ひもろぎ逍遥

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タグ:真鍋大覚 ( 113 ) タグの人気記事

羌人(きょうじん)にやっと会えた



羌人(きょうじん)にやっと会えた


 

先ほど、NHKで「四川美人谷」が放映された。

本当に美人ばかりで見とれたが、頭には「かふり」を被っていた。
埴輪の女性と同じ被りものだ。

取材されていたのはギャロン・チベット族ということだが、
もともと羌人(きょうじん)がルーツだったという。

羌人は旧唐書には「東女国」と書かれている女王国の民だ。

番組によると、この民は夏王朝をうちたてた禹(う)のルーツだそうだ。

殷が建国されると羌人はいけにえとされていた。
次に周が起こると、羌人は王の妃として入り込んで身の安全を確保したという。

この羌人について、ずっと探していて、手掛かりがなかったのだが、この番組でようやく会えた。

何故探していたかというと、「羌人」は真鍋の本に出てくるからだ。

ところが、真鍋の本では「羌人」「姜人」の二つの単語が混在している。
どちらも「きょうじん」と発音するので、真鍋の語りを書き写す時に混同したのだろう。

このために、渡来人の整理がストップしていたのだが、もしかしたら、これで整理が進むかもしれない。


☆ ☆ ☆



明日の歴史カフェ429は当日参加でもOKです。
資料は数部多めに印刷しますが、出来たら午前中までに連絡入れてください。

消された大王 アントンイソラ
―安曇と阿部(阿倍)姓の王たちは日本書紀から封印されたー

1章 安曇磯良 白い覆面の神
2章 日本書紀に書かれなかった磯良の存在 各地の伝承から半生を描く
3章 各地に伝わる磯良と干珠満珠の記憶    
4章 中国正史に書かれた倭王・阿毎氏とは阿倍氏である
5章 高良玉垂宮で玉垂命(磯良)が高良の神(武内)に変わったのは白村江戦の十年後だった

前半は初めての方でも理解しやすいように、パワーポイントで全体を見ていきましょう。


会場は福津市の福間中央公民館です。
駐車場は145台分あります。
ここでの団体名は「ひもろぎ歴史愛好会」です。

今回は『神功皇后伝承を歩く』の下巻がメインです。

日時 2018年4月29日(日)2時~4時
会場 福間中央公民館 2階 視聴覚室「ひもろぎ歴史愛好会」
所在地: 福岡県福津市手光2222
電話: 0940-43-2100(ナビ用です)
交通アクセス JR福間駅から徒歩15分
西鉄バス「手光」バス停から徒歩8分。
会費 1500円(当日払い)


申し込み方法
1 氏名 ヨミガナ(ハンドル名)
2 住所 市町村、字名まで (例として福岡市東区香椎、春日市春日)
   (丁目や番地は不要です)
3 歴史カフェ429希望と記入。

なお、『神功皇后伝承を歩く』(上下)を購入希望の方はその旨書いてください。
当日お持ちします。

初めての申し込みは「コチラ」あるいは、サイドバーの「メールはコチラ」から。

二度以上の方は、当方からの返信をご利用くださいませ。

(ドコモの方は当方からの返事が届かない場合があります。
受け付けておりますので、気にせずご来場ください。)

福間中央公民館 
所在地: 福岡県福津市手光2222
電話: 0940-43-2100(ナビ用です)
交通アクセスはJR福間駅から徒歩15分
西鉄バス「手光」バス停から徒歩8分です。







歴史カフェ福津
4月29日(日)第18回 2時~4時
「消された大王 アントンイソラ
安曇姓とアベ姓の王たちは日本書紀から封印された」
詳細は コチラ 過去記事はコチラ

歴史カフェ小城
5月12日(土)第2回 3時~5時
1部:天山神社創建の人たち 藤原房前・持統天皇など
2部:神功皇后の伝承
申し込みはコチラへ    
第1回詳細はコチラ
会場:小城鍋島家Ten

歴史と自然をまもる会
バスハイクの旧記事はコチラ
5月 安曇の里




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by lunabura | 2018-04-28 23:13 | <真鍋大覚儺の国の星> | Trackback | Comments(0)

