ひもろぎ逍遥

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邪馬台国論ではなく




邪馬台国論ではなく


倭国とは何処にあった国か。

今回の歴史カフェでは、それを中国正史から、一部ですが、ピックアップしていきます。

邪馬台国論争をみていると、その位置を持論に結び付けるために、データを変えてしまう傾向がみられます。

そこで、今回は試みとして、邪馬台国を全く無視して、
倭国の所在地を示す文も並べて読んでみようという試みもします。

たとえば、韓国の南部に狗邪韓国(くやかんこく)があります。

中国正史には、この国について、「その(倭国の)北岸の狗邪韓国」と書かれています。

これは倭国の北に海があり、海の向こうに狗邪韓国があるという意味です。
奈良の北には海が無く、韓国もありませんね。
倭国は奈良にはないことになります。

「倭国の地勢は東に高く、西に低い」と書かれています。
これは、例えば福岡ならありなれ川の東部などが該当しますが、
吉野ケ里は該当しません。吉野ケ里なら北に高くとなります。
奈良には、それなりの地があります。

中国正史には倭国の「気候は温暖で草木は冬も青い」と書かれています。
福岡は平野部なら、冬でも田んぼには草が生えて青いです。
奈良はどうでしょうか?

倭国には「阿蘇山」があります。
誰が見ても、奈良の話ではありません。

こうしてみると、奈良に倭国がないのは明らかですね。

倭国には卑弥呼が生きていた時代もありますが、それは奈良ではないことが全体から分かります。


今回の歴史カフェではほんの一部の抜粋ではありますが、
各中国史から倭国のイメージを捉えたいなと思っています。

磯良の時代から倭国の滅亡の時代まで、ざっと俯瞰してみる試みです。

<20180423>


日時 2018年4月29日(日)2時~4時
会場 福間中央公民館 2階 視聴覚室「ひもろぎ歴史愛好会」
所在地: 福岡県福津市手光2222
電話: 0940-43-2100(ナビ用です)
交通アクセス JR福間駅から徒歩15分
西鉄バス「手光」バス停から徒歩8分。
会費 1500円(当日払い)


申し込み方法
1 氏名 ヨミガナ(ハンドル名)
2 住所 市町村、字名まで (例として福岡市東区香椎、春日市春日)
   (丁目や番地は不要です)
3 歴史カフェ429希望と記入。

なお、『神功皇后伝承を歩く』(上下)を購入希望の方はその旨書いてください。
当日お持ちします。

初めての申し込みは「コチラ」あるいは、サイドバーの「メールはコチラ」から。

二度以上の方は、当方からの返信をご利用くださいませ。

(ドコモの方は当方からの返事が届かない場合があります。
受け付けておりますので、気にせずご来場ください。)

福間中央公民館 
所在地: 福岡県福津市手光2222
電話: 0940-43-2100(ナビ用です)
交通アクセスはJR福間駅から徒歩15分
西鉄バス「手光」バス停から徒歩8分です。







歴史カフェ福津
4月29日(日)第18回 2時~4時
「消された大王 アントンイソラ
安曇姓とアベ姓の王たちは日本書紀から封印された」
詳細は コチラ 過去記事はコチラ

歴史カフェ小城
5月12日(土)第2回 3時~5時
1部:天山神社創建の人たち 藤原房前・持統天皇など
2部:神功皇后の伝承
申し込みはコチラへ    
第1回詳細はコチラ
会場:小城鍋島家Ten

歴史と自然をまもる会
バスハイクの旧記事はコチラ
5月 安曇の里






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by lunabura | 2018-04-23 21:00 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

歴史カフェ「アントンイソラ」の詳細です



歴史カフェ

「アントンイソラ」の詳細です






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「日本書紀」で一番長いのは「神功皇后紀」ですが、そこには安曇磯良の名がありません。

