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ひもろぎ逍遥

タグ:遠賀郡・中間市・鞍手郡・直方市 ( 140 ) タグの人気記事

おだ山3 200億円規模の事業



おだ山3 

200億円規模の事業



「鷹ノ口おだ山」の工事現場について古墳の石棺が露出しているのではないかと心配したが、読者の方が早速現地を調査してくれた。

結論は、ただの土砂だった。
削った「のり面」の一部が崩落したのが石棺のように見えただけだった。

これで一安心。
調査してくれた方に感謝を述べたい。




さて、この工事についての掲示板があり、概要が記されているので読んでおこう。









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この開発は「鞍手シルクロード計画」といい、鞍手町大字中山字後牟田の200,00㎡が対象。








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事業主は鞍手開発合同会社(代表 ヤマザキ 鞍手町中山2405)で、着工は平成29年。

開発行為の目的は事業用地「倉庫及び店舗」の造成とある。


この「鞍手開発合同会社」はPDF 「当社初の物流施設開発事業への参入及び当該事業資金の調達を目的としたEVO FUND に対する新株予約権の行使要請に関するお知らせ」

www.land.jp/pdf/20170207161033_1.pdf
が公開されている。


以下はその一部。
「本事業は、九州自動車道鞍手インターチェンジの隣接地における物流施設等の大規模開発事業で、施設開発までを手掛けた場合の事業規模は約200 億円以上となる見込みであります。」


「(2) 所在地 福岡県久留米市善道寺町木塚35 番地5
(3) 代表社員 株式会社ヤマザキ 職務執行者 山﨑 栄治」
とあり、代表は鞍手と同一。



「鞍手シルクロード開発」とは何なのかはネットでは確認できない。







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掲示板の地図が90度ほど傾向けてあるようで、どこを示しているのかよく分からない。
何となく丘陵ではなく、平地のような感じもするが、どうだろうか。

チェリーが多分調べてくれるだろう。






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by lunabura | 2018-12-11 20:19 | 「脇巫女」 | Comments(0)

おだ山の現在 20181118



おだ山の現在 

20181118




鞍手の崎門山から下山してミニストップというコンビニへ。
そこから「おだ山」が目の前に見えました。







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小雨模様の画像で暗いのですが、緑だった「おだ山」の手前の表土がはがされて、左側ブルドーザーが二基乗っている所はまるで前方後円墳の前方部の形に削られています。









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で、後円部みたいに丸い部分の土中に四角いものが。









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アップしてみると、何かが落ちかかっているように見えます。



これが石棺か木棺に見えて仕方がないのですが。
この位置なら竪穴式っぽい。



上の土は窪んでいるように見えるのですが。

いったい何でしょうか。
気のせいならいいけど。


星読さんがこの画像を見て、確認してくれるといいけどなあ。

筑後国造さんは見てくれてるかな。



20181124




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by lunabura | 2018-11-24 20:43 | 「脇巫女」 | Comments(3)

韓流「スベクヒャン」と「磐井の乱」って同じ時代(*_*)



韓流「スベクヒャン」と「磐井の乱」って同じ時代(*_*)



韓流ドラマはなかなか見ることは無いのですが、「スベクヒャン」に「武寧王」の名が出てきて「え?」と立ち止まり、どんなふうに描いているのか時々見ました。

恋愛や陰謀があり、時代考証も現代の物が沢山使われて自由自在でしたし、系図も自由に作り変えてあります。

でも、武寧王といえば、唐津市の加唐島で生まれたという人なので、時代感覚を作るのにいいかな…と。









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で、武寧王の没年を見ると523年です。
磐井の乱が527年ですから、武寧王と磐井君は同時期の人で、互いに知っていたことになります。

で、ドラマには太子にミョンノンという人が出てくるのですが、この人が聖明王となるとしたら、このブログにも無縁ではなくなるのです。\(◎o◎)/!