「三星堆のイ族」と「一目国のイ族」は同じか



「三星堆のイ族」

「一目国のイ族」は同じか



 賀茂氏は日本の開拓者で、刀剣より、百姓の鋤鍬の生産を主としていたという。蹈鞴の名人で北方系の胡人だった。火を見る時、目を守るために片目を閉じる事から、隻眼一目(せきがんひとつまなこ)の神として倭人の間で崇められた、と真鍋は言う。
その目は緑色。

その祖国である一目国が中国の北方にあったという。

中国最古の地理書といわれる『山海経』(せんがいきょう)にその記述が出てくる。『山海経』は紀元前4世紀~3世紀頃の成立とのことで、日本の弥生時代の早い時期には一目国があったことになる。

ウィキペディアによると、
「一目人たちの姓は威(い)であり、古代中国の帝・少昊の子孫であるということ、また、キビを食べているということが記されている。人々はこの国を怖がっており、鬼国(きこく)とも呼んでいたという。」
とある。鉄の民は目が一つだという話になった。

単眼の巨人はギリシア神話にはキュクロプスの名で、卓越した鍛冶技術を持つ神として登場する。
キュクロプスは一目の神であり、噴火口の神であり、蹈鞴の神だと真鍋は記す。

一目は燕語でカナムリと言い、それがカモに変化したという。燕国は鉄で知られる。賀茂氏は雷神を信仰する一族でもある。


武器ではなく、農工具を造ったという賀茂氏は、鉄も銅も加工できたのだろうか。
賀茂氏がつくった黄金の延べ板は「八つ橋」という土産物に、砂鉄で出来た玉鋼(たまはがね)は「おこしごめ」という土産物になったという。



以上は、過去記事に書いた内容でもあるが、昨日は一目国の人たちの姓を見て驚いた。

一目国の人は「威」姓、すなわちイ族なのだ。
先日、三星堆のイ族は追われ追われて絶壁の山に暮らしているのを書いたばかりだ。

いずれも「イ族」、青銅、鍛冶など共通項がある。


c0222861_20572783.jpg




ギリシア神話の時代に鍛冶をしていた賀茂一族は一目国を造り、南に移動して蜀を造り、東に移動して高句麗壁画に鍛冶と八咫烏の図を残した。
そういうストーリも可能になった。

一方、日本の筑後川沿いにも賀茂氏はいたが、神武天皇以前には入植していたことになる。それが浮羽の賀茂神社の持つ意味だ。


脊振山系で栄えた賀茂氏の祭祀はのちに弁財天信仰に置き換えられていく。
ヒカゲノカズラを髪に差す優美な祭りは中大兄皇子によって京に伝えられた。


賀茂氏は祭祀用具も造ったのではないか。
鉄鐸が岩戸開きの時に造られたというが、銅鐸の製造の担い手はだれか、と考えるとき、この賀茂氏の存在が一番に挙げられるのである。
加茂岩倉遺跡の加茂には賀茂氏がいて、製作にかかわったのではないか。


そして、その技術があったからこそ、
仏寺の梵鐘も早期に国内で作ることができたのではないか。
そう思われて仕方がない昨今である。



歴史カフェ 2018年2月11日(日)
日本の開拓者 賀茂氏
古代の北部九州に展開した出雲と水沼のハイブリット
―観世音寺の鐘、安心院・浮羽・高良山―




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by lunabura | 2018-01-17 20:58 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

阿志岐山山名考 アテラ 宮地岳 アシキ 天山



阿志岐山 山名考 

アテラ 宮地岳 アシキ 天山




筑紫野市の阿志岐山(339m)の山名には複数の名称があります。
アテラ山、宮地岳、阿志岐山、天山です。

その由来について、過去記事をリンクしておきます。
直接に由来を書いている訳ではありませんが、その説明を含んでいます。



(1)アテラ(左手等)山
朝倉の麻氐良山(右手等)に対応して「左手にある山」という意味。
高良山から見れば左右が該当する。



麻氐良と阿氐良




(2)宮地岳
北極星を宮地の星ということから、
南から観測して北にある神奈備山を宮地岳(嶽)という。

阿志岐山は高良山から真北にあることから、宮地岳というのではないか。
宮地岳は福岡の数か所にある。

下のリンクの記事の一部に高良山と阿志岐山のことを書いています。

湯の隈装飾古墳 朝倉市宮野湯ノ隈1326-2
被葬者は宮地嶽神社を守っているのか






(3)阿志岐山

舟人を「あきしき」或いは「あかし」といった。
蘆木(あしき)はまさに太宰府に直属して
千歳川の水行を司った氏族の名であった。(真鍋大覚)