また、豊浦宮に新羅軍が上陸して皇居を襲撃し、天皇と皇后を守って筑紫の将軍、阿部高麿、助麿兄弟が討ち死にした記録もありません。

神功皇后の御座船の舵取りをした磯良の伝承を拾い出し、その半生を描くと、安曇族とその一族の阿倍(阿部)氏の存在が意図的に消された事が見えてきます。

さらに、次の時代の阿倍磐井の姓も消されていたため、磐井が安曇族ということも分からなくなっていました。

その意図は百済王子を助けた鞍橋君の名の隠蔽にも及びます。

この鞍橋君もまた、宮地嶽神社の阿部勝村、勝頼の兄弟でしたが、姓名が書かれていなかったことから、そのつながりが全く不明となっていたのです。

中国正史を見ると、「倭王の姓」は「阿毎氏」と書かれています。阿倍をアベと読むことができるように、安曇の一族を指していると考えられます。

宮地嶽神社と高良玉垂宮、明星山を拠点とした倭国王の歴史を俯瞰し、白村江の戦い後、日本書紀で意図的に消された状況をみていきます。

消された大王 アントンイソラ
―安曇と阿部(阿倍)姓の王たちは日本書紀から封印されたー

1章 安曇磯良 白い覆面の神
2章 日本書紀に書かれなかった磯良の存在 各地の伝承から半生を描く
3章 各地に伝わる磯良と干珠満珠の記憶    
4章 中国正史に書かれた倭王・阿毎氏とは阿倍氏である
5章 高良玉垂宮で玉垂命(磯良)が高良の神(武内)に変わったのは白村江戦の十年後だった

前半は初めての方でも理解しやすいように、パワーポイントで全体を見ていきましょう。

会場は福津市の福間中央公民館です。
駐車場は145台分あります。
ここでの団体名は「ひもろぎ歴史愛好会」です。

今回は『神功皇后伝承を歩く』の下巻がメインです。

日時 2018年4月29日(日)2時~4時
会場 福間中央公民館 2階 視聴覚室「ひもろぎ歴史愛好会」
所在地: 福岡県福津市手光2222
電話: 0940-43-2100(ナビ用です)
交通アクセス JR福間駅から徒歩15分
西鉄バス「手光」バス停から徒歩8分。
会費 1500円(当日払い)


申し込み方法
1 氏名 ヨミガナ(ハンドル名)
2 住所 市町村、字名まで (例として福岡市東区香椎、春日市春日)
   (丁目や番地は不要です)
3 歴史カフェ429希望と記入。

なお、『神功皇后伝承を歩く』(上下)を購入希望の方はその旨書いてください。
当日お持ちします。

初めての申し込みは「コチラ」あるいは、サイドバーの「メールはコチラ」から。

二度以上の方は、当方からの返信をご利用くださいませ。

(ドコモの方は当方からの返事が届かない場合があります。
受け付けておりますので、気にせずご来場ください。)

福間中央公民館 
所在地: 福岡県福津市手光2222
電話: 0940-43-2100(ナビ用です)
交通アクセスはJR福間駅から徒歩15分
西鉄バス「手光」バス停から徒歩8分です。







歴史カフェ福津
4月29日(日)第18回 2時~4時
「消された大王 アントンイソラ
安曇姓とアベ姓の王たちは日本書紀から封印された」
詳細は コチラ 過去記事はコチラ

歴史カフェ小城
5月12日(土)第2回 3時~5時
1部:天山神社創建の人たち 藤原房前・持統天皇など
2部:神功皇后の伝承
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会場:小城鍋島家Ten

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5月 安曇の里





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by lunabura | 2018-04-22 20:36 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

ようやく集大成かな



ようやく集大成かな



福津の歴史カフェの準備にいそしんでいますが、
アントンイソラについては既にこれまでも、何度か話をしています。

例えば、『高良玉垂宮神秘書』の解説をすれば、玉垂命としての磯良の話となり、
『志賀島所聞録』を紐解けば、やはり磯良神のことになります。

また、方向を変えて磐井の末裔たちの話をしても、安曇族の話に戻ってきます。
アベ一族が安曇族だからです。

中国正史と照合していくと、やはり安曇の話となります。

今回は、磯良の時代から白村江の時代まで、全体を俯瞰していくことで、
中国正史に書かれた阿毎氏とはアベ氏のことではないかという、
漠然とした考えをきちんと説明できるようになりました。