聖明王の子・余昌とは、鞍橋君が助けた人だからです。

余昌と鞍橋君は共に新羅に侵攻して砦に籠城し、聖明王(ミョンノン)が援軍を率いて向かう途中で王は殺されてしまいます。

そして、鞍橋君が敵将を射て、敵が動揺している間に砦を脱出します。
だから鞍橋君は余昌の命の恩人です。

これは「日本書紀」に長々と書かれているのです。



このあと、鞍橋君は鞍手郡の新北、新延を褒賞としてもらいますが、系図では葛子の子となっています。

熱田神社の始まりの人となりました。

「くらじ」が「くらて」の語源になったという説もあるくらい重要な人です。
(でも、鞍手では殆ど忘れられている)

これは磐井君が新羅派ではなく、百済派であることも示しています。

で、話を戻すと、
ドラマのミョンノンと恋人ソルランが結婚して余昌が生まれるとしたら、
ミョンノンは新羅行軍の途中で死ぬんだなあ、と思いながら見ていたのです。

鞍橋君はミョンノンに面会したに違いありません。

でも、ミョンノン(聖明王)は戦死した王なので、多分韓流ドラマでは造られないのでしょうね。


ここら辺の話を近刊「宮地嶽神社と磐井の末裔たち」で詳しくします。



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by lunabura | 2018-11-22 20:07 | 宮地嶽と磐井末裔 | Comments(0)

六ケ岳崎門山1 登って来ました




三女神が降臨したと伝える崎門山(さきとやま)に登って来ました。
六ケ岳の一峰です。
崎門山は鞍手町側からしか登れません。

今回は六嶽神社で挨拶し、崎門山の上宮で参拝して、再び六嶽神社に戻るコースです。
ゆっくりと登り、上宮でゆっくりと過ごしながら、往復3時間程でした。








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六嶽神社 
祭神 田心姫命、湍津姫命、市杵島姫命
   応神天皇、仲哀天皇、神功皇后、武内宿禰、たかおかみの神、くらおかみの神

ここで安全祈願をして、右手の方から裏の道へ。すぐに突き当たるので右に降りて山の方を目指します。








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途中、この道が出て来たら右折して山の方へ。
正面に崎門山が姿を現します。
谷のすぐ左のピークです。

この道は藤井精工の前を通ると突き当りです。
そこで左手の土手の道を上ると右手に高架橋が出てきます。
475号線に架かっている橋です。この橋を渡れば山道に入ります。



そこからは道なりに。
分かりやすい道ですが、尾根に出る前は角ばった石とすべりやすい土砂の急な道を上ります。










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尾根に出ると、「左、崎門岳、右、天冠山」という標識がありました。
ここから左に向かいますが、振り返って下山ルートを確かめました。

尾根から下る時、道を間違えやすいです!

尾根道はけっこう勾配がありました。
いくつかピークを越えると開けた山頂へ。
標高272m。











真新しい祭壇と鳥居がありました。







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鳥居の先が開けて鞍手の町が見えていました。
先に見慣れない山のピーク。









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神々はいつもこの山を御覧になっています。

チェリーさん、教えてくださいませ^^

参拝を済ませてゆっくりと下山。
六嶽神社でお礼の参拝をしました。

とても気持ちのいい山行でした。

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by lunabura | 2018-11-18 21:10 | 六嶽神社・むつがたけ・鞍手郡 | Comments(8)

ワダツミ35 ヤキター村のマクロ―1



 ワダツミ35  

ヤキター村のマクロ―1

 
  
 

この物語の始まりが2017年10月10日だった。
それから一年経って、2018年10月10日に、菊如と崋山は再び気になる所を回る事にした。

菊如は、大国主が動き始めている、という。
そして、「朝倉の大己貴神社はどうかしら」と私に尋ねた。

私は、
「大国主なら、飯塚に「出雲」があって、最近の統廃合で地名が失われたけど、信号機にかろうじて名前が残っているから、そこはどう?」
と言った。続けて、
「その南の土師(はじ)には老松神社があって、そこに大国主と少彦名がやって来たという、大変珍しい縁起があるの。
大国主の足跡を伝える神社はめったにないのよ。

そこから山越えしたら朝倉の大己貴神社にも行ける。
出雲に行ったなら、一度は王塚古墳を見たらいいよ」

そんな話をした。

菊如は「大国主神社にもう一度行こうかな」と言った。
「それはいいね!」
そうだ、再びそこから始めて思いつくまま南下すればよい。
二人は導かれるまま必要な所に行くだろう。