千歳川とは筑後川のこと。荒船神社は阿志岐山の山麓にあり、南の高良山麓にもアシキの地名がある。その中間には赤司の地名もある。これらを結ぶ連絡船があったのではないか。地名はその名残か。

以下に前後の内容を書いています。
荒船神社(3)蘆木氏は太宰府に直属していた







(4)天香山から天山に変化した

阿志岐山はかつて天香山(あまのかこやま)といい、神武天皇や神功皇后がこの山の土から土器を造って祭祀に使った。天香山が変化して天山(あまやま)となった。

阿志岐山を天山というのはこれだろうか。




以上、るな的考察でした。

<20180115>





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by lunabura | 2018-01-15 21:41 | <地名・地形・伝承> | Trackback | Comments(0)

第17回 歴史カフェ 2月11日のご案内「 賀茂氏」



第17回 歴史カフェ 

2月11日 のご案内 「賀茂氏」



2018年最初の歴史カフェのご案内です。

第17回は、真鍋が「日本の開拓者」という「賀茂氏」について、北部九州の神社と寺の由緒から全体像を描いていきます。

ネットで賀茂氏を検索すると京都以降の事は書かれていますが、その前の姿が見えてきません。

賀茂氏は神武天皇以来八咫烏(ヤタガラス)として天皇家を支えた一族で、三女神の一人が大己貴との間に生んだ男子を始まりとしています。

つまり、出雲と水沼の通婚によって賀茂氏が生まれたわけです。その男子の名は阿遅鉏高日子根(あじすきたかひこね)と言います。福津市の楯崎神社(下巻70)にもそのことが書かれていますね。

 賀茂氏と神武天皇の足跡は宇佐市安心院(あじむ)や浮羽(うきは市)に残っています。また景行天皇や神功皇后の時代にもその姿が文献に留められています。

この賀茂氏の末裔が太宰府市観世音寺の初代管長になりました。満誓沙弥と言います。筑紫万葉歌壇で知られた人ですね。天智・天武両天皇が篤く信頼したのも、長い歴史があってのこととなります。
 
 真鍋大覚の伝承を紐解くと、そのシンボルから、山鹿の一ツ目神社、高句麗壁画に描かれた三足烏にもまた一族の姿を留めていることが分かります。

北部九州からアジアまで、その足跡を俯瞰(ふかん)しましょう。

 一昨年、「八咫烏」のテーマで使った資料を再編成して、別の角度からアプローチしていきます。



タイトル 仮題

古代の北部九州に展開した賀茂氏
―安心院、浮羽、高良山、観世音寺の鐘―


会場は福津市の福間中央公民館です。
駐車場は145台分あります。
ここでの団体名は「ひもろぎ歴史愛好会」です。

お持ちの方は『神功皇后伝承を歩く』上下巻 を持参してくださいね。


日時 2018年2月11日(日)2時~4時
会場 福間中央公民館 2階 視聴覚室「ひもろぎ歴史愛好会」
所在地: 福岡県福津市手光2222
電話: 0940-43-2100(ナビ用です)
交通アクセス JR福間駅から徒歩15分
西鉄バス「手光」バス停から徒歩8分。
会費 1500円(当日払い)


申し込み方法
1 氏名 ヨミガナ(ハンドル名)
2 住所 市町村、字名まで (例として福岡市東区香椎、春日市春日)
   (丁目や番地は不要です)
3 歴史カフェ211希望と記入。

なお、『神功皇后伝承を歩く』(上下)を購入希望の方はその旨書いてください。
当日お持ちします。

新規の方の申し込みは「コチラ」あるいは、サイドバーの「メールはコチラ」から。
過去に申し込んだ方は当方からの返信もご利用ください。

(ドコモの方は当方からの返事が届かない場合があります。
受け付けておりますので、気にせずご来場ください。)