これで次回の「消された大王 安曇磯良」は私にとって、
「磯良と倭国」の集大成になるのかな、と思った次第です。

章立てなどは、後日お知らせしますね。




歴史カフェ福津
4月29日(日)第18回 2時~4時
「消された大王 アントンイソラ
安曇姓とアベ姓の王たちは日本書紀から封印された」
詳細は コチラ 過去記事はコチラ

歴史カフェ小城
5月12日(土)第2回 3時~5時
1部:天山神社創建の人たち 藤原房前・持統天皇など
2部:神功皇后の伝承
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by lunabura | 2018-04-20 21:39 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

第18回 歴史カフェ 福津 「アントンイソラ」のご案内



第18回 歴史カフェ 福津

 「アントンイソラ」のご案内


福津での歴史カフェの日程が決まりました。

4月29日(日)2時~4時です。

タイトルは

「消された大王 アントンイソラ
安曇姓とアベ姓の王たちは日本書紀から封印された」


「アベ」姓は「あづみの部」という意味だそうです。

「日本書紀」で一番長いのは「神功皇后紀」ですが、
そこには安曇磯良の名がありません。

新羅遠征の時の船はどうしたのでしょうか。
各地の伝承では、安曇磯良が神功皇后の御座船の舵取りをしたといいます。

磯良は歴史から封印されましたが、

神楽や傀儡舞(くぐつまい)、高良玉垂宮縁起絵巻、
志賀島の鞨鼓(かっこ)の舞、
宮地嶽神社の浮神(うきがみ)などなどに
「白い覆面の神」として描かれ続けました。

神秘書ではその名を「アントンイソラ」と書いています。

安曇族とその一系のアベ氏は意図的に消されています。

磐井の姓「阿倍」も消され、葛子、鞍橋君(くらじ)の姓も消されていたため、中国正史に書かれる「あべ」の歴史が全く分からないようになっていたのです。


今回は磯良の半生を再現して、日本書紀が封印した倭国の歴史の一端を描きます。


遠方の方も来られるように、連休中に行いますよ♪





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(高良大社の絵巻と「志賀島所聞録」の一文)



会場は福津市の福間中央公民館です。
駐車場は145台分あります。
ここでの団体名は「ひもろぎ歴史愛好会」です。

今回は『神功皇后伝承を歩く』の下巻がメインです。

日時 2018年4月29日(日)2時~4時
会場 福間中央公民館 2階 視聴覚室「ひもろぎ歴史愛好会」
所在地: 福岡県福津市手光2222
電話: 0940-43-2100(ナビ用です)
交通アクセス JR福間駅から徒歩15分
西鉄バス「手光」バス停から徒歩8分。
会費 1500円(当日払い)


申し込み方法
1 氏名 ヨミガナ(ハンドル名)
2 住所 市町村、字名まで (例として福岡市東区香椎、春日市春日)
   (丁目や番地は不要です)
3 歴史カフェ429希望と記入。

なお、『神功皇后伝承を歩く』(上下)を購入希望の方はその旨書いてください。
当日お持ちします。

初めての申し込みは「コチラ」あるいは、サイドバーの「メールはコチラ」から。

二度以上の方は、当方からの返信をご利用くださいませ。

(ドコモの方は当方からの返事が届かない場合があります。
受け付けておりますので、気にせずご来場ください。)

福間中央公民館 
所在地: 福岡県福津市手光2222
電話: 0940-43-2100(ナビ用です)
交通アクセスはJR福間駅から徒歩15分
西鉄バス「手光」バス停から徒歩8分です。








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by lunabura | 2018-04-10 20:18 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

初夏の陽気に



冬からいきなり初夏になったような昨今です。

6日のバスハイクは桜狩りを狙っていたのですが、開花がまさかの前倒し。
しかも、二週間ぶりの雨模様ということで、予想が大外れになりました。
それでも、佐賀の古代の旅、楽しみです。