そして、二日後、10月12日に私たちは結願のために再び集まった。

そして、一人の男が崋山に懸かった。
その男は両手首が縛られているようにみえた。
そして、しきりに自分の左肩を示す。
菊如は尋ねた。
「どうされました?手が結ばれているんですね。」
男は言葉は返さず、右手でやはり左の肩、正確には上腕を掴んでみせた。

「そこ、どうされたんですか。どういう意味ですか。お話しください。肩をどうされたのですか」
「肩に二本の線があるやつらが攻め入って来た」

「どこに?10日に行った川ですか、遺跡ですか」
「遺跡」
それは王塚古墳を指していた。

「集団で来たのですか」
「色は浅黒かった」

「私は菊如と申します。あなたさまのお名前は?」
「私の名前か…、私の名前…は、マクロ―。肩に二本の線が…。
あの辺りには我らの村があった」

「何という村ですか」
「我らの村はヤキタ―」

「あの一帯に集落があったのですね。今は王塚古墳となっている所ですか」
「我らの村はあの反対側の山の麓だ。もともと鉱山があった。様々な集落が集まって奥深く金を掘っていた所だ」

「(王塚古墳は)立派な方のお墓だったみたいですよ」
「私は誰が入っているか知らん。私の時代は金を深く掘っているしかない」

「あなたがいた頃からあったのですか」
「あの場所は我らが掘っていた場所。深く掘っていた場所。山ではなかった」

どうやら王塚古墳が出来る前の話だ。この古墳には石炭の層があり、それを掘ろうとして見つかった古墳だ。危うく壊される所を、一人の男が命を張って守った。

この石炭層のさらに下に金鉱脈があったのだろうか。あるいはピンポイントではなく、その付近一帯の話なのだろう。

マクロ―は山側の方に住んで、金を掘っていたという。そのヤキター村に、ある日浅黒い顔の集団が襲って来て、マクロ―は捕えられたようだ。その集団は左肩に二本の線を彫っていた。入れ墨だろうか。



                        (つづく)






(この記事、2012年10月10日にUPしてた(*_*)








ヤキタ―の村は左手の山の麓かな?






(今の考えとは少々違っていますねえ。想像の部分は思考の過程と思って読んでください)




下の「ワダツミ」をクリックすると過去記事が出てきます。


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by lunabura | 2018-11-13 20:09 | 「ワダツミ」 | Comments(0)

ワダツミ33 大国主神社



 ワダツミ33  

大国主神社

 
  
 

 

さあ、大国主神社に行ってみよう。
記憶だけでは心もとない。









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目指す方向を雲が指し示している。


と、思ってナビを入れようとすると出てこない。
取りあえず行ってみよう。
何とかなるだろう。

ところが、鳥居らしきものが見つからない。
あきらめて帰る前にちょうど公民館があったので、人に尋ねると、地図を書いてくれた。
あと少しの所だった。

教えられたように行き止まりに出ると右の方に鳥居が見えた。







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それにしても、何と心地よい参道だ。

一気にイヤシロ地だ。
太陽の方向に歩いていった。
この参道は横参道になる。










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祭神はまだ分からないが、大国主命は祀られているのだろう。
裏手には天満神社があって道真公がまつられていた。
鍛冶の痕跡がある。

ここは遠賀郡岡垣町手野だが、「手野」の語源に「天野からの変化」説があった。
雨乞山に祈る所だという。





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正面参道の向こうにまっすぐ神奈備山が見えた。
これが雨乞山なのだろうか。

神はいつもこの山に向かっている。

そして、神功皇后はここに鎧の小手を捧げたという。

そう、私の本でも百五十か所は書いたと思われる神功皇后の足跡がここにもあった。
まだまだ書ききれないほどの足跡があるのだ。
座学では何も分からない世界がある。

チェリーが
「ウーナのお話は島々を巡るお話のようにも思えますねぇ…」
とコメントに書いてくれたが、そうなのだろう。

神功皇后は私の知らない福岡の美しい里山や海辺に私を連れて行ってくれた。

そして、ウーナの物語はさらに私の知らない福岡を教えてくれている。

海面がもっと高くて、人々が船で行き交った時代。
地形を見ると、ここも昔は入り江があったようだ。
津波が来れば潮が高く昇って来ただろう。
歩いてみると、クグマ族の話が妙にリアルに感じられる。