福間中央公民館 
所在地: 福岡県福津市手光2222
電話: 0940-43-2100(ナビ用です)
交通アクセスはJR福間駅から徒歩15分
西鉄バス「手光」バス停から徒歩8分です。










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by lunabura | 2018-01-12 20:42 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

真鍋ノート 魏志倭人伝「生口」とは海士・海女のことなり



真鍋ノート 

魏志倭人伝「生口」とは

海士・海女のことなり



魏志倭人伝に「男女生口三十人を献上す。」とあり、「生口」の意味は奴隷など、さまざまに訳されますが、真鍋は海士・海女のことであると伝えています。

海産物を不老長寿の薬として珍重したので、それを採る熟練士を献上したという意味になります。中国大陸の都は海から離れた所にあるので、海藻やウニ、アワビなどは特に珍重されたのでしょうね。

「生口」は「まかり」と読んだそうです。
「めかり」とは和布刈神社(めかり)にその名が残っていますが、旧正月に夜中の海に入ってワカメを採って、神に捧げます。これも安曇磯良の干珠満珠の秘法からきています。

さて、真鍋から
魏志倭人伝に曰く、
 男女生口三十人を献上す。
 
韓国済州島の海女を「まかり」と言う。昔は能登舳倉(へくら)から淡路岩屋まで季節を定めて出稼ぎにきていた。豊前企救(きく)和布刈(めかり)や筑前宗像鐘崎はその根拠地であった。
大陸民族は水を渡ること、あたかも戦々(恐々)として薄氷を踏むがごとくおそれるが、不老長寿の貴薬としての海藻(なまわかめ)、それから海肝(なまうに)の類は珍重するが、これを自ら衣を脱ぎ水にひたって採集することはできない。
そこで倭人の練達の士を召し抱えてこれに当たらせていたのである。「生口」(まかり)とは「なまめかり」と訓ずべき氏族であった。


「生口」のイキグチの字は「魚」を表す近東語の「イクシス」から来たものだそうですよ。




過去記事に詳しく述べています。


済州島はもともと耽羅国であり、韓国とは違っていましたよ



※和布刈神社は下巻100です。



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by lunabura | 2018-01-10 20:56 | <真鍋大覚儺の国の星> | Trackback | Comments(0)

朝倉の地名に星の名が



朝倉の地名に星の名が



いつもの真鍋ノート。

戸次星へきのほし杷木星。アルデラミン

三並みつなみオリオン。夜須郡夜須村三並。三笠星、三組星。三連(みづら)星。三諸星。三島星。三島。溝くい。

朝倉の道の駅に「三並の里」(みなみのさと)があるのですが、
「三並」って、オリオンの三ツ星なんですね。


「杷木」はケフェウス座のアルデラミンですって。

途中に「四三嶋」(しそしま)という信号があるけど、北斗七星だろうなといつも思いながら通過します。

マテラ山のマテラは竜座のツバーン。

朝倉には星の名前がついた地名がこの他にもあります。

ぼーっとしながら見ていると楽しいですね。例のエクセルです。

そうそう、肝心の朝倉は「あしたのいわくら」すなわち、夜明け前の東の空にでる星座群のことだそうですよ。






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by lunabura | 2017-12-15 23:11 | <地名・地形・伝承> | Trackback | Comments(0)

エクセルは楽し





真鍋大覚を時々読みますが、面白い話があちこち、バラバラに載っているので、記憶に残りません。
そこで、最近は単語メモをエクセルにちょくちょく入力しています。









c0222861_19481412.png



これまでもいくつかノートを作ったのですが、役に立たなかったんです。
追加、追加ですからね。


で、今頃になって、エクセルの利点に気づいたのでした。
今日のメモをランダムに記入して、チチンプイプイ。









c0222861_19484184.png

並べ替えると、あら不思議。
あれとこれとが繋がる、つながる~

田油津姫は土蜘蛛とされたけど、西域出身の渡来人だったんだなあ、とかね。

真鍋の本全体の単語帳を作りたいと常日頃思うのですが、それはきっと古語辞典なみのスケールになりますね。

個人ではとてもできない。
スポンサーとスタッフがいればすごいのが出来るのになあと、よく思います。

日本語のルーツが満載なんですから^^







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by lunabura | 2017-12-08 19:50 | <真鍋大覚儺の国の星> | Trackback | Comments(0)