暖かくなったので、寒かった部屋の書棚の整理をしていました。
時が経って不要になったものを随分捨てました。

頭より体が動く季節なんですね。

書くことを欲さず。
考えることも欲さず。

あるがままを受け入れています。





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by lunabura | 2018-04-03 22:04 | にっき | Trackback | Comments(0)

桜散歩




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昨日のようす。








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やっぱり、ここは美しい。











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「古代にとても重要な所だったんだね」と夫がいう。
あらためて同感。



例の如く、宮地嶽神社でした。




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by lunabura | 2018-03-31 22:53 | 宮地嶽神社と古墳・福津市 | Trackback | Comments(0)

初詣 20180106



初詣 20180106



 今日は初詣。宮地嶽神社に行ってきました。
ようやく渋滞も少なくなっていましたよ。








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宮地岳。












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光の道。










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神門を潜って参拝。









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古墳から戻る途中、立花山が見えるのに初めて気が付きました。

その麓に香椎宮があるんですね。



ラジオ収録で香椎宮に年末に伺ったばかりなので、ちょいと不思議な感じ。



神功皇后もきっとここから香椎宮を思いやったんでしょうね。




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by lunabura | 2018-01-06 19:53 | 宮地嶽神社と古墳・福津市 | Trackback | Comments(2)

王城神社縁起 胸肩県主に阿部高丸・助丸の名が



王城神社縁起 

胸肩県主に阿部高丸・助丸の名が



 太宰府市にある王城神社の縁起を見ていると、
胸肩県主阿部高丸・助丸 今宗像郡宮地村の宮地嶽大明神なり」
という記事が出てきて、思わずのけぞった。

これはどういうこと?????

胸肩県(むなかたのあがた)の長は「阿部高丸・助丸」だというのだ。
この二人はもちろん宮地嶽神社の失われた祭神で、安曇族だ。
宗像の長は宗像氏ではないことになる。
そして、宗像は安曇族の領地だったということになる。

これをいったい、どう解釈していいのだろうか。
大体、あの時代、釣川の河口域に平地があったのだろうか。
かなり奥まで海が入っていたはずだ。
そして、奥には安曇族が入っていた。八所宮然り。安倉然り。

宗像大菩薩とはいったい誰だったのだろうか。

改めて、この「胸肩県主=阿部高丸・助丸」でどのようなストーリが出来るのか考察せねばならなくなった。 

この一文の前後は神功皇后が出産ののち、王城神社で「皇子の賢くましまさんこと」を祈った時のことが書かれ、阿部高丸・助丸と武内宿禰が側で祈ったとある。

すでに阿部高丸・助丸は豊浦宮で戦死しているはずだ。
忌宮神社(豊浦宮)で戦死している。それは出雲でも神楽になっている。


実はここに『日本書紀』がどうしても隠したい歴史がある。
それは新羅が先に倭国の皇居を襲って侵略しようとしたことだ。

三韓征伐の真の目的は新羅の侵略を食い止めるためだったのだ。
徹底的に隠された戦いが今でも古代史家を欺いている。

真実は忌宮神社に残されているのだ。




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それにしても、阿部高丸・助丸(高麿・助麿)兄弟が宮地嶽神社の祭神であるという記録に初めて遭遇した。

この史料は『大宰府市史』の「王城神社縁起」だ。



ところで、王城神社の神紋の扇は安曇磯良が神功皇后から賜った紋と同じだ。
当社の真魚箸神事(まなばし)は志式神社の早魚(はやま)神事の継承変形だ。

明らかに安曇族の聖地だったものが、白村江戦ののちに事代主命に上書きされている。

王城神社にはいくつも大事な記録がある。

神武天皇の城が四王寺山に築城された件もその一つだ。中国史に載る筑紫城の候補となる。
水城の水は山口川から入れられた。

今日は取りあえずメモしておこう。
ちょっと、時間をかけて取り組む内容だ。史料には間違いも含まれているので慎重に当たらねばならない。



最近、当たる資料が多すぎ、アイデアも、どこに書いたか忘れて探すこともしばしば。
ブログに書いておくのが一番確実だと気付いた。

自分で、自分のブログのサイドバーで検索するっちゃ。(´・ω・`)