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境内にハートの手水鉢があった。
「インスタ映えするって、こんなのかな」
カメラを向けると、夫が「光が写るよ」という。

(何か徴(しるし)を下さい)

と思いながらアングルを取っていると、水面が細かく揺れ出した。
「え?風も無いのに」
とあたりを見回す。









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そして、カメラを覗くと、虹が現れた。












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空を見ると彩雲だ。

何と嬉しいことだろう。
あとでタイムを見ると、11月11日、午後1時ちょうどのことだった。












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帰りながら振り返ると、太陽が正面にあった。




さあ、再びワダツミの物語に戻ろう。



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by lunabura | 2018-11-11 16:19 | 「ワダツミ」 | Comments(0)

手野の語源 高倉神社の毘沙門天像を立てた須藤駿河




手野の語源 

高倉神社の毘沙門天像を立てた須藤駿河





『筑前国続風土記巻14遠賀上』に「手野」という地名の語源が出て来た。
珍しい地名で、語源のイメージがわかない。

「手野」には大国主神社がある。
ずっと昔参拝したが、まだデジカメを持っていない頃なので画像がないが、印象に強く残っている。


口語訳しよう。

〈○天(て)野村
今は手野村という。しかし古い文書には天野と書いている。
村中に須藤駿河の家の跡がある。
この人は大富豪で、高倉神社の毘沙門天を立てた人である。
この村の境内に雨乞山がある。
昔、ここで雨乞いをして天に祈ったので天野というが、
一説には神功皇后が高倉神社に詣でてお帰りになった時、鎧(よろい)の小手をここに残されたゆえ、小手村といったのを、後世「小」の事を取って手野村という。〉

ということで、二説あった。
1.天に雨乞いしたので天野といい、それが手野に変わった。
  天野は昔、「ん」が発明されていない時代に読み仮名を付けると「ての」と書いて「てんの」と読ませていたが、のちにそのまま「ての」と発音するようになったようだ。

「遠賀」は「おか」と書いて「おんが」と読ませたのと同じケース。


2 神功皇后が高倉神社から戻る途中、鎧の「小手」を残したことからついた。










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地図を見るとどうやら小舟で移動したようだ。



高倉神社には室町時代の毘沙門天像があって、技術的にかなり優れているらしい。



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これを奉納したのは須藤駿河という人で、手野に住んでいたという。

今年高倉神社に行ったが、銅像は調査のために東京かどこかに出張中だった。







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さて、上記の本には香月の杉守神社にある鉄の鳥居は蘆屋の鋳物師須藤氏が制作したものだと書かれていた。
同じ須藤氏だ。


香月村に次郎太という力持ちがいて、鳥居を蘆屋から船に載せて黒川まで来て、そこから杉守神社まで6、7町(6~700メートル)の距離を一人で鳥居の柱を一本ずつ持って行ったそうだ。

ブログに書いている神社が出てくるので面白い。画像もあった。
(2月にバスハイクでも行く所)

須藤氏は鋳物の関連で銅も鉄も扱っていたのがこれで分かる。



さてさて、この手野の大国主神社で崋山に豊玉姫が憑依した。
まだ謎解きの途中だが、語源が出て来たので記録しておこう。

ここで関連して出て来たクグマ族は金を扱ってひどい病気になっていたが、上の画像に出てくる孔大寺山では金が採れ、大島でも盛んに金が採掘されていた。

「手野」は異世界でも同じ風土なので面白く感じた所なのだ。



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by lunabura | 2018-11-09 20:23 | <地名・地形・伝承> | Comments(2)