16回歴史カフェ「ありなれ川」の準備の仕上げ中



16回歴史カフェ

「ありなれ川」の準備の仕上げ中





あと3日後、11月26日の歴史カフェの準備も仕上げの段階になり、今日は「ありなれ川」について、パワーポイントと資料の見直しを進めていました。

真鍋は水城の成立に関しては通説の防衛説ではなく、雪解けの洪水を防ぐ堤から発展したものと伝えています。この話一つを検証するために、数年かけて水城に関する講演や現地説明会に出かけました。その数は10回近くになります。

今夏の上大利水城の現地説明会に行って、ようやく真鍋の言う小水城の成立事情が理解できました。それに加えて、あいにくの朝倉の水害を目の当たりにしたことも理解を深める結果になりました。災害と利水。営々とした人々の営みを先人から学ぶことは大切ですね。

第1章ありなれ川
第2章針摺(はりすり)瀬戸
第3章宇佐島と左佐島(天原)
第4章水城は瀦水塘(ちょすいとう)だった(小水城と水城 上津土塁)
第5章大宰府と「とほのみかと」は別のものだった
第6章筑後川(千歳川)
第7章古代氏族の分布(蘆木・平群・曽我・葛城・巨勢・物部・中臣・国栖・賀茂)

このような順で話をします。

真鍋は中近東の言葉が倭語にたくさん残っていることを書いています。

テレビを見ていると、エジプトの漁師さんが網を引き揚げるとき、「アラヨッ」と言い、竜骨を大勢で持ち上げるとき、「セーノッ」と言ってました\(◎o◎)/!

こういう言葉を聞くと、真鍋の話が身近に感じられます。私たちの言葉にも案外たくさんの異国の古代語の化石が含まれているんですね。

前回から画像を駆使して話をしているので、以前の歴史カフェより分かりやすくなりました。また、会場が広いので人数制限も無くなりました。皆さんのご参加をお待ちしています。




会場は福津市の福間中央公民館です。
駐車場は145台分あります。
ここでの団体名は「ひもろぎ歴史愛好会」です。

お持ちの方は『神功皇后伝承を歩く』下巻 を持参してくださいね。

日時 2017年11月26日(日)2時~4時
会場 福間中央公民館 2階 視聴覚室「ひもろぎ歴史愛好会」
所在地: 福岡県福津市手光2222
電話: 0940-43-2100(ナビ用です)
交通アクセス JR福間駅から徒歩15分
西鉄バス「手光」バス停から徒歩8分。
会費 1500円(当日払い)


申し込み方法
1 氏名 ヨミガナ(ハンドル名)
2 住所 市町村、字名まで (例として福岡市東区香椎、春日市春日)
   (番地は不要です)
3 歴史カフェ1126希望と記入。

なお、『神功皇后伝承を歩く』(上下)を購入希望の方はその旨書いてください。
当日お持ちします。

申し込みは「コチラ」あるいは、サイドバーの「メールはコチラ」から。

(ドコモの方は当方からの返事が届かない場合があります。
その時は、この記事の下に掲示します。
確認したら、非公開でコメントを入れてください。
そののち、記事からお名前を削除します)

福間中央公民館 
所在地: 福岡県福津市手光2222
電話: 0940-43-2100(ナビ用です)
交通アクセスはJR福間駅から徒歩15分
西鉄バス「手光」バス停から徒歩8分です。







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by lunabura | 2017-11-23 21:21 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)