『神功皇后伝承を歩く』上巻1 忌宮神社 p11「塵輪の襲撃」





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by lunabura | 2017-12-25 20:56 | 宮地嶽神社と古墳・福津市 | Trackback | Comments(2)

筑紫舞の琴は「叩く琴」だった



筑紫舞の琴は「叩く琴」だった




RKBラジオ「古代の福岡を歩く」の伊都国博編で、古代の琴の話題が出ていました。
伊都国博物館で「叩く琴」が展示されていたのですが、出雲大社でも叩く琴が神事に使われているということで、その時の実際の音色が放送されました。

叩いて音を出すのですから、弦の琴とは全く趣が違いましたね。

番組を聴きながら、どうやらこのディレクターは「叩く琴」を追求しているぞ、と思い、香椎宮での収録のあと、逆取材を試みました。

厚かましいですな(;’∀’)
でも、るな自身も「叩く琴」を追求していたので、すごくうれしかったのです。

( ..)φメモメモ

何故なら、雉琴神社(上巻31)の伝承に、「雉の声を琴の音かと思って目を覚ました」という話があるからです。

琴の音=「春の海」のような豪華絢爛な弦の響きと思い込んでいたので、雉の鳴き声と結びつかなかった。

そうして調べていくうちに、忌宮神社(上巻1)の「板神楽」を知って、神功皇后時代の琴は「叩く琴」だったのが分かったのです。それなら、雉の声に聞こえる。

そんな話を香椎宮の古宮から不老水に行く途中で話しました。
(これは放送されない)

で、収録が終わって尋ねているうちに、な、なんと!「筑紫舞の琴は叩く琴だった」という話を聞いたのです。

しかも、その言葉は西山村光寿斎さんからの聞き取りだったのです。

それを聞いたディレクターが前回書いたように、筑紫舞の番組を作られたのです。

その番組、聴きたいですよね。
筑紫舞の情報は、古田武彦氏と、私のブログの光氏からの聞き取りしかないのですから。

今度ディレクターに会ったら、再放送か、アーカイブをお願いしようと思いますよ♪
実現するかどうかはその先のこと。

まずは、お願いから。
どうぞ、希望がある方はコメントに書いてくださいね。
きっと、届きますから。






それにしても、日本の神社って、すごい。
2000年ほど前の奏法を伝えているんですから。




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by lunabura | 2017-12-16 20:56 | メモ | Trackback | Comments(0)

辺津宮―大島―沖ノ島 海底に沈んだ陸と遺跡




辺津宮―大島―沖ノ島

海底に沈んだ陸と遺跡


 

いまだに信じられない。
かつて大島は陸続きだったという。





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神湊の頓宮から大島を撮ったのだが、この間は陸地だったというのだ。
しかも、この海が出来たのは475年。倉良の瀬戸という。
今から約1500年前のことだ。
そんな話を伝えるのは、もちろん真鍋大覚ぐらいしかいない。






しかし、海底に沈んだのはこちらだけではない。
大島の向こう、沖ノ島の手前にも海底に沈んだものがある。







30mほどの石柱が四本。一本には螺旋階段がついている。
これは真鍋の口碑の裏付けになろう。

もしかしたら、両方とも同じ時期に沈んだのだろうか。





鼻栗瀬もそのとき、一部が崩壊したのか。






合わせ鏡の舞台だ。


話は逸れるが、大島には洞窟が沢山あるそうだ。
かつてそこで金を採掘していたという。
陸地の方も孔大寺山は金を産出していた。
金の鉱脈が繋がっているのか。


<2017年12月4日>




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by lunabura | 2017-12-04 19:29 | 大島 | Trackback | Comments(7)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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