

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右側の岩には穴が開いていました。
こんなのが世界中にあります。


 何故二人の人間が同じ日に掃除に来たの? 

 掃除をしようと思いつつ、なかなかチャンスがなかったのですが、
ある日、「明日行こう。」と思い立ちました。

その頃は何故か朝早くから目が覚めてしまう日が続いていました。
「まあ、目が覚めたらね。」
と軽く思いながら寝ました。

翌朝、5時に目が覚めました。

寝ぼけてしまい、「なんでまた早く目が覚めたんだろ。」
と思って寝直しました。

すると、なんと、カラスがベランダに止まって、
「カア、カア、カア、カア」と四回鳴いたのです。
こんな事は初めてです。
「あ、起こされた。今日はお掃除に行くつもりだったんだ。」
と飛び起きました。

 箒としょうけとビニール袋を持って車を走らせました。
そして、その竜宮門に着いて、ほうきをトランクから出した時です。

磯から、黒いビキニの若い女性が上がって来ました。
彼女は沢山の拾ったゴミをビニール袋に入れています。

 お互いに同じ事をしているのを見て、
すぐにどちらからともなく話をしました。

近くで見ると、その人は歴史の教科書に出て来る、
阿修羅王の仏像そっくりな顔立ちの人です。
その黒く日焼けしてひきしまったな身体と、整った美しい顔にルナもほれぼれです。

「千葉から車でずうっと海沿いにやって来たんです。
海がゴミだらけだったので、拾った所です。」
彼女にとっては海の掃除は当たり前の事のようでした。

「ここのウニは食べられるのですか。」
「もちろん、大丈夫です。
漁師さんたちがここのウニを採って売っているのですから。」

ここでの漁は一般人はご法度ですが、
彼女は汚れた海しか知らなくて、ここの海の中にいるウニが
安心して食べられるかどうかを聞いて来たのです。

「この島の奥には行きましたか?」
「いいえ。」
「この道をずうっと行くと、有名な勝馬海水浴場があって、シャワーもありますよ。」
と教えて上げると、濡れた水着のまま、すぐに車に乗り込んで出発しました。

 彼女を見送ると、勇気100倍。道路の掃除を始めました。
だって、これって、結構照れくさいのです。

でも、同じ日に同じように掃除をする人間に出会えたなんて、
これこそ、神様の計らいだと、思いましたよ。

 帰りに志式神社の前を通る時、またカラスが
「カア、カア、カア、カア。」
と、遠くの空で鳴くのが聞こえました。
「あ、また4回だ。今日は行けないけど、またお参りに行きますね!」
と思いながら、家路を急ぎました。

 帰ってからルナパパが
「何かお知らせがありましたか。」
と聞いてくれました。
「うん。あった。あった。
同じように竜宮門を掃除する人がいたのよ。
彼女は海を。私は道路を。
あの、タイミングで会えるなんて、神様のはからいとしか考えられないよ。」
と、報告しました。

今考えると、この件が御縁で、
『姫宮さまたちの物語』を書くようになったのかな、と思いました。

豊玉姫や玉依姫が、この「わだつみのいろこの宮」の姫神です。
このあたりの海域が舞台だと分かってきました。

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海の中道から能古の島を望む

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# by lunabura | 2009-11-02 10:58 | 志賀島の各地 | Comments(10)

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25

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