真鍋ノート魏志倭人伝2 躬巨国 投馬国 伊都国 耶馬国 好古都国


真鍋ノート

魏志倭人伝2

躬巨国 投馬国 伊都国 耶馬国 好古都国



さて、真鍋大覚による魏志倭人伝の国々の記事のつづき。

躬巨国くしこく 古賀政男の出身地・筑後三潴大川。(宮崎康平説)
投馬国とうまこく 天草島。天鳥船の故郷。
早良さわら 魏志倭人伝にはない。
伊都国いとこく 怡土郡。奴国との境は室見川(早良川)
奴国ぬこく 那珂郡。伊都国との境は室見川(早良川)
耶馬国やまこく 筑後八女郡。
好古都国こことこく こごち。満天の星座。不知火の群光を連想させる。
邪馬台国やまたこく 時見の対象となる高山を遠望するところ。

早良に関しては、遺跡がありながら、
魏志倭人伝には記述されていない謎があるが、
真鍋は奴国の一部としているようだ。

伊都国は糸島水道の南から室見川までとしているので、
高祖山や飯盛山の山塊は伊都国ということになる。

奴国は「ぬこく」「なこく」いずれを読んだか未詳だが、
室見川と「ありなれ川」に挟まれた領域で、
那珂川町を中心と考えているもよう。

耶馬(やま)=八女(やめ)

好古都国に関しては断定はしていないが、
文脈からは不知火(しらぬい)の見える有明海沿岸と考えているようだ。

邪馬台国も断定していないが、東か西に時計代わりの高山があるとする。

また、「奴佳鞮」(なかて)とは邪馬台国の「官名」だが、
同名の「王」(あるいは邪馬台国の一官)が
多良岳~諫早を領有していたとする。


前回の地図に追加してみた。









c0222861_19373985.png

「奴佳鞮」(なかて)が邪馬台国の一官名ということは、
邪馬台国はこの付近としているように見受けられる。

倭国の大乱は雲仙岳(画像では普賢岳)の領有を巡ってのものだ
という文も見られた。(少しあいまいな記憶)


見つかったのは以上の国ぐらい。

本をお持ちで、ほかの国を見つけた方は、
コメント欄に、ページとともに一文を是非とも!


<2017年10月27日>




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by lunabura | 2017-10-27 19:38 | <真鍋大覚儺の国の星> | Trackback | Comments(0)

真鍋ノート 魏志倭人伝 奴国 不彌国 為吾国 伊邪国 姐奴国 巴里国


真鍋ノート

魏志倭人伝 


奴国 不彌国 為吾国 伊邪国 姐奴国 巴里国



邪馬台国論争に参加する気持ちはサラサラないが、
真鍋大覚の本には各国の場所がちりばめられている。

単語帳をエクセルでボチボチと作り始めたところ、
真鍋による魏志倭人伝の各国も少しずつリストに挙がってきた。


今回は、その国々の中、わずか六国ではあるが、
その場所を確認しよう。


奴国ぬこく二万戸余り。戸をもって数えた。ありなれ川を挟んで対岸に不彌国。
不彌国ふみこく千余家有り。家をもって数えた。ありなれ川を挟んで対岸に奴国。
為吾国ゐごこく肥後菊池泗水。ゐご=地底から湧き上がる水をためた深い池。
伊邪国いざこく肥前松浦伊万里。筑紫の天原の領域。
          中東民族が住み着いた歴史あり。
姐奴国そなこく宮崎康平によると、肥後益城。(ましき)
          そぬ・せの=女人が衣装を洗い濯ぎ、
          砧でたたき晒して干し、頭に乗せて帰る姿。
巴里国はりこく朝倉郡。あさくら・はり=高瀬舟の元祖の名。

地図に落としてみた。









c0222861_20324216.png

真鍋は「奴国」の位置を「ありなれ川」の西としている。

私自身、論を立てるようなレベルには達していないが、
真鍋の言う奴国の位置に関しては違和感がある。

香椎宮の位置が儺県(なのあがた)だからだ。

奴国とは、
委奴国(倭奴国)の金印が出た志賀島を中心とした博多湾沿岸全体、
すなわち、那珂川~那の津~香椎~旧粕屋郡北部を考えている。


真鍋による魏志倭人伝の世界は、
これからも少しずつ追及していこう。

あくまでも真鍋の世界であって、
私の説ではないことを断っておきたい。


真鍋の邪馬台国は何処だろうね。

<2017年10月26日>



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by lunabura | 2017-10-26 20:35 | <真鍋大覚儺の国の星> | Trackback | Comments(5)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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