RKBラジオは鞍手町でしたよ




RKBラジオは鞍手町でしたよ



今日のラジオ放送『古代の福岡を歩く』は鞍手町でした。
脇巫女の舞台です♪

古物神社や神崎(こうざき)神社がメインでした。
懐かしいですね。

鞍手には物部二十五部衆のうち、熱田、芹田、饒田が地名に残っている話。
古物神社の剣信仰。

新羅僧・道行が盗んだ草薙剣がここに落ちた話。
スサノオが通った話。

六ケ岳に三女神が降臨した話。
そして、磐井の乱のあと、磐井の子の北磐津が奴婢になった話。

それから、鞍手の英雄、鞍橋君が百済王子を助けた話。
その鞍橋君は磐井の孫だった話。
などなど。

特に、磐井の時代の話はカットされるかな、と思いつつ、
話だけはしておいたのですが、全部放送していただきました♪

この話はブログには全部書いていますが、
一つのストーリとしては話していないので、
新鮮に聞けたのではないかと思っています。

で、星読さんに連絡したけど、途中でようやく連絡がつきました。
鞍手宣伝しておいたからね。
と言いつつ。

星読さんが歴史カフェに来てくれた時も、
鞍橋君の話のタイミングで電話が入って退席されたりして、
伝わっていなかったのです。
だから、安心しました。


番組の後半では、
レポーターの中島さんが、いつもおいしいものを見つけて
レポートしてくれるのが楽しみになりまして(^^♪

今日は「さわら」のイベントの話とかあってて、興味津々。
芦屋の「さわら」は一本釣りだって!
これは美味しいはずだね。



今日は無線ルーターのトラブルで何時間もロスしました。
こんな日もありますね。
ラジオを聴いて元気になりました。


圏外の方はラジコで、あるいはアーカイブでどうぞ。

RKBラジオ
「古代の福岡を歩く」
毎週土曜日20時~20時30分
「神功皇后伝承を歩く」
⑧2月17日⑨2月24日
RKBラジオ→ラジコで生視聴
HP→番組→アーカイブ
ラジオクラウド→アーカイブ

つなぎレンガ座
3月4日(日)3時~5時
佐賀の神功皇后伝承
「天皇家を支えた武内宿禰の里」
-神功皇后は三度、訪れたー
会場 小城鍋島家Ten
詳細はコチラ



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by lunabura | 2018-02-17 21:13 | RKBラジオ 古代の福岡を歩く | Comments(2)

ラジオでした



夜はRKBラジオ、神功皇后の話5回目を聴きました。
自分の声にもずいぶん慣れましたよ。

剣神社は鞍手の剣神社の話でした。
脇巫女の舞台ですが、もちろんその話はしませんでしたよ。
懐かしいですね。

剣神社の後は、ロケに行った香椎宮の話になったので、
鞍手古道は省略かもしれませんね。
物部氏の話になるので、どうせまた長~くなりそうで、どうしたもんかとチョイ悩んでました。
星読さんには鞍手を宣伝しとってと言われていましたが、(;’∀’)ごめんね。

そういえば、番組では神社名はアナウンスされるけど、住所を知らせていないので、
何処の話か分からないですね。次回から言うように気を付けます。

この番組では祭神を聞いてくださるんですが、これってめったに無い事なんです。
以前にも書いたけど、神社マップが出ても、まずご祭神は書かれていないのがほとんどです。

祭神を知ることは、氏族を知ることになるのです。
氏神さまは「氏族の神さま」なんですもん。

古代、そこにどんな氏族がいるか、重要な手がかりになるので、これから出来る神社マップにはそれを期待したいです。

次回6回目は来週、2018年1月20日の予定です。






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by lunabura | 2018-01-13 23:00 | RKBラジオ 古代の福岡を歩く | Comments(0)

RKBラジオ 四回目でした



RKBラジオ 四回目でした




今日はRKBラジオの「古代の福岡を歩く」の4回目でした。

自分で聞いていて、何を話したのか、すっかり忘れていました。


岡垣町の高倉神社から神武天皇社や埴生神社などでしたが、
パワーポイント画像が少しあるので、UPしますね。




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高倉神社








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高倉神社にある伊賀彦社










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埴生神社









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鏡山大神社




ラジオのアーカイブはしばらくするとUPされるので、

RKBラジオ→一番下のバナー「古代の福岡を歩く」→番組

これを聞くときに、この画像を見てください。

本をお持ちの方は、解説文を見てくださいね。




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by lunabura | 2017-12-09 21:00 | RKBラジオ 古代の福岡を歩く | Comments(0)

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25